黄道戦記

うりぼう

辺境と嫡男

第1話 氾濫

「そっちに行ったぞぉぉぉぉぉ!!」

「ギャッヒャッヒャッヒャ!来た来た来た来たぁ!!」

「ぶっ殺せぇぇぇぇ!!」

「ヒャッハー!儂が一番槍じゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「っざけんなあ!!」

「あのクソ野郎ッ!抜け駆けしやがった!」

「殺せッ!ブッ殺せぇぇぇぇ!!」


 鬱蒼と木々が生い茂り、どこまでも続く森の中に物騒な叫び声がこだまする。

 それは、森の中の魔物たちが大挙して押し寄せる【大氾濫スタンピード】に対する兵士たちの声であった。


 数百数千の魔物の群れを前にすれば、いくら精鋭とも言える騎士たちであっても表情を曇らせ、手足を震わせるのはやむを得ないこと。

 だが、『東方鎮守』『東域守護』と謳われる【オフィウクス辺境伯】の領軍兵たちにとっては、そんな畏れは皆無。


 大森林の魔物と戦うことを前提として鍛え抜かれた戦狂いの彼らにとっては、その力を存分に振るうだけの機会が与えられたに過ぎず、喜ぶことはあっても怖じ気づくことはあり得なかった。


「畜生ッ!左翼が勝手に戦いを始めやがった!」

「どこの馬鹿どもだ?」

「早く、本隊に伝えろ!」

「ああああ!無駄な仕事を増やしやがってぇぇぇぇぇ!!」


 しかし、旺盛な戦意は時に無謀な突出を呼び込む。

 それがたった今の出来事であった。


「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!辺境伯様の作戦を潰すのはどこのクソどもだぁぁぁぁぁ!!」


 一部の兵士たちが勝手に動いたことを伝え聞いた【ファン・デ・ループス】は、手近な木を殴り付けて怒りを露にする。

 最近家督を継いでループス子爵家の当主となった彼はまだ17歳。

 この辺境伯軍の本隊において、総指揮官である次期辺境伯の隣に侍り、一軍を指揮していた彼は当初の作戦を守らずに勝手に戦線を開いた者たちに激怒していた。


「そ……それが……」

「何を躊躇している!とっとと教えろ!」


 ファンに一部部隊の突出を伝えた伝令が、その部隊の名を告げることをためらう。

 その様子にさらに苛立ったファンは、語気荒く問い質す。


「……です」

「は?」

「……プス家です」

「聞こえねえよッ!腹から声を出せよ!」


 イライラが限界を迎えているのに、さらによく聞こえない報告を寄越す兵士の胸ぐらを掴んで怒鳴るファン。

 普段は他者に優しく貴族然としたファンであったが、この極限状態にあってはそんな悠長なことは言っていられない。

 若いとは言えども貴族家の当主に凄まれた兵士は、もうどうにでもなれと両目をつむると大声で叫ぶ。

 

「せ……先代ループス様が率いる一団ですッ!」

「あぁぁぁぁぁぁぁぁんの、クソ親父がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 まさかの実父が騒動のきっかけだと知ったファンがこめかみの血管が切れるほどに激怒する。

 兵士の胸ぐらから荒々しく手を離すと、自分のアタマを掻きむしり、どうやってこの現状を挽回するか思考を巡らせる。


「アーッハッハッハッハ!さすがはおじさまね」


 すると、そんなファンのもとへ颯爽と現れたのは、彼と同年代の幼馴染みの少女。

 茜色の髪を後頭部でまとめている気の強そうな少女の名は【サラ・ディラ・レプス】

 少女は命令違反があったというこんな状況下にあっても動じることなく、カラカラと楽しそうに笑っている。


「あ゙あ゙?」

「そんなにキレないでよ。だって、おじさまがあんたに当主を譲って真っ先に言った言葉が『これでようやく好き勝手出来る』よ?こうなることは予想できたじゃない?」

「ああああッ!クソがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「ほらほら、そんなにアタマを掻きむしるとおじさまみたいにハゲるよ」

「ハゲてたまるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁ!!」


 髪の毛を指摘された方が、味方の勝手な行動を報告されたよりも怒り狂うファン。

 最近、抜け毛が多くて悩むお年頃であった。


 神王国内において最恐……否、最凶……否、最強たる称号を欲しいままにする【オフィウクス辺境伯軍】にとって、この程度の命令違反などは日常茶飯事であり、むしろ一軍をこの場に配置した時点で戦況は決したと言っても過言ではない。

 だがそれでも、魔物たちを囲んで討つ包囲殲滅作戦を展開できればさらに戦況が楽に傾くことは自明の理。

 今後の対応について判断を仰ぐべく、背後の総指揮官に振り向いたファンの目が驚きに見開かれる。


 おとなしく背後に控えていたはずの辺境伯家の嫡男の姿が消えていたのだ。


「えっ?アル?アルはどこに行った?」


 キョロキョロと周囲を見回すファンに、サラのため息混じりの声が届く。


「…………あそこ」


 見れば陣を組む兵士たちの頭の上を飛び越えて前へ前へと進む男の姿が見える。

 その男こそが、総指揮官にしてファンが支える辺境伯の嫡男【アルフレート・ディラ・オフィウクス 】であった。


 雪のように真っ白な髪をなびかせて、我先にと進むその背に向かってファンが声を上げる。


「おいいいいいいいいいいいッ!総指揮官がどこに行くぅぅぅぅぅぅ!?」


 ややキレかけたその声に、アルフレートは口許に笑みを浮かべて悪びることもなく答える。


「知れたこと!一番槍はこの俺だ!ジョエルに先を越されてなるものか!!」


 アルフレート……彼もまた戦狂いのひとりであった。


「総指揮官がホイホイと最前線に出ていくなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 そのとき、大森林にひときわ大きな怒声が響き渡ったのであった。



★★★★★★★★★★★★★★★★


うりぼうと申します。

初めての方はよろしくお願いします。


長編になる予定です。

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