シャインシトリン/山吹明美

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「辛い思いをさせてごめんね。大丈夫、その罪は、苦しみは、アタシが持っていってあげる。……だからもう、栞ちゃんは戦わなくてもいいんだよ」


 朝比奈栞の憧れの変身ヒーロー、シャインシトリンは、朝比奈栞を抱きしめて、背中をさすって優しく微笑んだ。


「シャインシトリンちゃんは……どうやって、今の立場になったのか、聞いてもいいですか……?」


 朝比奈栞の問いに、彼女は決意を込めたように言葉を続ける。

 

「うん。少しでも、栞ちゃんの参考になるなら。アタシの人生。アタシがやってきたこと……その、全部。全部教えてあげる」

「いいんですか……?」

「いいよ。ちょうど、アタシも出撃前で――誰かに話を聞いてほしかったから」

 

 シャインシトリンは、少しでも消耗を防ぐべく、変身状態を解除し、素の姿に戻った。

 彼女は黒髪のサイドテールが特徴的な長身の美人であり、朝比奈栞が憧れていた理想の姿そのものだった。

 戦場での戦いで傷つき、くすんでいるかもしれないが、それでもなお、彼女の姿は美しかった。


「アタシの本名は、山吹明美やまぶきあけみ。……朱桜市の隣の、白藤市に生まれたんだ」

  

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 彼女は再起するまでの人生の苦難と挫折、そして再び立ち上がる決意を抱くに至った経緯を、ぽつりぽつりと語り始めた。


 山吹明美は、朱桜市の隣の白藤市に生まれた。

 彼女の将来の夢は、幼い頃から『変身ヒーロー』だった。そして、彼女はその夢を叶えるために努力し続けた。

 彼女は、シングルマザーの母を助けるためにも、高給の変身ヒーローへの道を志し、無事に検査と試験を突破して、変身アイテムを手に入れた。


 彼女は幼い頃からシャインシトリンというヒーロー名を与えられ、様々な強い怪人を倒して名を挙げた。

 シャインシトリンは、変身ヒーローとしての才能に溢れ、とても強かった。彼女に憧れて変身ヒーローを目指す子供もいたほどだ。

 彼女はヒーロー協会でも重用され、メディアへの露出も多く、華やかな立場だと自負していた。

 山吹明美は、シャインシトリンとしての自分の活動が誇らしかった。彼女は自分の力で人々を守り、希望を与えることができる存在であり、その使命感に満ちた日々を送っていたのだ。


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 ヒーロー協会の仕事を手伝っていた山吹明美は、白藤市での行方不明者が出た日付と、怪人の出現に奇妙な符合があることに気づく。

 彼女は嫌な予感を覚えながらも、行方不明者を独自調査した。

 その末に、彼女は知ってしまった。怪人の正体が何の罪もない民間人だったのだと言う事実を。

 彼女は、激しく苦悩した。自分のやってきたことが、させられてきたことが、正義の味方どころか、ただの残虐なショーでしかなかったということを目の当たりにした。

 山吹明美は、何度も変身アイテムを破壊しようとしたが、そこで彼女は折れなかった。

 彼女は、変身アイテムの破壊を思いとどまり、更に独自調査を続けた。地下で密かに抵抗運動を続けていたレジスタンスの存在も知り、総帥のノヴァと接触を果たしたのだ。

 山吹明美は、変身アイテムを指で撫でながら呟いた。


「アタシは……寄る辺を探していたんだと思う。今まで信じていたこと、全てひっくり返されて。頼る場所を追い求めていた。そうして辿り着いたのがレジスタンスここだったの」


 彼女は、総帥であるノヴァが知りうる全ての事実を打ち明けられた上で、レジスタンスへの加入を決める。今まで奪ってきた命の重みを抱えながらも、彼女は立ち止まることはしなかった。──立ち止まることはできなかった。


「……総帥ノヴァが全て正しいとは思ってないよ。そもそも、妖精族がこの惑星に来なければ、こんなことにはならなかったってわかってる。でも、総帥は二十年も費やして、本気で人間を助けようとしてる。それが事実だっていうことは、アタシも肌で感じてる」

「……」


 朝比奈栞は、二十年と言う長い時間を想像した。朝比奈栞が生まれるよりも更に前──地下シェルターは、それほどの長い時間を掛けて用意されたものだった。可能な限りの人の命を守りつつ、戦うための準備。朝比奈栞は、その途方もない時間を思って、目眩がしそうだった。


「日本の全人口を収容できる地下シェルターだなんて、どれだけの人が、どれだけの労力を費やして用意したものか、アタシにもわからない……。本気で……人の命を助けようとしてるんだ、総帥や、その仲間たちは。そして、そのためには――あまりにも長い長い時間が必要だったんだろうって、アタシは思ったんだ」


 山吹明美は、右手につけた黄色い宝石が嵌まった変身用ブレスレットに手を当てた。


「アタシ、アタシだけが苦しんでるって思ってしまってたところがあったの。でもね、アタシ以外にも頑張ってる人達がいてくれた。だから、アタシも――アタシにできることをしようって思えたんだ。アタシがレジスタンスに入ったのは、そんな感じの理由だよ」

 

 彼女はレジスタンスで人体改造を受けることを受け入れ、見返りにさらなる力を手に入れた。

 レジスタンスでも中核を成す人材だとみなされた彼女は、ミザールという幹部のコードネームを得た。そして彼女は、人妖大戦争の開幕まで地下に潜り、様々な人を助け続けていた。


「……今更アタシが何をしようとも、アタシの奪った命は、なかったことにはならないってわかってる。栞ちゃんみたいに、アタシに憧れて変身ヒーローを志した子だっている。。だからアタシは……償いたい。アタシに殺されて、生きられなくなった人達の分も背負って、戦うって決めたんだ」


 朝比奈栞は、俯きながらも問いかけた。

 

「シャインシトリンちゃんは……どうして……どうしてそんなに、強くいられるんですか」


 山吹明美は、困ったように首を振る。


「アタシは……全然強くないよ。変身ヒーローになんてなるんじゃなかったって、何度も何度も後悔した。でも、でもまだ、アタシは生きてるから。生きてるからには、きっとやれることも、できることも残ってる。過ちは消えない。してきたことも消えない。だからこそ小さな一歩でも良いから、歩き続けたいって……アタシはそう思うよ」


 山吹明美は、長い髪を後ろで束ね直しながら微笑んだ。 


「でもね、アタシ――自分本位で戦ってるところもあるんだよ。みんなのためだけじゃない。アタシ自身のために」


 山吹明美は、変身アイテムを煌めかせ、シャインシトリンとしての姿に変身しながら鮮やかな笑顔を浮かべる。 

 

「アタシはね。死ぬ前に、アタシの人生、悪くなかったって――思いたいんだ」


 朝比奈栞は涙をこぼして彼女を見つめた。シャインシトリンもまた、何も知らずに怪人を殺させられてきた変身ヒーローだった。シャインシトリンは、自らが奪うことになった命の重さに苦しんでいる。

 しかし歩みを止めることなくレジスタンスに与して、ミルキー率いる怪人軍団を倒すために戦っている。


「アタシは戦う。今度こそ本当の意味で皆を守るために」


 そうシャインシトリンは言い、輝くようなタフな笑顔を浮かべてみせた。朝比奈栞は、シャインシトリンという希望を体現したような変身ヒーローがいてくれれば、こんな絶望に溢れた世界でも生きていけると思った。


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 シャインシトリンは数日後、戦死した。

 怪人に襲われている子供を助けて、守り抜いて。

 子供の無事を確認して微笑んで息を引き取ったという。

 彼女の死に顔は、満足そうで美しかった。

 

 朝比奈栞は、シャインシトリンの亡骸に花を手向けて、ささやく様な声で彼女の本名を呼んだ。

 それでも彼女は、もう、その優しい声を向けてくれることはない。

 温かかった手は、氷のように冷たくなっていた。


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 朝比奈栞は、決死の覚悟を込めて、「変身」と告げた。

サンライトルビーとしての姿に変身し、その姿のまま、レジスタンス本部を訪ねる。


。だから、レジスタンスに入れてください」


 彼女の瞳には、悲しみとともに、強い光が宿っていた。


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