妾の過去とこれからと

第7話 1

 禁軍のみんなとの宴は、すごく楽しかった。


 姫様の付き添いでパーティーに参加した事あるけど、あの時はお仕事だったもんね。


 宴の雰囲気は、どちらかというと<春の彩>の夜営業を思い出させてくれて、すごく楽しい!


「――玲那れいな、踊りますっ!」


 右手を挙げて宣言したわたしは、扇代わりにトレイを持って席からジャンプ!


 食堂中央にあるテーブルの上に跳び乗った。


 兵のみんなが喝采をあげて、口笛が吹き鳴らされる。


 ふふ、すごく良い気分。


「――ミ、ミィナ様!? ちょっ!? ひょっとして……」


 リーシャが驚いて立ち上がり、わたしの席にあったカップに顔を寄せる。


「ワ、ワインっ!? これワインじゃないっスか!? 誰っス!? ミィナ様に呑ませたのは!」


「あ? 酒の席で酒を勧めて、なにが悪い!」


 ダリオさんが胸を張って応えた。


 すかさずリーシャがダリオさんの頭を張り飛ばす。


 そっかぁ、アレ、お酒だったかぁ。


 道理でふわふわするワケだよ。


「――でも! 酔っていよーと、わたしの中のアイラねえさんの教えは揺るがないっ!」


 カツン、と。


 ヒールを鳴らして両手を振り上げ、掲げたトレイに両手を添える。


 両脚を交差させて身体を捻り、弾けるように横回転。


 スカートがふわりと広がって、レースと紫紺の円を描く。


 再びヒールを鳴らしてピタリと止まると、兵のみんなが拍手をくれた。


「――良いぞ! ミィナちゃ~んっ!」


 そんな歓声に、わたしは<春の彩>のねえさん達がそうしていたように、誘うように右手を伸ばして微笑む。


「おい、楽器できるヤツ、なんか演れよ!」


「お、良いね。準備だ準備!」


 何人かがそう言って席を立とうとして。


「ふむ、ならばこれでどうだ?」


 ヒノエ様が指を弾いて鳴らすと、テーブルの向こうに転送魔芒陣が描き出されて、次の瞬間には舞台が現れた。


 ドラムやピアノまで置かれた舞台のすぐ横には、様々な楽器が並べられていて。


「さすが陛下!」


 さっき準備に走ろうとしていた兵士さん達が、楽器を手に取って舞台に上がる。


 やがてアップテンポな曲が奏でられ始め――


「――おおっ! 『魔道艦長キャプテン・リディア』のオープニングか! わかっとるなっ!」


 トランペットに似た管楽器のイントロに、バイオリンみたいな弦楽器の艷やかな音色が寄り添っていて、すごく気分が盛り上がる。


「ミィナよ、ホレ!」


 と、ヒノエ様がどこからともなく大ぶりの扇を取り出して投げて来て、わたしはそれを受け取ると、トレイをテーブルに置いた。


「ありがとうございます~!」


 ヒノエ様にお礼を言って、テーブルから舞台に跳び移り、曲に合わせてステップを踏み始める。


 ドラムの拍子にヒールを合わせ、弦楽器の旋律に両腕をしならせる。


 ピアノのテンポに身を任せ、ギターのリズムで飛び跳ねる。


 姫様のお稽古で一緒に覚える事になったアーガス王国の、社交の為の宮廷舞踊とはまったく違う、下町のみんなが楽しむ――全身すべてを使っただよ!


 演奏されてる曲は知らないものだったけど、ドラムの兵士さんが変調を目で合図して教えてくれるから、曲から外れる事なく踊り続けられる。


 今もドラムさんは、スティックをくるりと回してフレーズが一巡した事を教えてくれた。


 あとはこの繰り返しって事ね。


 間奏なのか、しっとりとしたテンポになって、わたしもそれに合わせて舞いの規模を小さくする。


 やがてローテンポのフレーズが終わりに近づくと、ドラムさんが大きくシンバルを乱打して、みんな一気にアップテンポに転調する。


 合わせてわたしもバック宙を披露。


 喝采があがり、連続して口笛が吹き鳴らされた。


 ――ああ……楽しいね!


 胸の奥が暖かくなって、楽しい気持ちが今にも溢れ出しそう!


 だから、わたしは着地と同時に曲に声を乗せる。


「ラァ――――」


 この曲の歌は知らないから、単音だけの単純な唄をメロディに乗せた。


 けれど、そこに魔道を込めれば周囲の精霊が喚起されて、色とりどりに発光して舞い踊り始める。


 ふふ、みんな驚いてる。


 これ、<春の彩>でもお客さんに大評判だったんだよね。


 いつもできるわけじゃなく、本当に楽しい時だけできる、わたしの特技のひとつなんだ。


 勇者になってからは、ずっとできなかったんだけどさ、ヒノエ様と一緒にお風呂に入ったあの日、大声で叫んだあの時はできたから、きっとできると思ったんだ。


 盛り上がりはいまや最高潮で。


 みんながリズムに合わせて手拍子してる。


 ――みんなが笑顔になれますように!


 <春の彩>で踊ってた時と同じ祈りを込めて、わたしは食堂一杯に発光した精霊達を送り出す。


 跳ねる精霊に合わせるように、みんなも身体を揺らしてリズムを刻む。


 やがて曲が終わりを迎えて。


 ピアノの独奏で締めくくられると、わたしはヒールを合わせてピタリと静止。


 拡げた扇を右手から飛ばすと、みんなの視線がその行方を求めて宙を走った。


 扇が目指すのはヒノエ様。


「うむ、見事だ!」


 飛来した扇を掴み取り、ヒノエ様が口元を隠しながら笑ってくれる。


 それに合わせてわたしはみんなに向けてカーテシー。


 盛大な拍手が巻き起こった。


「えへへ、みんな楽しんでくれたみたいでよかった」


 気が抜けたからか、それとも激しく動いた所為か、顔をあげると途端にふらついてしまう。


「――ミィナ様っ!」


 いつの間にか舞台の下にやって来ていたリーシャが、慌てて舞台に上って支えてくれる。


「あ~りがとう~、リーシャ~。見ててくれた~?」


「ええ、ええ。見てたっスよ! すごいお綺麗だったっスよ」


「えへ、ねえさんにみっちりしごかれたからねぇ」


 リーシャに抱きつきながらそう応えれば。


「でも、酔ってるのは頂けないっスよ。

 さ、ちょっと風に当たって、酔い冷ましするっス」


 と、リーシャは困ったような表情を浮かべ、わたしを支えて舞台下へと歩き出す。


「え~、もう一曲演ってくれよ~」


 そんな声が次々に聞こえて。


「え、そう? じゃあ、頑張っちゃおうかな~」


 手を振りながら、わたしが応えると。


「ダメっス!

 ――アンタらもミィナ様を煽るんじゃねえっスよ!」


 リーシャが追い払う仕草を向けて、引き摺るようにしてわたしを舞台から降ろさせる。


「ふむ、ならば妾が歌を披露しようか!」


 ヒノエ様が手を打ち鳴らして立ち上がり、舞台に向かって歩き始めた。


「よっ! 陛下っ! 待ってましたっ!」


 ハヤセさんが両手を叩くと、兵のみんなも拍手してヒノエ様を舞台に送り出す。


 手を振りながら舞台に上ったヒノエ様は、演奏者のみんなを見回して。


「おまえら、『星と巡る竜の唄』は演れるかい?」


「当然でさあ! 陛下の十八番おはこっすもんね!」


 ギターさんがフレーズを弾き鳴らし、ドラムさんがテンポを刻み始める。


「さ、ミィナ様……」


 わたしはリーシャに支えられながら、テラスへと続く大窓に向かう。


 外に出ると、夜風が火照った身体に心地よかった。


 テラスに並べられたテーブルのひとつに座らされて。


「お水とおしぼりを取って来ますんで、ミィナ様は休んでてください」


「は~い!」


 右手を挙げて応えると、リーシャは苦笑。


「ほんとにミィナ様はお酒に弱いんスねぇ」


 そうしてリーシャが食堂へと戻って行き、開け放たれた大窓からヒノエ様の歌が聞こえてくる。


「――夜空を駆けて二人は願う……」


 それは人々の願いを叶えようとした英雄と、彼の帰りを待ち続けた幼馴染の乙女の唄。


 アップテンポな曲調と、再会の希望を唄うヒノエ様の澄んだ声色がすごく合っていて、ぼんやりした頭に染み渡っていく。


「ヒノエ様、歌も上手なんだぁ……」


 ふわふわした心地の中で、わたしは曲に合わせて手拍子を打って。


 楽しい気持ちなのに……だからこそ、ふと寂しさを感じてしまう。


「わたしも……いつかまた、みんなと会えるかなぁ……」


 星空を見上げながら、そんな事を呟いた。

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