第五章『人妖大戦争』

アンハッピーニューイヤー/同じ業を背負いし者

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 月森奏と朝比奈栞は、与えられた簡易拠点の中で抱きしめ合いながら、大きな音が響くたびに震えていた。

 今までの『ヒーロー活動』とは桁違いの争いが、地上では起こっていた。だから、暦の上では新年となるこの日ですらも、誰もそれを祝うことができないでいる。


「イヤや……こわい……助けて……」


 月森奏は振動が響く度に身をすくませ涙をこぼしていた。凛とした姿勢で怪人に立ち向かっていた姿はもはやない。そこにいたのは、どこにでもいる、中学二年生の少女だった。 

  

「もうイヤや……何もみたくない、聞きたくない……」


 月森奏は、無理もないことではあるが、戦いを拒絶し、耳をふさぎ、目を閉じて蹲っている。

 朝比奈栞やハジメがそっと声をかけても、彼女は決して仮設のプレハブ小屋から出てこようとしなかった。

 無理に押しかけても月森奏の負担になると考えた二人は、頻度を減らしつつ、定期的に様子を見に来ることにした。


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 朝比奈栞も月森奏と同じように──内心、それ以上に動揺していたが、変身アイテムを捨てることはできなかった。朝比奈栞は、右腕に呪いのように絡みつく変身アイテムの重みを感じながら、ハジメに語りかける。


「あのね……朱桜地下シェルターに……『シャインシトリン』ちゃんがいるって聞いたの」

「『シャインシトリン』……?」

 

 ハジメは聞き慣れない変身ヒーロー名に首を傾げる。朝比奈栞は、懐からシャインシトリンが活躍した記事の色褪せた切り抜きを取り出して、ハジメに見せた。

 パスケースに入るように折りたたまれたそれは、折り目こそついていたが、綺麗に保管されており、問題なく読むことができた。


「あたしが変身ヒーローを目指すきっかけになった、憧れのヒーローなの! ちっちゃい頃から大好きでね。あたし、ファンレターを渡したこともあるんだよ」


 朝比奈栞は、一瞬だけ幼い日の幸せな記憶に思いを馳せて微笑んだが、すぐにその表情を曇らせた。


「……シャインシトリンちゃんがレジスタンスにいるってことは、『怪人』の正体を知ってるってことでしょう?」

「ああ……そうだと思う」


 ハジメは、痛ましい表情で頷いた。

 シャインシトリンの記事には、まだ幼い彼女が怪人を倒して大手柄を上げたと書いてあった。

 つまり彼女も、ハジメ達と同じく──という業を背負っていることになる。


「どうしたらいいか、まだわからないけど……。あたし、シャインシトリンちゃんに会えたなら……きっと、……何かが見つかる気がするの……」


 朝比奈栞の声には、強い意志と同時に、繊細な不安が宿っているように見えた。ハジメは、彼女の決意を感じながらも、心配そうに尋ねる。


「一緒に行こうか?」

「ううん……ハジメくん、ボランティアで疲れてるでしょ? だから、あたし、一人で行ってみる。……ありがとう、ハジメくん」


 ハジメは、歩いていく朝比奈栞の背中を見つめて、自分に何ができるのかを考えていた。

 答えは、すぐに出そうにはなかった。

 生きていくことで罪を償おうにも、ハジメの命は、もう残り少ないのだから。


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 朝比奈栞は、憧れの先輩変身ヒーロー、『シャインシトリン』がレジスタンスに所属していることを知り、彼女に会いに行こうとしている。

 レジスタンスでも忙しく動き回っている矢作秀明に声を掛けて相談したところ、すぐにアポイントメントは取れた。


(ここに……シャインシトリンちゃんがいる……)


 朝比奈栞は、不安を抱きながらも、彼女がいるという戦闘員控室にノックをして入った。


「……!」


 シャインシトリンは、朝比奈栞が憧れたあの頃と変わらない、凛とした変身ヒーローとしての姿で立っていた。


「アタシに逢いに来てくれてありがとう、朝比奈栞ちゃん」


 シャインシトリンが優しく微笑むと、朝比奈栞の心は高鳴る。自分のことを覚えていてくれたなんて、と思い、彼女は言葉に詰まってしまった。

 

「あたしの名前……覚えててくれたんですか?」


 朝比奈栞が照れながら尋ねると、シャインシトリンは微笑みながら彼女の手を取り、優しく囁いた。

 

「覚えてるよ。昔、アタシがまだ駆け出しだった頃……ファンレター手渡ししてくれたことあるでしょ。ファンレターは、実家の方においてきちゃったけど……。アタシ、記憶力だけはすごくいいんだよ」


 朝比奈栞は、シャインシトリンの言葉に驚き、そして心震わされていた。かつて幼い頃渡したファンレターのことを覚えていてくれたなんて、彼女は信じられないような心地になった。そして、涙がこぼれ落ちそうになった。 

 シャインシトリンは、朝比奈栞の右腕に光る変身アイテムを見て、悲痛な顔で呟いた。


「――朝比奈栞ちゃんは、アタシに憧れてくれて、それで、変身ヒーローを目指したんだね……」


 シャインシトリンは、優しく朝比奈栞を抱きしめた。


「辛い思いをさせてごめんね。大丈夫、その罪は、苦しみは、アタシが持っていってあげる。……だからもう、栞ちゃんは戦わなくてもいいんだよ」

 

 朝比奈栞はシャインシトリンの優しい抱擁の感触を感じて、涙が溢れ出た。彼女は自分の憧れの先輩に、今までの苦しみを受け止めてもらえるなんて、夢のような出来事だと思った。

 朝比奈栞は、シャインシトリンに抱きしめられて大粒の涙を流して泣きじゃくる。


「あたしっ、あたし、シャインシトリンちゃんみたいに、立派なヒーローになりたくて……。でも、でも! あ、あたしがしてたことは……ただの……ただの人殺しで……!」

 

 彼女は自分の行動がヒーローなどとは程遠いものだったという現実に苦しみ、助けを求めるように叫んだ。

 

「栞ちゃん。あなたは悪くない。あなたはただ、ヒーロー活動をしていただけ。守ろうとしただけなんだよ。そうでしょう?」


 シャインシトリンのたおやかな指が、朝比奈栞の髪を梳いていく。朝比奈栞は、大粒の涙をこぼして彼女にしがみついて、必死に声を上げた。


「シャインシトリンちゃん……助けて……」


 シャインシトリンは、優しく微笑みながら朝比奈栞を抱きしめ、彼女の背中を擦る。彼女は朝比奈栞の悲しみと絶望を受け止め、包容力のある眼差しを向けた。

 朝比奈栞は、大粒の涙をこぼし、憧れのヒーローに助けを求め、その胸に泣きながら抱擁されていた。


「うん。助けるよ。大丈夫。おいで、栞ちゃん」


 シャインシトリンは、朝比奈栞が泣き止むまで、ずっと側にいてくれた。


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