終章『命の使い道』

人妖大戦争の中でも


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 ネオ大怪獣の脅威が迫る中、朱桜市の地下シェルターでは、人々が生き延びるために必要な作業が続いていた。

 ハジメは、朝比奈栞からもらったプレゼントのマフラーを首に巻きながら、レジスタンスの事務作業や肉体労働に励んでいた。彼は、自分の力を振り絞りながら、精一杯地下シェルターの運営に貢献しようとしていた。


(レジスタンスの幹部達が必死に足止めをしてくれているが、それでも……全員を避難させる為には、時間も何もかも足りない……!)


 ハジメは、地下シェルターでの作業を一通り終え、休憩時間を与えられると、朝比奈栞と月森奏が拠点にしているプレハブ小屋に向かって歩いていく。

 彼は、二人のことが心配でたまらなかった。特に、月森奏はまだ精神的なショックを受けている。ハジメは彼女の回復を願いながら歩いていた。

 プレハブ小屋に到着すると、朝比奈栞が少し微笑みながら出迎えてくれた。


「栞。……月森さんの様子は?」

「うん。少し、おかゆを食べてくれたよ」


 朝比奈栞はいつものように明るく振る舞っていたが、目には涙が浮かんでいた。ハジメは、彼女の手に触れて、優しく握りしめた。彼女も、握り返してくれた。

 その瞬間、二人の間には言葉がなくてもあたたかな想いが通じ合っている。

 ハジメは、朝比奈栞の涙を拭いながら、彼女の心の支えになることを誓った。そして、ハジメもまた、彼女の存在が自分を支えてくれていることを感じていた。


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「ハジメくん。来てくれたん。ありがとう……」

 

 プレハブ小屋の中で横たわった月森奏は、か細いながらも微笑みを浮かべて出迎えてくれる。しかし、ハジメは彼女の目にまだ苦しみが残っているのを見て、心が痛んだ。彼女の心の傷が癒えることはまだ遠い未来のことかもしれない。

 

 ――何も、何も、解決はしていない。

 背負わされた罪も、この手で奪ってしまった命も。


 それでも、状況は悪化の一途を辿っている。ミルキーが操るネオ大怪獣が朱桜市地下シェルターに到達するまでの予測時間は、レジスタンス幹部達の決死の足止めを加味したとしても、残り二日。

 たった二日では重傷者や、怪我人が多くいる朱桜市地下シェルターの人々の全員を避難させることはできない。

 体力のある人や、動く余力のある人はすでに避難を開始している。


 ハジメと朝比奈栞と月森奏の三人が『逃げる』だけなら、変身ヒーローの力を持つ朝比奈栞がいれば問題なくできるだろう。

 しかしそれでも三人は朱桜市地下シェルターに残っていた。たった三人に、出来ることなど少ないかもしれない。

 それでも、奪ってしまった命に報いるためにも、彼等はこの場を動かないことを選んだ。

 ハジメは、友人、千歳の遺品になってしまった十字架を握りしめた。


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 友の形見の十字架を握りしめながら、ハジメは朝比奈栞と月森奏に微笑みかけた。その笑顔は、どこか儚かった。彼は、自分が彼女たちに伝えるべきことをわかっていた。

 

「おれ、二人に大事な話があるんだ」

「……聞きたくあらへん。どうせ……悲しい知らせなんやろ」

「うん」

「もうイヤや。聞きたくない……」

「ごめん。それでも、伝えなくちゃいけないんだ。もう、時間がないから」


 その言葉を聞いた朝比奈栞と月森奏は、ハジメが持ってきた『悪い知らせ』を前にして、呼吸も忘れるほどに動揺していた。


 しかし、それでも彼女たちは決死の覚悟でハジメの優しい眼差しを見つめ返した。そして、ハジメが彼女たちに伝えるべきことが何であっても、彼女たちは彼の言葉を受け入れる覚悟を決めたのだった。

  

「おれ……聞いたんだ。おれの心臓にあるグリムコアのエネルギー総量はそう多くない。このままだったら、一年も経たずに機能停止になるって……つまり、おれは、どうしても──たとえこの戦いを運よくくぐり抜けたとしても、遠くないうちに死ぬ」


 朝比奈栞と月森奏は息を呑んだ。

 そして、ハジメは二人に自分の心境を打ち明けた。彼は、自分の命の終わりを知ってしまった不安と、自分が背負った罪の意識に苛まれていた。

 

「おれ、死ぬのはあまり怖くないんだ。元々、死体だったからかもしれない。だけど……、二人に会えないって思うと、それは……すごく怖い。……今からでも何もかも捨てて逃げ出せたら……それができたら、……楽になれるかもしれないって、考えたこともあったよ」


 ハジメは、友人の千歳の遺品である十字架を握りしめて決意を込めた眼差しで告げた。


「でも……おれが決められるうちに、おれの命の使い道を考えたいって思ったんだ。そうしなくちゃ、千歳や、奪った人の命に報いることが出来ない」


 朝比奈栞と月森奏は、ぼろぼろと涙をこぼして首を横に振った。


「そんなこと言わないで。残り、一年もあるんでしょ。その間に、何か解決策が見つかるかもしれないでしょ。それに、あたし、ハジメくんがいてくれるから……」

「なあ、やめて。やめてや。死なんといてよ……ウチら、生きるって約束したやん……」


 朝比奈栞と月森奏は、ハジメの言葉に涙を流していた。彼女達は、ハジメに必死に声を掛けてくれる。ハジメは二人のことがとても大切だと感じた。自分の命をかけてでも、二人を守りたいと強く思った。

 例え、もう三人で笑い合うことができなくなっても、彼女たちが生きて幸せでいられるならばいいと思った。


「うん。おれも、生きたいよ。死にたくないよ。でも、おれに残された時間を全部使ってでも、やりたいことが、できたんだ。屁理屈かもしれないけど、おれは、死にに行くんじゃない。おれは……悔いなく生きるために行くんだ」


 ハジメは、自分の心臓――グリムコアのある位置に触れた。


「ネオ大怪獣を操ってるミルキーを倒して、おれの大事な人達を助ける。それが……おれには出来ると思う」

「助けるって、どうやって? ハジメくんは……」 

「おれは、ブレイズレッドの紛い物だ。……ブレイズレッドの遺した肉体と、記憶を受け継いでる、限りなく本物に近いもの。だから理論上、


 ハジメは、自分の心臓に──埋め込まれたグリムコアがある部分に触れた。 


「……でも、そうしたら、おれの残り少ないグリムコアのエネルギーは……使い果たしてしまうだろう。そうなれば、おれは……元の死体に戻ってしまうと思う」

「……!」

「だからその前に、……最後に、二人に会いに来たんだ。ブレイズレッドに変身すれば――勝つか負けるかはおいておいても、確実に、無事には戻ってこられないから……」


 しかし決戦前に、ハジメは、心残りを終わらせたかった。

 ハジメは、朝比奈栞に向き直り、微笑んで告げた。


「――おれ、栞のことが好きだよ」


 その言葉に、朝比奈栞は真っ赤になる。

 そして彼女は、悲しみからではない涙をこぼした。

 月森奏は「きゃー!」といってつられて顔を赤くする。

 朝比奈栞も、照れながら、涙を流し、微笑んだ。

 

「あたしも、ハジメくんのことが好き。大好き……」


 彼女は彼と手をつなぎながら泣いていた。

 朝比奈栞とハジメの二人は、互いの手の温もりこそが、かけがえのないものだと、もう知っていた。

 そんな二人を祝福するように、月森奏は彼らをまとめて抱きしめた。

 ずっと、ずっと──二人の恋路を応援していた月森奏は、「おめでとう!」と笑った。泣きながら、それでも、大好きな親友二人の恋路の成就を祝って笑っていた。

 あまりに過酷な出来事に巻き込まれた三人は、それでも支え合って、辛うじて立って、泣いて、それでも今を生きていた。

 

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「……ネオ大怪獣が、朱桜市地下シェルターに来る前に。おれ、行ってくる」 


 ハジメは、自分がもう二度と彼女たちに会えなくなるという現実を受け入れながらも、二人を守るために戦うことを決意した。

 彼の首元には、朝比奈栞から贈られた手編みのマフラーが温かく巻かれている。それは彼女との絆を象徴するものだった。


「うん……ウチも、ちょっとでも足止めするわ。ウチ、攻撃魔法は、得意なんよ」


 そんなハジメの姿を見て、月森奏も変身アイテムを装着して戦線に復帰する。彼女もまた、戦い、大切な二人を守るために全力を尽くす覚悟を決めた。


「ウチら三人は、何があってもずっと仲良しや。栞ちゃん。ハジメくん。きっとまた、三人で一緒に、遊ぼうな」

「遊園地にも、海にも行こうね」

「約束だ」


 三人はきっと叶わない約束を交わして、それぞれの戦場に向かっていった。朝比奈栞と月森奏は、ネオ大怪獣と、その足元に現れている怪人軍団との戦闘に身を投じた。


 そして、ハジメは――地下シェルターから出て、ある場所に向かって歩き出した。彼は自分の命を賭けて、ミルキーとの最終決戦に挑む覚悟を持っていた。


 ハジメは、ずっとミルキーの心理について考えていた。実際にそばで見ていたミルキーの言動と、そしてノヴァから齎されたミルキーの行動、そのバックボーン。

 そうしてハジメは、推論を立てた。

 ミルキーは、憎きブレイズレッドの紛い物を、その手で斃したいと願っているだろうと。


 ハジメは迷いなく歩みを進める。ネオ大怪獣を操るミルキーはきっと、『その場所』にいるという確信が、ハジメの中にはあった。

 ──ハジメとミルキーが邂逅した、今はもう懐かしい学舎に。

 

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