第5話 エリア探索

 翌朝――


「ふわぁ……」


 朝のつもりで小屋を出ると、空は真っ暗闇、地面は炎の赤。


「ああ……そっか、私今地獄の入り口にいるんだっけ……」


 それを考えただけで、ドッと疲れが来る。朝か夜かもわからないのも気が滅入めいる……

 フッと横を見ると、昨日叩きのめしたケルベロスがでかい図体でちょこんとお座りしていた。


「くぅ~ん……ハッハッハッ!」


 昨日のアレで、もう勝てないと悟ったのか、露骨に媚びてきた。

 でかい三つの首にすり寄られる。

 偉いぞ犬コロ! 犬コロの鑑だ!


「くぅ~ん……」


 ひとしきりすり寄った後、おもむろに口を開いた。


「ゲッ……まさか……」


 三つ首揃って舌が出てきた。


「舐めなくて良い!!!」


 私を舐めようとしてきたから、急いで制止する!

 あの臭いのはもうゴメンだ。

 習性は現実の犬と同じようなもので、立場をわからせてやれば従うようになるらしい。私が群れのボスと認識されたっぽい。

 でも、ケルベロスの群れって存在するのか? もしこんな巨大なのが何匹も人間界なんかにいたら、村や町なんかあっという間に全滅するかもしれない。


 試しに、本当に私に攻撃してこないかどうか、地獄の門を出たり入ったりを繰り返してみる。

 門に入る時はその場でじっとしているものの、門から出た時に小刻みに動く。ピクピク動く。

 何か可愛いな。首を傾げてた時くらい可愛い。

 きっと脱走するやつは食べないといけないけど、私を食べたらまた叩きのめされるって思って葛藤しているんだろう。

 お菓子が好きらしいから持ってれば、ちゃんとお座りできたご褒美に投げてやるんだけど、生憎そんな持ち合わせがあるわけも無し。

 そんなことを考えていると――


 あ、門の中から亡者が脱走した!


「ガァァオオォ!!」


 食べられた!

 亡者食べられちゃったよ! 折角脱走したのに!

 私も普通の肉体だったらああなってたのね……

 人が食べられるのを見るのはあまり良い気はしないけど、そもそも地獄に来るようなことをしたやつが悪いんだから、あれは別に無理にやめさせる必要はないかな。

 地獄の門を脱走して、極悪人が現世に生き返るのも問題だしね。


「あれ? 裏を返せば、地獄の門を自由に行き来できる私は生き返れるのかな?」


 そう思って周囲を見回してみる。

 生き返れそうな要素になりそうなものは見当たらない。

 自分の意思で生き返れるなら、早くこんな地獄みたいな風景の場所とはおさらばしたいところなんだけど……


 そこでフッと昨日の気になる道について思い出した。

 ここへやって来た時に二又に分かれていた道。昨日は右側に曲がったからこの地獄の門のある場所へ辿たどり着いたから。トロルと戦った場所から大分長いこと歩いてきた道だ。

 そして道はもう一つあった、昨日行かなかった左側の道だ。そこで二又の道へ戻り、左側の道を覗き見てみた。真っ暗な道だ。


「う~ん、さすがに何の判断もしようがないなぁ……引っ越すにしてもここから出られるところを見つけないといけないし。ちょっと探索してみようか」


 昨日右から来たから、今日は左を探索してみることにした。

 しばらく歩く。


   ◇


 体感時間で多分一時間くらいが経過。


「ずっと一本道だ……」


 時間の経過がわからない。

 試しに時計をイメージして魔法で作ってみた。

 ただの板にデジタル時計を表示させる時計を作り出した。これからはこういった不思議な創作物は『魔道具』と呼称しよう。

 およそ時計とは思えない見た目だが、魔法的な原理で動く時計。時刻を合わせるのにも魔力で操作する方式。

 今何時かわからないから正午と仮定する。魔力を伝えて時刻を操作し、十二時に合わせた。これで時間がわかる。

 大分魔力操作も板についてきた。

 まだしばらく歩く。


   ◇


 現在、午後五時十二分、時計を作ってからおよそ五時間が経過。

 途中ここまでに、昨日食べた赤い狼みたいなやつが数十匹居た。

 無益な殺生は好まないので気を張っていたら近寄って来なかった。

 あと、少し歩いてみてわかった。ここは坂になっていて、地獄の門前広場は低めの山の上にあるということ。今は下山している状態。

 まだまだ歩く。


   ◇


 現在、午後十時十五分、時計を作ってから十時間が経った。

 途中岩壁ではなく、人工物に見える壁と門の残骸らしきものを見つけた。

 その後は少し広めの空間とか、広場はあるもののずっと一本道。

 七時間を過ぎた辺りから家の残骸らしきものと、トロルがちらほらウロついてるのを見るようになった。

 遭遇したヤツ全員が「人間の子供だ」と舐め腐って襲い掛かって来たため、前の反省点を生かして殺さない程度に軽く蹴散らした。


   ◇


 現在、二十三時五十六分、時計を作ってからおよそ十二時間経った。

 途中にトロルが集団で暮らす村みたいなところを発見した。

 女子供らしき個体も見かけたが、男(?)の個体は案の定襲ってきたので、軽く相手をしてそのまま通り抜けた。

 この世界には人型の生物がトロルしかいないのかな? それともこの辺りにはトロルしかいないのか。他の場所に行けば、他の人型生物もいるのか?

 今のところは判断の付けようが無い。


   ◇


 現在、午前十一時五分。昨日時計を作ってから二十三時間が経った。歩き始めてから多分二十四時間経過。

 十二時間経った辺りから、時間を経るに従いトロルに遭遇する数が減り、赤い狼が増えていった。

 十九時間経った辺りから、坂道を上っているような感覚。


 この身体、二十四時間歩きっ放しなのに、ほとんど疲れが無い。

 生前の身体なら二時間も歩けばもう足が棒になっていると思うが、この身体は小さいながらも随分体力があるようだ。良い身体に生んでもらえた。


 しかし……大して変わり映えしない風景を二十四時間も歩けば、流石に飽きてくる。


「どこまで続くのこの一本道……一日経ったしさすがに戻った方が良いかな? でも、この距離を戻るのも……あっ! やっと曲がり角だ!」


 左と真っすぐの二つに分かれた通路に当たった。

 ちょっと嬉しくなって二つに分かれた通路に小走りで駆け寄る。真っすぐの道はまだまだ先へ続いてるみたいだ。

 左の道を覗いてみる。

 あ、ケルベロスはっけ~ん!

 私を見つけてケルベロスの方から駆け寄ってくる。あれ? ケルベロスって門から脱走しないと動かないんじゃなかったっけ?


「くぅ~ん……ハッハッハッ!」


 私に媚びてるやつだった……

 ってことは、ここは二十四時間前に出発した元の場所か……

 黙って近くにある少し大きめの石を手に持つ。


「元の場所に戻ってきただけかよ!!」

 ガンッ!


 手に持った石を思いっきり地面に叩き付けた。

 まさに無駄な時間を過ごした!

 不本意ながらその結果わかったのは、二十四時間かけて歩いてきて、道がリング状に繋がっているということ。


「地獄の門って、仮に脱走出来たところでぬか喜びで終わるのね……」


 つまり、地獄の門からは出られたとしても、この広場、ひいてはリング状の通路からは出られそうな道は存在しないということだ。

 もちろんここに来る時に落下してきた穴も見当たらない。

 分からないのはトロルや狼の存在……

 あれはあそこに湧いて出るような生態なのかな? 何だかRPGのダンジョンを思い浮かべそうな生態だ。

 どこかからやって来れるわけでもないし、あの少ない数だと絶滅しててもおかしくない。湧いてくるような生態でないと説明が付かない。それとも暗いから見落としただけでどこかに壁の外に出られる穴がある?

 トロル含め、他の獣たちはこちらの広場にはやって来ない。多分ケルベロスが怖いからあの通路からこちらには来ないのだ。たまに赤い狼が来ることがあるけど……


「むしろ仮に脱走出来ても、広場中をケルベロスに追いかけ回され、通路に出られてもトロル他狼たち獣に追いかけ回されと、されそうだから、より事態が悪化する気がする」


 そりゃそうよね、脱走出来るようなら、地獄から帰って来てる人がいてもおかしくないし。

 漫画では地獄から戻った人をたまに見るけど、今日一日見て回った限りには、現世に帰れそうな道は無さそうだ。


 今日は一日中歩いて気疲れしたからもう寝るか。

 そう、リアルに無駄に“一日中”を費やしてしまった。

 少しでも快適に生活するため、小屋を撤去して、土魔法でもう少し大きめの家を建てる。

 とりあえず仮に『通称:我が家』と名付けよう。

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