第3話 vsケルベロス

 体感時間で数時間歩くも、未だ何も見えず、相変わらず暗い空と地面だけが続いている。

 少し道幅が広いとは言え、両横は岩壁。


   ◇


 また数時間歩く。

 お腹の減りがより強くなってきた。ここまで木の実らしきものは皆無、それどころか植物らしきものも見当たらない。

 道中に、暗くてよく見えないが多分赤い色 (?)した狼と遭遇。

 普通に考えれば命の危機すら感じる状況だけど、さっきのトロルとの戦いで自分の身体が凄く頑丈に出来ているということを知ったため、全く恐怖心は無かった。

 飛び掛かられ、咄嗟とっさに防御した腕を噛まれたが『ガギンッ』という音がした後、狼の歯の方がボロっと崩れ落ちた。


 動物食べるのも最終手段と思ってたけど、もう目の前のこの狼が肉にしか見えなくなってきたので、野生生物なんか食べたことないけど狩ってみることにする。

 生憎あいにくと刃の類を持っていないため、どうやってしめようかと思ったが、鎌鼬かまいたちが風で切り裂かれる現象だということを思い出す。

 さっき魔法を使えることも判明しているため、どうにか風魔法で手に風の刃を作れないかとイメージをしたところ、物凄い風切り音のする風を呼び起こすことに成功。試しに地面に振り下ろしてみると簡単に一直線の切り傷が出来た。


「こ、怖ぁ~……これ、物凄い切れ味の刃物じゃん……」


 切れ味のことはさて置いて、これなら野生生物しめるには十分な切れ味だ。

 狼を殺すのに少しの時間逡巡しゅんじゅんしたが、こんな場所で生活する以上いつかはやらなければならないことだと自身に言い聞かせ、『ごめんね』と思いつつ苦しませぬよう一瞬で首を落とした。


「うへぇ……血が噴き出してるよ……」


 自分でしめておいてこう考えるのもなんだけど……

 グロい……グロ過ぎる……!

 ネットでは見る分には資料用に見慣れてたりするけど、画像と実際に見るのとでは全然違う!

 さっきのトロルがモンスターだと思って倒したから、ちょっと気が大きくなってたけど、これを自分でやったということに罪悪感が湧いてくる。

 あまりにも現実味が無さ過ぎて、ここでやめようかと一瞬躊躇したがそうすると食材になってくれた“彼”に申し訳ない。

 それにこんな何も無いところでは、この先いつ食べ物にありつけるか分からない。

 こうやって刈って食べないと仕方ないのだ。と、再度確認するように心の中で自身に言い聞かせる。


「サバイバルなんかやったことないけど、ここから毛皮剥いだり、血抜きしたり、肉をそぎ落としたりしなければならないのよね……」


 もう殺してしまった以上は迷っていても仕方ないので、解体に着手してみる。

 まずは皮を剥いでみよう。


「どうやって剥ぐんだろう……首の切り口から剥いでいけば良いか。いや、その前に血抜き?」


 初めてだから順序も何も分からない。

 とりあえず切った首の切断面を下にして、自身に血が付かないように斜めに抱きかかえてみる。

 が、相手の重さを見誤った!


「重った……! うわぁ! 血が付いた!」


 注意して斜めに抱えたにも関わらず、私の膝から下が血まみれ……

 真っ白の死装束しにしょうぞくの下部分が真っ赤に染まる……


「重っ……」


 長時間持っていられない。そこで一つ思いついた。

 風魔法を使えるなら、血管から空気を入れてやれば逆側の血管から噴き出すのではないかと。

 首筋の血を噴き出している大動脈らしきものを探して、指の先から風魔法で空気を送ってみた。

 すると、静脈側から凄い勢いで血が噴き出す。


「おお~、これならあっという間に血抜きできるんじゃない? 魔法って超便利だわ~」


 しばらく続けたところ血も出なくなってきたため、体内の血が枯渇したと判断。次の工程へ移る。


 皮を剥ぐ工程。

 首の傷から背中、お尻にかけて切り込みを入れ、両横に思いっきり引っ張る。

 力を込めて引っ張る。背中からスルスルと剥け……るわけもなく、必死こいて全力で引っぺがす。


「ヌギギギギ……」


 最終的には足の付け根辺りで止まってそれ以上剥がせなくなったため、一旦剥ぐのを止め、脚の四ヶ所に切り込みを入れた後に更に引き下ろす。不格好だが一応ひと繋ぎの皮になった。

 毛皮を着ていた狼は赤裸の肉塊に変貌。


「こうなるともうグロさも無くなってお肉にしか見えないわ」


 赤身のお肉が目の前に登場。

 散々スプラッタを見て食欲が減退していたが、ここへ来て急速に復活。

 まずは足を切り落として肉を削ぎ、骨を外す。


「よし、次は火か」


 焼くための火も魔法で起こせたから問題無かった。

 ただ……ここには木が無い。

 つまり焚き火はできないし、この肉を刺して火の近くに立てることもできない。


「さて、どうやって焼こう……焚き火ができない以上直接火炎放射するしかないか」


 小分けになった狼肉に手の平を掲げて、火炎を放射する。

 徐々に白味を帯びてくる。が――


「ああ……焦げた……」


 この方法で食材を調理するのは中々難しいらしい。

 一応小分けにした肉全てグリルが終わったものの、焼きムラは多く、焦げも多い。また、恐らく中は生焼け。

 それでもお腹の空いた私からは――


「わぁ、美味しそう!」


 ――という風に見えた。無我夢中でむしゃぶり食う。

 しかし食べる前の感想とは裏腹に、塩も何も無いからあまり美味しいとは思えなかった。しかも外は焦げだらけ、中は生焼け……


「結構大きいな……でも食べ切れない量じゃないから綺麗に平らげよう」


 命を頂く手前、全部食べねば失礼だろうと思い骨を除いて全て平らげた。

 調味料を手に入れるのは今後の課題ね。


 わからないことだらけで食べられるようになるまでが難航した。解体の勝手が分からず、最終的には解体現場に血だまりが残っているわ、狼を切り刻み過ぎて肉塊にしてしまうわと惨劇の場のようになってしまったが……何とか食にありつけた。

 切り落とした首については何だか見られているようで流石に食べる気にはなれず、その近くに穴を掘って埋め、取り外した骨も一緒に埋葬。自己流で供養しておいた。


「ごちそうさまでした」


 食材になった彼に手を合わせてきちんと感謝を捧げ、その場を後にした。

 剥いだ毛皮は一応持って行くことにした。


   ◇


 そこからしばらく歩くと、両側にあった壁の片側が崖に変わった。

 ここから先には片側に壁が無いらしい。

 崖下を覗いてみるも、真っ暗だから何も見えない。

 試しにその辺りにあった石を落としてみたものの、かなり長い時間が経ってからコツンという音が聞こえた。どうやら相当高いところを歩いているようだ。


 そこからまた大分歩いたところで、やっと二又に分かれた道に当たった。

 真っすぐの道はまだまだ先に続いてるみたいだ。

 左側を見ると門が見えた。

 近くに行って見てみる。


「門大きいな~! 何の門なんだろう? ここで隔てられてるような感じはするけど……あっ、もしかしてこれが伝説に聞く、地獄の門ってやつかしら? あの辺りに考える人の像が――」


 と、口にしながら上の方を見るも……


「――…………あるわけないか。あ、何か書いてある」


 『この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ』


 ………………

 やっぱりこの先は地獄なのね。

 逆に言えば、くぐりさえしなければ地獄行かなくて良いんじゃ……?


「グルルルル」


 低い獣が唸る声がする。

 振り返ると、巨大な犬が仁王立ちしていた。


 地獄の門のあるこの場所で犬って言ったら、有名なアイツか。


 よく見ると首が三つある。予想通りの『ケルベロス』だ!

 体高は三から四メートルくらいはありそうだ。

 巨大な猛獣を目の前にしているにも関わらず、さっき自分が頑強な肉体であることを認識していたためか、恐怖心はほとんど無い。


 後ろに飛び退いて身構える。


 ……

 …………

 ………………


 攻撃されるかと思いきや、何もしてこない。

 仁王立ちしてたかと思ったら、今はちゃんとお座りしてるし、鳴き声も上げない。

 偉いぞ、ワンコ!

 じゃあ、門を通りま~す。

 ………………

 通過しながら横目でチラッと見るも、目の前を通ってるのに何もしてこない……警戒しすぎたか?


「地獄なんかには行きたくはないけど、ちょっと興味はあるのよね。少し覗くだけなら……」


 門の先には地下へと続く階段がある。

 多分、あそこを下った先はまさにリアルに地獄のような凄惨な光景が広がっているのだろう。


「ちょっとだけ見に行ってみようかな」


 地獄に行く必要が無ければ進む必要も無いのだが、好奇心と怖いもの見たさで階段を少しだけ下りて覗きに行って――

 ――みようと思ったが、生で凄惨な拷問や殺害の現場なんかを見てしまったらまぶたの裏に焼き付いてしまいそうで夢見も悪そうだと思い直し、すぐに引き返した。

 チラッと見えただけだったが、何か馬みたいな恐い顔のヤツが立ってた。多分有名な地獄の極卒、馬頭めずとかいうやつかな? 見えなかったが逆側に牛頭ごずが居たのかもしれない。

 彼らに気付かれたら捕まってそのまま地獄行きだったかもしれないし、気付かれる前に引き返したのは正解だったかも。


「悪人が来るところとは言え、やっぱり人が残酷に拷問を受けて殺されるところなんか生で見たくないよね~」


 と、階段から引き返し、地獄の門を出た瞬間――


「グワァオォ!!」


 ――という何かの声と共に、目の前が突然真っ暗になった!


「うわ!」


 何だこのでかいの!? 何かヌメヌメする! もしかして舌!? ケルベロスに食べられた!?


 再び『ガギギギギギギュイィィィ』という金属音。

 その直後に――


「ぺっ!」


 ――と、いう音と共に視界が真っ暗闇から解き放たれ、気付くと地面に突っ伏していた。

 おもむろに起き上がってケルベロスの方を振り向き――


「?」


 ――ケルベロスと目が合いながらも私が首を傾げる。


「?」


 ケルベロスも不思議そうに私を見ながら首を傾げている。

 双方共に首を傾げる。

 双方共にわけがわからない状態で混乱している。

 でも、私の方が先に混乱が解けた。

 強烈な臭いが漂ってきた!


「臭っ! ケルベロスの唾液くっさ!」


 一瞬のことで何が起こったか判断しづらいが、身体中ネバネバするのを考えるとやっぱり一度食べられたみたいだ。

 あ、そうか、ケルベロスって地獄の門に入ってくる死者の魂には手を出さないけど、門から逃げようとする亡者を貪り食うんだっけ。門をくぐった後に、戻ってきたから襲われたのか。

 亡者食ってるからか、ホント臭いな……

 そういえば、唾液が落ちた場所の土からトリカブトが発生したなんて伝説があるくらい猛毒らしいけど……今のところは大丈夫そうだ。この身体毒耐性もあるのかな?

 ケルベロスコイツは死体 (亡者)なんて貪り食ってるから、口内に有害なバクテリアが多いのかしら?

 まだ首を傾げてるけど、自分が噛んだものが金属みたいな音を出したから混乱してるんだろう。

 三つ首が全部首を傾げてるから、凶悪そうな面しているのに何だかちょっと可愛いくも見える。

 私も人体からまさかあんな音が出るなんて思ってもみなかったけど……人の体って硬さの極致に至ると金属音が出るのね。まあ現世の人間にそんなこと出来やしないけどさ……

 あんな大きいのに噛まれても無傷って、私ってもしかして無敵なんじゃないの?

 あ、そういえばトロルに殴られた時に金属音みたいなのがしてたのは、やっぱり私から発せられた音だったのか。


 あちらさんもようやく混乱が解けたようだ。

 まだ襲う気マンマンね。

 じゃあ、さっき思い付いた【スキルドレイン】使ってみようかな。

 ケルベロスに向けて【スキルドレイン】を放ってみる。

 光がケルベロスを包み込み、こちらに還ってくる。

 お! 頭の中に何か流れ込んでくる。

 【三つ首の業火トリプルフレイム】とかいう能力を会得したみたいだ。

 『ドレイン』で吸い取るつもりだったけど、ケルベロスがそのまま三つ首なのを見ると、『スキルドレイン』と言うよりは『スキルコピー』なのかもしれない。


「――【三つ首の業火トリプルフレイム】を獲得しました――」


 頭の中にしゃべりかける存在なんかいないから自分で言ってみた。

 さっそく使ってみよう。


「【三つ首の業火トリプルフレイム】!」


 使った瞬間、口と顔の両横の三ヶ所から炎を吹いた。

 結構強い火力。こんなの吐いて大丈夫なのか私の口内。

 でも、一番問題なのは、むしろその後だった。


「うわ、なにこれ気持ちわるっ!」


 自分の目から自分と同じ顔が見える、しかも二つ! 二つの顔が同時に視界に入ってくる!

 私本体の顔も合わせれば、自分の顔が三つもあるってことじゃないか!

 これは気持ち悪い……


「ちゃんと元に戻るんでしょうね?」

 「ちゃんと元に戻るんでしょうね?」

  「ちゃんと元に戻るんでしょうね?」


 一人で言ったつもりが、三重の声で聞こえた。

 私以外の二人 (?)も同時に喋るらしい。同じ人間だから思考する内容も同じなのか?

 少しすると首が一つに戻る。


「あ、戻った。良かった、この先三つ首で暮らさないといけないのかと思って焦った……」


 さて、ケルベロスは、というと。

 う~ん、場所が場所だけに炎に耐性があるのか、大したダメージにはなってないみたいだ。

 炎を浴びせかけられたからか、大分怒りが増してるのがありありと伝わってくる。

 なぜなら、炎を四方八方に放射しまくってるからね。


「分かり易く怒ってるなぁ……じゃあ誰が新しいご主人様なのかしつけてあげようかな」


 さっき一瞬食べられかけたから分かる!

 今の私なら! この鋼を超えた、鋼鉄の肉体なら!!

 拳一つでもこの巨大な犬コロに勝てる……気がする!


 大分気が大きくなってるのは自覚しているが、あの大きな口に噛まれて無事だったのだから、そりゃ気も大きくなる。

 向かって左の首が素早く噛みつきに来る!


「もう口の中に入るのはゴメンよ!」


 上空にジャンプする。ジャンプ力凄い! 背中の羽が補助力になってるのかもしれない。

 もうこれ明らかに人間を辞めてるわ……

 下を見ると、向かって右の首が、大口を開けて上空を仰いでいる。

 このままだとケルベロス(右)の口の中に落下する。


「だから口の中には入りたくないんだって!」


 ここで初めて背中の羽を意識的に使い、空中で一時停止に成功。向かって右首の噛みつき攻撃をやり過ごし、落下タイミングをズラす。

 しかし、この判断がまずかった。首を蹴りつけて攻撃を反らすべきだった!

 他二つの首が炎を吐こうとしている。


「ヤバッ!」


 空中で停止したから、咄嗟とっさには動けない!

 今までの生活に無かった背中の羽はまだ自由に操り切れない!

 このままだと狙い撃ちされる!

 衝撃に耐えらえる身体だったからと言って、炎に耐えられるとは限らない。

 これは直接喰らったら、死ぬかもしれない……

 少々無謀が過ぎたかな……短い無双期間だった……


 ゴォオオォ!!


 吐き出された業火に身を包まれ、火だるまになりながら地面に落下。

 ダメ押しとばかりに、三つ目の首まで長時間の火炎放射に加わる。

 これだけの強烈な炎を浴びせかけられ、私は死んだ……と思っていたのだが……


 あれ? あまり熱くないな?

 かなりの火力で炎に巻かれているはずだが、大した熱さは無い。と言うより全く熱くない。

 “追い火炎放射”までされたのに。


 長時間火炎放射をお見舞いしたため、ケルベロスはもう終わったと判断したらしく、油断し切っている。

 炎に巻かれたまま、油断しているケルベロスのがら空きになった胴体に魔力を込めた一撃!!


「ギュ……ギュォォ……?」


 奇妙なうめき声を上げて、三つ首とも項垂うなだれたので、左右の首に三角飛びで蹴りを入れてそのまま上空へ移動、最後にダメ押しとばかりに真ん中の首に上空から魔力を込めたかかと落としを叩き込む!


「ギャインッ!」


 ケルベロス(真ん中)は、地面に突っ伏して気絶した。

 他の二つの首も気絶したみたいだ。

 よし! 勝利だ!!


 それにしても……


「この身体楽しいな♪ 私ってこんなに動けたんだ! 凄いぞ、こんな大きい相手ですら物ともしないなんて!」


 ケルベロスを倒して得意げになっていて気付くのに時間がかかったが、下を向くと――

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