ミルキーウェイの独白


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 妖精族としてこの世に生まれいでてから、全てが退屈だった。

 ボクが産まれた頃には大いなる戦の影響で母星が滅んでいたし、狭い狭い移民宇宙船での生活がボクにとっての日常だった。

 娯楽は最小限、食料すらも節約して、在るかどうかもわからない新天地を探す長い長い旅。そんな代わり映えしない宇宙の旅の日々に、ボクが飽きるのも、当然といえば当然だった。


 そんなある日、ボク等妖精族は、新天地となる惑星、地球を見つけた。ボクの親や親族達は歓喜していた。ボクも喜んだ。この狭くて退屈な牢獄のような日々からようやく解放されると浮かれてもいた。


 事前に探査船を飛ばして調べたところ、地球という惑星には、人間と呼ばれる在来種が繁殖しているらしい。ボク達妖精族とは比べ物にならない低レベルなものであるとはいえ、一応文明を持った知的生命体であるらしい。


 それを知った移民宇宙船の妖精族の意見は、真っ二つに割れた。


 人間なんてどうでもいい、侵略してでも新天地を我が物にしようとする勢力。

 人間との共存なんていう甘っちょろい理想論を語る勢力。


 真っ二つに分かれたと言う表現をしたものの、当然ながら、前者の意見のほうが多かった。――ボク達妖精族は、長い長い宇宙の旅に倦んでいた。退屈という毒が、ボクらの心を蝕むには、充分過ぎる時間が経っていたのだ。

 

 ボクは、新天地たる地球にたどり着く日を、今か今かと待っていた。

 しかしその日、その時、事故は起きた。


 ――移民宇宙船は、着地に失敗し、多くの妖精族が死んだ。


 ボクの両親も、無惨な遺体となって、焼け焦げてしまっていた。


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 ボクは、妖精族の中でも高貴な家柄だった。だから両親を失っても、手厚く保護された。移民宇宙船には、数万体の妖精族が乗っていた。そのはずなのに、生き残った妖精族は、全部でたったの109体。

 かつて母星で栄華を極めたはずの妖精族は、たった一度の事故で、絶滅危惧種と成り果ててしまったのだ。


 幸い――と言っていいことなのかどうか、ボクにも判断がつかないが、人間との共存を唱えていた妖精族はほとんどが死に絶えていた。彼等のほとんどが虐げられ、最下層に住んでいたのが災いしたらしい。共存派――穏健派とも呼ばれた彼らの残党は、たったの一体しか残っていなかった。


 生き残った妖精族は、残ったテクノロジーを利用して、不時着した山に原始的な巣を作った。文明を持つボクらが穴蔵暮らしに追いやられるのは屈辱的なことではあったが、やむを得なかった。


 幸い、山に生えていた植物を食用とすることが出来て、ボク達妖精族は生き延びた。水も豊かで、食料も豊富なこの地球という惑星を、ボク達は本気で楽園のようだと感じていたのだ。


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 しかしその平穏も、長くは続かない。ボク達の移民宇宙船が着陸に失敗したという出来事は、人間社会でも大きな話題となっていて、ほどなく、調査員と思しき人間達がボク達の巣にやってきた。

 ボク達は抵抗したが、人間はボク達妖精族より圧倒的に大きく、強い体躯を持っていた。人間はボク達の体をまるでおもちゃのように引きちぎる腕力を持っていた。


 ボク達は、必死に抵抗して、テクノロジーを用いて、数体の人間を仕留めた。何体かは生け捕りにすることにも成功したが、多くの妖精族が負傷してしまう結果を招いた。

 たった一体の穏健派を除いて、ボク達の総意は一致した。


 ――人間という、危険な種族を野放しにしておくわけにはいかない。駆除するか、無力化するかして、ボク達が早急にこの惑星を支配しなくてはならないと。


 その会議を聞いていた穏健派の妖精族が、一体、逃げ出した。

 ――この時に彼女ノヴァを仕留める決断ができていれば、後の苦労はしなかったのだが、この頃のボクはそれを知るよしもなかった。

 

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 ボク達は、在来種人間を改造して、グリムコアを埋め込むことで、人間を労働力として使役することが可能となった。もともと地球のものではないグリムコアを、地球の種族である人間に埋め込んだことで、副作用で怪物のような姿にはなったものの、妖精族の命令を聞く従順な家畜に変えることができるようになったのだ。『怪物に変えた人間』――怪人を使役することで、ボク達の暮らしは圧倒的に楽になった。


 怪人を使役して、農耕を行い、ボク達の生活は豊かになった。

 ボクは、地球という美しい惑星が好きだった。

 両親を失いはしたものの、これからきっと、幸せな暮らしができると――。

 そう思っていたんだよ。

 

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 でも――穏健派の生き残り、ノヴァという妖精族が、人間に力を貸したことで、形勢は逆転してしまいつつあった。ノヴァからグリムコアを与えられた少年は、『ブレイズレッド』という姿に変身し、怪人よりも強い力を発揮することができた。

 ボクは、『ブレイズレッド』が嫌いだった。大嫌いだった。

 正義の味方のようなツラをして、ボク達が生きるために使役している怪人を解放していく姿が、憎かった。

 ボクらは、ただ、新天地を求めて旅してきただけなのに。

 ボクらの生きる術を、生存の為の行動を、幼稚なヒーローごっこのために妨害するブレイズレッドと、裏切り者のノヴァが許せなかった。

 ボクは、叶うならこの手で、ブレイズレッドとノヴァを始末したいと思った。 


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 ボクは、幼いながら両親から知識と技術を受け継いでいたので――グリムコアに関する研究に参加することを許された。グリムコアの埋め込み方や、効率の良い改造方法を研究した結果、ボク達が使役する怪人の強さは増していった。

 

 同時に――穏健派・ノヴァの方の研究も進んだようで、新たな変身ヒーロー、『フロストブルー』という存在も現れた。ボク達の争いは熾烈を極めた。

 妖精族の長は、終わらない争いに嫌気がさして、最終兵器アルマゲドンの使用すら考慮に入れ始めた。しかしさすがに、それにはボクも反対した。長い長い、気の遠くなるような旅路の果てに見つけた新天地チキュウを、最終兵器で破壊して回るわけにはいかないと思った。反対多数で、最終兵器アルマゲドンの使用は見送られた。

 これからボク達が住むであろう、美しい惑星を、自らの手で破壊するわけにはいかなかったのだ。

 ――まだ、このときは。


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 最終兵器アルマゲドンの使用は見送られたものの――目障りなブレイズレッドとフロストブルーを倒す為に、兵器の開発が急がれた。

 大量の人間を素材にして組み上げた、『大怪獣』と呼ばれる決戦兵器が、ボクらの切り札となった。ありったけのグリムコアと、山のような人間の体を使って作られた大量破壊兵器。

 これさえあれば、ブレイズレッドとフロストブルーを殺せる。

 ――そう、思っていた。


 確かに、ブレイズレッドを殺すことはできた。

 しかしそれは同時に、ボク達の破滅も意味していた。


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 ブレイズレッドは、その命を懸けて『大怪獣』を倒した。

 『大怪獣』は、たかが一人の変身ヒーローに倒せるはずのない、大質量兵器。

 人間一人で、戦艦を沈めることができないのと同じこと。

 それほどに圧倒的な戦力差。

 壊されるはずのない大量破壊兵器。

 それほどの質量と、破壊力を込めた兵器。だからこそボク達は、その大量破壊兵器を、内部から操縦していた。


 何故なら『大怪獣』は、ボク達が乗ってきた移民宇宙船を改造した兵器でもあったのだ。

 しかし、しかし、しかし――。

 ブレイズレッドの命をかけた特攻により、『大怪獣』は滅ぼされた。同時に、爆裂に巻き込まれたボク達妖精族の殆どは死に絶えた。

 ボクは、生き残ってしまった。

 たった独り。

 たった一体。


 生き残った妖精族は、ボクと裏切り者のノヴァを含めても、二体。

 

 この事実に気づいたボクは。


 妖精族が、滅びを待つだけの種族に成り果ててしまったことに気がついたボクは、絶望のあまり涙をこぼした。


 妖精族は滅ぶのだ。

 変身ヒーロー、ブレイズレッドに負けて。

 あれほど見下した人間に、敗北して……。


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 たった一体、孤独に生き延びたボクは、小さな穴蔵に隠れながら惨めに過ごした。使役する怪人すらもいない、孤独な生活は、ボクの心を蝕んだ。

 種族全体が滅んでしまう運命など、受け入れられるはずもなかった。

 そんな時ボクは、亡き妖精族の長が遺していった、最終兵器アルマゲドンの隠し場所を思い出した。


 ボクのやることは、一つだった。

 憎い、憎い、憎い、ブレイズレッドが命を賭して守った人間を滅ぼしてやるのだ。何もかも。壊し尽くしてやるのだ。叶うならば、『変身ヒーロー』という存在を貶め、苦しめ、壊してやりたいと。

 ただそれだけを、胸に――。

 ボクは、がらんどうな生を、愉しんでいた。


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「……やあ、こんにちは。遅かったね、ハジメ。――いや、ブレイズレッドの紛い物」

 

 生き残りの妖精族は、ゆっくりと少年を見下ろした。


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