第3話 約束の場所



「ここかなぁ?」


 あの騒ぎの中、黒ずくめを巻きながらどうにか街から逃げ出した。


「けどさ、あいつ来れるか?」


 オリビエは、指定された小さな小屋を背にして目の前に広がる木々を眺めていた。


「かなりの深手を負っていたからな」


 フェリオも不安げに呟く。


「返せなかったら、どうする?」


「どうするって」


 受け取ったオマエが悪い。と、即座に答えたいが、フェリオもあれは事故と認識していた。

 ああ呼ばれ目の前に飛んでくれば自然と手も出てしまう。

 途中で捨てさせることもできたが、それを指示しなかった自分も悪い。

 フェリオも黒ずくめたちに渡すのは嫌だった。


「はぁ」


 大きなため息が出る。

 責任をとらなければならないかと。

 これが二人してギルドから指摘されるマイナス面。人が好過ぎるという。


 他人を見捨てなければならない場合もある。自分の命や守らなくてはならない存在がある時はそちらを優先する。

 心が痛んでも。

 今回は、まだそこまで切羽詰まってないが、心情的には追い込まれていた。


「ごめんね」


「どうしたんだ?」


 珍しくオリビエが謝ってきた。ごまかしもせずに。

 自分の非をそう簡単に認めない奴が。

 フェリオは反対に不思議に思う。


「だって、ややこし過ぎるよ。それにギルドの仕事もだし」


 不用意に自分が手を出した、いや、急いで食事をしなくてはいけないのに喧嘩見物に出向いたことが原因で、アレまっしぐらな状態になった。


「それか。いや、実にマズい」


 ギルドの仕事という言葉からアレを連想してしまい、フェリオも顔が引きつってくる。


「まだ時間はあるから。あのトザレだっけ、あいつが来れなかったら仲間が来るはずだよ。その時に考えよう」


「仲間って、いたか?」


「ああ、逃げる時に何人かが道を作っていた」


「へぇ、オレ気づかなかった。フェリオ、すごい!」


 さすがとオリビエは尊敬の眼差をフェリオに向けた。


「オマエさ、そういった素直な気持ちをハスラムさんにもむけろよ」


 一瞬かわいいと思ってしまったフェリオは、苦笑いをしてしまう。

 尊敬する男の最愛の女性を変な目で見てしまった自分に。


「はぁ? どうして今ハスラムがからむ?」


「ハスラムさんとの約束の日もマズいだろう」


 カーリーと分かれた後、オリビエとフェリオはギルドへ長期休暇を申請した。

 ボス・ヘルダーとギルドの上層部には理由を説明して了解を得ることができた。その時に行く先が同じということで、ただ荷物を届けるだけの簡単な仕事を受けた。


 ハスラムも直属の上司である、セルン国王に事情を説明して許可を得ていた。

 ハスラムの場合、立場もあり国王の密命で調べものに出たということにして、聖魔剣や紫の一族のことなど必要な情報を国元で集めてアーサーの元へ向かった。


 このあたりのことは連絡が付いていた。


「うーん、どっちもマズいけど。まずは、アレ回避だ!」


 ハスラムは少しぐらいなら待ってくれる。事情を話すと叱られるが、アレよりは何倍、いや比較できない程いい。


「黙れ」


 フェリオはオリビエの顔の前に手をかざした。


「誰か来ている」


 一点を見ていた。

 オリビエにはまだ何も感じられないが、傭兵としての経験や腕など各段上で、超一流といわれるフェリオならば分かるのだろうと指示が出るのをじっと待った。


「一人だ」


 この小屋の中は着いた時に調べた。木こり道具とここに泊まるための日用品があるだけだった。

 思わぬ展開になった時の退路に使う人の気配が感じられない窓の近くへ移動した。


「けど、あのお兄さんじゃあないね」


 足音が軽い。

 相手が近付いて来ているのでオリビエも何となくだが気配が分かってきてい

た。

 いつでも剣を抜けるように気を張り待っていると、意外な者が現れた。

 小柄なフワフワした赤茶色の髪が印象的な女の子だった。

 近づくにつれ、背が低いが年齢はオリビエとそう変わらないと分かる。


「あ、亜麻色の髪の男の子! 約束守ってくれたんだ」


 嬉しそうに駆けてくる。

 不意打ちを狙ってかと二人は身構えるが、次の行動に力が抜ける。


「うわぁ、かっこいい!」

 両手を胸の前で組み、キラキラとした瞳でフェリオではなくオリビエの前に立ったのだ。


「はぁ?」


 面食らったオリビエは、フェリオの背後に逃げ込んだ。


「え、お兄さん、こっちのお兄さんといい仲なのですか?」


 見た目、ふわふわしたかわいい女の子が、なかなかな事を訊いてくる。


「それはない!」


 きっぱりとフェリオが否定した。

 この女の子のためではなく、自分のために。

 ハスラムの耳に入ったらと思うと背筋が凍る。


 ハスラムは、フェリオがオリビエのことを亡くなった妹のように思っていることをよく知っているが、そのあたりの事情を知らない者からすれば、そんな誤解を招くような態度をとっているのかと反省もする。


「いや、オリビエは」


 この少女が誤解をしていることにフェリオは気付く。


「オレは女」


 先にオリビエが誤解を解いた。


「え! あなた女の子?」


 これに少女は大げさに驚きのけ反った。


「嫌だ!」


 こんな大声を張り上げながら。


「こら」


 オリビエは大慌てで少女の口を手で塞ぐ。

 逃げているんだオレたちはと。


「こっち!」


 フェリオも地図で確認していた逃走ルートに走り出していた。

 あの黒ずくめたちに付けられている可能性もある。交渉はもう少し安全な場所でしたい。


「トザレの使いだよね。だったら静かにしてくれよ」


 オリビエは口に当てた手を少女の腕に変えた。乱暴に掴みフェリオの後を追いかける。


「ああ、ごめんなさい」


 少女も自分のミスに落ち込んでいた。

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