第一章

第一話

 十三日のこの日。

 俺の胸中には様々な思いがふらりと渡来してははらりと飛び立っていき、いつも気づけば胸に大量の思いが積もっている。

 ――あぁぁ。

 毎日、脳内にはユーチューブの画面が浮かび上がり、どうすれば数字が跳ね上がるのだろうと考える。

 ――なんかいいネタ、地面に転がってねぇか。

しょうちゃん、お昼食べるから早う、パソコン切ってきなさい!」

「へいよ」

 これ以上続けると本気で昼食を抜かれることを知っているから、ブラウザのバツ印にカーソルを置いたその時だった。

 ディスプレイの左下に、SNSからの一通の通知が入っている。

 ――DM?

 人差し指に入れた力を抜いて、髪を掻きながら椅子を蹴り飛ばして、その通知だけチェックしておくことにした。


『拝啓・鎧塚将門よろいづかまさかど。頼みがある。友人の奇妙な自殺について調べてほしい。彼は刃物で首を半分だけ切り、額を真っ二つに割り、スマホには生成AI“アンサー君”が、奇妙な画像を生成した状態で残っていた』


 俺はキーボードに文字を叩き込ませた。

『こんにちは。ご相談どーもありがとうございます。あの、奇妙な画像とはどのような場所なのでしょう?』

『友人はアンサー君に「もう疲れた」と言った。彼は事業が成功せず、借金苦に陥っていたのだ。そこで、アンサー君は「疲れを吹き飛ばして差し上げます」と言って、黒い背景に何かを囁くような口の周りを茶色い蛇が囲むという画像を生成していた』

『どこにお住まいで?』

『名古屋の真ん中だ。これ以上は言えない』

『なるほど。では、もう少し類似情報が知りたいので、スレに流しても良いっすか?』

『ああ、もちろん』


 早速、怪談スレッド“怪すれ”に情報を流す。


『名古屋市在住のある方が、刃物で首を半分だけ切断し、額を真っ二つにかち割って自殺したらしい。スマホの画面は、生成AI“アンサー君”が、黒い背景に何かを囁くような口の周りを茶色い蛇が囲むという不気味な画像を生成した状態で残っていたとのこと。それはちなみに、借金苦だったその方がAIに「もう疲れた」と言ったことに対し、「疲れを吹き飛ばして差し上げます」という返答と共に生成したって』


「翔ちゃん、もうええんか? なあ?」

「今行くー!」

 俺はバタンとディスプレイを閉じて、リビングへ直行した。




 ご飯が茶碗の半分ほどしか入っていなかった失意と、ハンバーグを三分の一にされていた失意をわらびで噛みしめながら、俺はパソコンの前へ戻ってきた。

「お、翔、お前、ちょっとイノシシ獲ってきたんやけどな、食わへんか?」

「おう、食べる」

 俺は外へ飛び出した。

 目の前をオニヤンマが横切り、清流のせせらぎの音が耳に入ってくる。

 程よく光の入る山の中。そこにポツンと、鬼城おにき家の住処・茅葺屋根のログハウスは佇んでいる。

「おう翔。これや。ちょっとな、納屋に入れるから手伝ってや」

 よく焼け、口周り全体に深い髭を生やし、顔立ちもくっきりした、いわゆる“縄文顔”の父、照和てるかずは真っ白い大きな歯を剥きだして、俺を促した。

 どことなく、まだ俺は父に対して気まずいままだったが、血の繋がらない息子の顔がなぜか自分の顔と似ていることに喜びを感じている父は、全くそんな様子が無いらしかった。

「おう、こら生きのええなぁ。まだちょっと息しとるな」

 眼球が飛び出そうなほど目を剥きだしているイノシシの足を持って納屋に運び込む。

 その流れのまま俺はナイフを手に取り、首の根にそれを差し込んだ。肉の筋をプチプチと切り裂く感触が、ナイフの金属と木を伝って腕の神経を震わせる。そのまま胸までナイフを下ろし、まだ蒸し暑い体内に腕を突っ込んで心臓を引っ張り出した。

 隣には、熊の毛皮で作った服を脱いで、ゴツゴツした身体の汗を麻のタオルで拭く父が、七輪に薪をくべていた。

 ニヤリ、と父が笑ったのを合図に、俺は微かに脈打っているイノシシの心臓を火に晒した。

 

「お前のホンマの父さんと母さんは、同じ日に自殺しとるんや」


 数か月前、その父から突然明かされた言葉が頭の中にこだまして、ズキンズキンと神経を壊していく。

 軽く火を通してから、数分前まで動いていたその心臓を素手で食らう。

 命の味がした。

 俺は今、生を貪っているのだなと思った。

 一つの生を奪ったんだな、と。




 再びノートパソコンを開け、少し怪談本を読みながら起動を待って、十分してからパスワードを入力して、鎧塚将門、将門来魔しょうもんらいまを開けた。

 一の位すら変動していない再生回数を見てから、ゴロゴロと唸る雲の音につい溜息をついた。

 次に、怪すれをチェックする。

 先程の投稿には、六件のメッセージが届いていた。


『何それ、それっぽちの情報流すなよな』

『中学二年生の不登校陰キャにはまだスレッドの世界ははえーんだよ』

『ニュースソースは? 答えられる?』

『そもそもアンサー君って、言ってみればまだ新興でしょ? 他の振るわない企業吸収しながらちょっとずつ拡大してるけど、それでもまだまだぢゃん。こんなの話題にもならないってさ』

『馬の糞にもならん。死ね』

『そんなん中学二年で引きこもり、しかも猿人生活してる人間が作る怪談なんて、誰も興味ないってこと分かっとけよ』


 ――は? 誰が不登校じゃボケぇ。学校ぐらいは一応行っとるわ。

 ぐつぐつと胸の中のマグマが煮えてきた。首筋をガリガリと掻きながら、俺は知らずと上がっていた口角を引っ張って元の場所に戻した。


『貴重なご意見、誠にありがとうございます。でも、自分の人生が上手くいかない腹いせに、未熟者と自覚している人間を嬉しそうに叩くのは如何なものかなぁっ?』

『そうやって決めつけるのが今の若者の良くないところ。みんながみんなそうじゃねーし』

『あくまで、その傾向がある、というだけの話。別に決めつけてるわけちゃうし。けどな、これだけで馬の糞やら死ねやら罵詈雑言を浴びせる人間は、なんでこれっぽちでそんなことを吐きたがるんかなぁと子供ながらに考えただけの話や』

『それが今のネット民やねん。現実をまだ分かってないな』

『現実が分かってるんやったら、なんで改善しようと考えへんねやろなぁ。俺のこと馬の糞って言ったけど、あんたらは蟻の脳じゃねーの?』

『蟻を舐めるな』

『あの、私、情報があるんですが』


 バチン、と、俺は膨れた頬を張った。


『はいどうも。それはどんな?』


『実は、私の息子が、二カ月前、包丁で首筋を半分だけ切り、スパッと割れた西瓜すいかみたいに額を真っ二つに割って自害しているんです。スマホの画面には、アンサー君が作った、嗤うような唇の画像の周りを蛇が囲む画像がデカデカと残ってました』

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