まむしの呪う十三日

DITinoue(上楽竜文)

逃走

逃走

 カス、カス、カス、カス、カス、カス、カス、カス


 相手には、どうやら疲れ切るという予定は無いらしい。

 ――どうしてこんな目に。将ちゃんは、東雲さんは……?

 今、私のろくに運動しなかったせいで肥大化した脚は、これまで経験したことも無い距離を、経験したことも無いスピードで走らされ、今、寿命を迎えようとしている。

 ――止まるな、お願い、もうちょっとでいいから、動いて、お願い。

 田舎町の薄暗い山道を震えた脚で歩いている。

 相手は一切それを気にすることは無いというのは分かっているけど、私は唇を強く噛み、汗でぐしょぐしょになった服の袖で涙を拭い、裏を振り向いた。


 真っ黒いデスマスクは、手を伸ばせばそのひやりとしたボディーに触れてしまいそうなほどの距離にまで迫っていた。

 一時間ほど私を追い続けているというのに、全く歩調を乱すことなく、確実に私の疲れたところを蝕もうとしているようだ。

 ――ASAAN。

 夕暮れの中、ギラリと光る鋼のボディーにいよいよ私は目を向けられなくなり、再び前を向き、山道を脚の限界を超えて進もうと思ったその時だった。

「……ひゃっ」

 地面にとぐろを巻き、首を伸ばしてこちらを窺う茶色の蛇が、私の視界に入った。

 蛇は、黒鉛のような光沢の無い目を光らせ、青黒い二又の舌を伸び縮みさせながら近づいてきた。

 ――逃げなければ。

 後ずさったその時、すん、と身体が冷たいものに当たった。

「あ、あぁ……」

 その真っ黒い顔を見て息を呑んだ途端、太く角ばった腕が私の細い首を絞めた。


 名無しさん、名無しさん……。


 山道はいよいよ日が落ち、一人の女の影も、黒いデスマスクの影も、舌をちょろちょろ伸び縮みさせる蛇の影も、夜闇に融けてしまおうとしていた。

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