第62話 グルームの場合4

奇襲の時間はまだかまだかと、騎士や傭兵はソワソワとしていた。


すでにリコリアの平原では戦が始まり、ミスライは王国を上回る人数の勢いのまま王国軍を押していた。


「まだなんですか、かなり押されてますよ」


「これも作戦通りだ、敵に自分達が押していると前を向かせないといけないんだよ」


「それは聞きましたが・・・」


隊長は作戦が上手く行っている証拠だと言っているが・・・やはり押されている状況はドキドキとするものだ。


あの王国軍のどこかでも穴があけば、簡単に王国側が包囲されてしまう状況だ。



焦る気持ちが続く中で、やっと僕らへの突撃の指示が出た。


「いくぞ!アスク、グルーム離れるんじゃねーぞ」


「うす」


「はい!」


騎兵は一斉に横に並ぶと、一気に戦場へと走り出した!


馬が一斉に駆ける音は地鳴り近い。


その中で角笛を一斉に吹き鳴らしていくと、前方で戦っているミスライの奴らの動きが止まっているのが見える。


僕ら傭兵もやっとリコリアの戦いへと身を投じた。




「アスク!あの騎兵を狙っていけ!」


「火炎!」


「あそこに逃げ出している塊だ!10人いけ!」


「黒雷!」


隊長が適格に指示を出し、ミスライに後ろには退路がないと知らしめるように制圧をしていく。


広い戦場に、僕ら騎兵の人数だけでは横一列に並んだだけでは包囲が出来ない。その為に各個撃破をするようにミスライには前へと進んでもらわなければ行けなかったが、順調に進んでいた。


慌てふためくミスライの兵士達を見ると、この戦の勝敗が決まるのも時間の問題だと・・・そう確信をもっていたのだが・・・まだ敵の魔導士が鳴りを潜めている。


開戦と同時に戦況を見ていたが、魔法は王国側からのみ発せられ、ミスライは一度も魔法を放っていなかった。


その為にどこにいるのか見当がつかず、僕らはミスライの歩兵を殲滅しつつ魔導士を探していた。


だが、探す手間は魔導士が魔法を放つ事で無くなる。


炎のイザベラを襲った時のような魔法が王国軍の左翼へと向かって行った。そこはミスライ、王国軍が入り混じって戦っている場所にだ。


「くそ野郎だな、ミスライも軍とかわらねーな」


魔法が着弾する前に隊長はそう言った。


ドーンと戦場の一カ所に炎が舞い上がり、その場所にいた全ても燃やすかのように炎が広がった。


「・・・結構長い詠唱の魔法ですぜあれ、この為に温存していたようなだな魔導士は」


アスクがどんな魔法なのか、同じ4元素持ちという事で検討が付いたみたいだ。


「でもいい、敵の大将の居場所が分かったんだ。あいつらをとってこの戦を終わらせにいくぞ。グルームは穴の準備だ」


「了解!」


隊長の指示の元、魔法の準備を始めながら魔導士がいるであろう場所へと一直線に向かった。


詠唱を進めながら、魔導士の放った魔法の場所は嫌でも見てしまう。いまだにおさまる気配のない炎。


そよ風程度では揺らめかず、激しき燃えているのみ。


だが僕らはそこへの意識を切る必要があった。


隊長が魔導士らしいやつらを見つけ、アスクへと指示を出す。


「多分あれだ、アスク!」


「火炎!」


アスクは足回りのいい、いつもの魔法を行使した。僕はその光景を見てこれで終わると、アスクの魔法を信じていた為にそう感じていた。


ヒューーーっと寸分狂いがないアスクの魔法は放物線の頂上、そのあたりに来た時に誰もが貰った!そう思ったに違いないブレのない軌道だった。


だが、アスクの魔法は魔導士に着弾する前にミスライが放った魔法とぶつかり、空中で爆発し消滅した。


それは僕らが来るであろうと、待っていたかのように詠唱を待機させていたように感じた。


「なに!?アスク違う直ぐ出せる魔法を準備しておけ!」


「うす!」


そして次に反撃だと言わんばかりに僕らを襲うように一つの炎が落ちてくる。


「これは想定通りだ!グルーム!」


だが先ほどの隊長が穴を準備しておけという命令で待機させていた魔法を発動する!


「堕落への扉!」


僕らの前へと大きな両開きの開かれた扉が現れ、振ってくる炎を吸い込むとバタン!閉じる。


そこで魔法は打ち止めとなったのか飛んでこなくなった。


こちらが準備していた魔法、あっちが準備していた魔法は二つずつだったようで、僕らはミスライの魔導士とすでに目と鼻の先まで来ていた。


こちらは騎兵50人。向こうは騎兵が4人に歩兵が20人弱ほど。魔法がなくともぶつかればこちらに優勢だ。


「いくぞ、結局は戦はぶつかりあいって事だ」


隊長の言葉で傭兵の騎兵達が僕らの前へと出ていく。


そこまでは良かった。だが・・・ミスライの魔導士から小粒な魔法が4発騎兵へと放たれた。


バンバンバンバンと魔法は地面へと着弾し、爆発音と小さな砂埃を巻き上げる。


馬がその魔法に怯え。動きが止まってしまった時にはもう向こうのミスライの魔導士の顔が見える距離にまで近づいていた。



「おい、傭兵。手を引け」


そしてミスライから思いもよらない言葉が放たれた。


「無理だ。お前らはやらねーと金が入らねーんだよ」


隊長はすぐに否定をいれるように答える。


敵の魔導士は4人。グリモワールを開き、喋っているやつ以外の3人の手には赤く燃える火がともされている。いつそれが放たれてもおかしくない状況だ。


「はぁ~、お互いここで無駄死にはいみねーだろ?」


「いや俺はお前をここで殺すことに意味があると思うが?」


「・・・傭兵って連中はもっと賢いと思ってたが、てめぇは違うようだな」


「味方もろとも魔法を放つ馬鹿よりは賢いつもりだ」


魔導士は隊長と喋りながらチラっと先ほどの王国の左翼側、こいつらが魔法を放った場所の方を確認した。


僕もつられてそちらを見ると、炎の勢いはやみミスライがその魔法で開けた王国の陣形の穴を突破していこうとしていたのだ。


「そろそろ良さそうだな。悪いなハークス・・・後は任せたぞ」


喋っていた魔導士は一人の魔導士に声をかけ、謝ると・・・ハークスと呼ばれた男は静かに頷いた。


「ん?お喋りは終わりって事でいいな?」


「お前らが動けば、ここ一帯をさっきあっちで使った魔法を使う」


「脅しのつもりかてめぇ」


「そうだ、だから無駄死には嫌だろと警告してやっただろ」


ここで隊長が悩む素振りを見せた。それは隊長とコイツらの命の重みという価値観の違いが顕著に出ていたからだ。


「・・・」


そして隊長が一瞬でもそんな素振りを見せてしまったがために、この話は既に向こうの思うつぼで終わりを見せたのだ。


「話が分かるやつだな、荒野の風のアゲスト」


「名乗ったつもりはないが」


「それなりに俺達も馬鹿じゃないって事だな。お前が団員を大切にするやつでよかったぜ」


そういった魔導士は後ろ姿を見せると、そのまま魔導士2人を引き連れて走り去っていく。その言葉だけで隊長も全てを理解したかのように黙ってしまった。


「隊長!」


団員の一人が隊長を呼ぶが、動きはしない。


「情報戦に負けた、そういう事だ。お前ら俺が合図するまで動くなよ・・・」


その隊長の言葉で僕らのリコリアでの戦いは終わりを告げた。


ハークスと呼ばれる魔導士は、さっきの魔導士たちが遠くへ離れた事を確認すると魔法名を口にすることなくグリモワールを閉じ、自害した。


僕もまた堕落の扉の魔法を準備していたが、意味がなくなりグリモワールを閉じた。


残りの歩兵は武器を捨て投降だ。


敵の魔導士と隊長のやりとり・・・それは命の価値観の違い。それに隊長は負けた。


仲間一人でも大切にするという隊長の信念が知られており、相手の成すべきことの為に仲間の命さえ厭わない行動をみせつけられていた段階で作戦負けをしていたのだった。

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