リプレイ・ゴシック

@syusyu101

OP1 《紅の猟兵》


 ――――――血の大鎌が振り下ろされた。



 夜。

 雪降りしきる境内。

 玉砂利が爆ぜ、裂かれ咲く鮮血が石灯籠を穢す。


 回避は間に合った。

 …………腕一本を、代償に。


戦う準備剛身獣化は許してあげたつもりだったけれど、意外とやわいわね」


 闇の中から、襲撃者の少女の嘲笑う声が、右腕を切断された男に届く。

 男は脂汗が冷気で凍てつくのを感じながら、笑い返した。


「俺に落ち度はねぇよ」

「そう?」

高圧の血刃渇きの主なんざ使われた日にゃ、戦車の装甲でも温くなったハーゲンダッツみてぇになっちまうだろうさ」

「はーげん……?」

「……食いもんだよ、食いもん」


 知らねぇのか、と男は頬をかく―――斬り落とされた筈の、右腕で。

 だが、襲撃者はそれを見ても狼狽えない。

 むしろ、期待通りの玩具を得た子供のように、紅い瞳を細めた。


「はーげんは分からないけれど……良いすぴーどね。

 基礎代謝的侵蝕再生リザレクトじゃあ足りないわ。それ、なぁに?」


 男は再生した右手の平を開け閉めしながら、襲撃者の声に応える。


「これでもUGNじゃあ名の知れた教官なんだぜ?

 この程度の負傷なら、餓鬼どもの相手で日常茶飯事さ。タネは秘密」

「ケチね?」

「ケチで結構。まぁ、詳しい解説が聞きたけりゃ……」


 男は、拳を握り締めた。


冷凍庫コキュートスん中で聞かせてやるよ、クソジャームが」


 瞬間、男の姿が掻き消えた。


「へぇ」


 雪が降りしきる境内。男の痕跡を示すものは、その石畳だけ。

 石畳は、人間のものでは考えられない脚力ハンティングスタイルで、蹴り砕かれている。


 男は跳躍したのだ。

 鳥居の上に立つ、襲撃者に向かって。


 それは正しく人外の力。

 人間を越えた獣の力フルパワーアタックが。

 人間を越えた狂暴性血に飢えた跳躍によって。

 ――――完全なる死角から、男の拳が襲撃者に突き刺さる。


 衝撃波が、境内を覆い隠す雪を吹き飛ばした。





 鮮血。




 雪が止んだ。

 男は、鳥居に首を吊っていた。


「…………ハローハロー。ミスター・ディアボロス。きこえてるかしら?」


 襲撃者はその上にしゃがみこみ、夜の中、ひときわ明るい声を出した。

 子供らしい声。

 テストの点数を親に自慢する、そんな声。


「こちら“猟兵オプリーチニキ”。

 指示にあった、えーっと…………なんだったかしら」

獣化種キュマイラの教官か?』


 インカムの向こうからの声に、襲撃者は手を叩いて喜んだ。


「えぇ! それよ、それ! それを殺したのよ!」

『……過剰獣化侵蝕再生魔獣の証持ちを、一晩でか』

「? よく分かんないけど、多分そうよ!

 あの人すごかったもの! わたし、すごかったあの人を殺したんだもの!」


 襲撃者のはしゃぐ声に合わせ、風が吹き、雲が流れていく。

 空を覆っていた闇は晴れ。

 月が、襲撃者を照らす。


「だから」


 銀の髪の、ツインテール。


「ねぇ」


 鳥居の上にしゃがみこむ、返り血まみれの、ゴシックロリータ。


「ミスター・ディアボロス?」


 襲撃者は、年端もいかない少女。

 十二歳にもならない、北欧系の幼子。

 その白く透き通った頬は朱色に火照り、うれしそうに、尋ねた。



「ぱーぱ、わたしを褒めてくれるよね?」




 昨日と同じ今日。

 今日と同じ明日。


 日常が繰り返し時を刻み、変わらないように見える中。






 ――――――世界は既に、変貌を加速していた。

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