第50話 リコリア戦4

「火炎!!」


その魔法名と同時に火柱があがる。異教徒の一人、マリーナと呼ばれるものが馬ごと間欠泉のように吹き上がった炎を直撃し吹き飛ばされた



「火つ・・・マリーナ!?」


「マリーナ!」


ドシンと勢いよく地面に叩きつけられる馬と、空中で馬から離れて更に遠くへと飛んでいったマリーナという異教徒。


「やった成功!・・・なにここ!?熱っ!てかくさ!?」


そして今この事態に初めて気が付いたかのように喋り出すのはアンリさん。だが彼女が異教徒に魔法を放ったようだった。


「てめーか!マリーナをよくもやってくれたな!」


「ヒッ!?何何、あの人・・・えっ異教徒の魔導士!?」


「兄貴!」


僕からターゲットをアンリさんに変えた様子で、ボソボソと呟き怒りに満ちた目で魔法を放った。


すでにここに残るは僕とヘンリーさんとアンリさんと騎士が一人だけ。その騎士もすでに盾は割られ、剣を構えた状態で異教徒の魔法から、アンリさんを守る術は騎士にはなかった。


「火礫!死ね!くそ女!」


「いや!?キャーーー!」


カン!


だが、僕の詠唱は唱え終わり、聖なる領域の展開を終わらせていた。


「もう、ま、魔法は通さない!」


領域はまだまだ持つ。もうこいつらに好き勝手はさせない。


「くそ!お前また邪魔しやがって!」


「兄貴!もう無理だ!ここは引きましょう!」


「チッ!マリーナだ!」


「兄貴!マリーナはもう無理だ!」


異教徒の怒りに溢れた兄貴と呼ばれるその男は、頭を掻きむしり吠えた。


「くっそーーーーー!てめぇとてめぇ!顔覚えたからな!!!」


そして憎悪に満ちた目で僕とアンリさんを指さす。


「いやよ!さっさとあっちいけー!」


「殺す、次会ったら絶対殺す!!」


「兄貴!俺もこいつらの顔覚えた!だから今は引きましょう!」


そう言って、異教徒の魔導士は馬で走り去っていった。


遅れて、歩兵たちが僕らの横をすり抜けていく。


「うぉーーにげろー!!」

「じゃまだ!どけっ・・・ぶへ!」


聖なる領域にぶつかり弾かれている者もいるが、みな逃げることに必死なのか僕らをわざわざ殺そうとする者はいない。


「異教徒たちが必死に逃げてるわー、いい気味よね」


「ふー・・・僕は助かったのかぁ」


集中を切らさないようにしている僕の後ろで、アンリさんもヘンリーさんの言葉が聞こえる中で・・・微かにベルトリウスさんや騎士の呻き声が聞き取れていた。


早く異教徒たちが過ぎ去るか、もう一度包囲し穴を埋めてくれるのを待った。


長い時間のように思えたが、それはすぐに傭兵達によって戦いの幕は降ろされたのだ。


ドーンと一発、火柱と黒い雷がすぐ近くに異教徒の進路をふさぐように落ちた。


「とまれ、てめーら。死にたくなければ降伏しろ」


そして傭兵団の隊長の馬に乗ったアゲストが僕らの真横で、逃げまとう異教徒を見下ろしながら冷たくそういった。


続けてアスクとグルームや他の傭兵団の騎兵も続き僕らの横に立つと、もう逃げれないと確信した異教徒は武器を地面に捨て、立ち尽くし、膝から崩れ落ちた。


ガシャガシャと地面に捨てられていく武器。


逃げ出した異教徒も何人かいるが、傭兵が魔法で焼かれた王国兵の隙間を埋めると、異教徒の活路はなくなった。


「ノエルさん!僕らがいるので安心してください!早くみなさんに回復を!」


「あっ分かりました!」


グルームの言葉で僕はすぐに領域の魔法をとき、癒しの光の詠唱を始めた。


ベルトリウスさん、僕を守ってくれた騎士の順番で回復をするが・・・生きていたのはその2人だけ。決死の覚悟で向かっていった兵士2人とセシリアさんは救う事ができなかった。


戦全体でみれば、快勝。作戦もうまくいき、被害を抑えられた大金星の戦いだったに違いない。


だが僕らの周りには数多くの死体が転がっている。戦場に突如空いた大きな焼けた円、その中に倒れている見知った人などをみると僕の心は浮かれることはなかった。


僕はその円の中心で戦後処理を兵士や傭兵がやるのを立ちすくし見ていた。それは隣で座りこんだベルトリウスさんも同じだった。


互いに言葉はない。今何を思っているのか分からないが、今は会話は必要になかった・・・


「私すごくない?魔導士の一人倒したのよ!」


「アンリさん優秀だね~、僕も隣でみてたよ。いや~僕は何もできなかったのにすごいな~」


「でしょ!何度も詠唱失敗するから本気で集中した結果よ!もっと褒めなさい」


後ろでうるさい人もいるが・・・今回は彼女に助けられた結果だった。


異教徒たちの手には縄が結ばれて行き、それが前と後ろの人とで繋がれていく。


あの人達はどうなるんだろう・・・


繋がれた彼らはトボトボと僕らの前歩き出す様子は、捕虜というよりも奴隷のようにみえた。


「ノエルさん、お疲れ様です」


「あっ、グルームさん・・・お疲れ様です」


馬から降りたグルームが僕に駆け寄ってくる。


「大変でしたね・・・ここだけ集中的に狙われた様な感じで・・・」


周りの惨状を見ながらグルームはフードで顔は隠れているが、口元が少し歪んでいる様子でそういった。


「・・・最初からここが狙われる事は分かってましたから、この惨状も成功といえば・・・成功なんですよ」


「やっぱりそうですか、知っていての結果なんですね・・・」


「やっぱり・・・?」


「・・・隊長もこの作戦を聞いて、左翼が狙われるだろうなって言ってましたので・・・」


「なるほど・・・」


傭兵団の隊長となる人はやはり賢い人なんだな・・・


「あっそういえば・・・何か用事ですか」


「えっあぁ・・・ですね。これをお渡ししようと思って」


グルームさんが労いの言葉だけを掛けにきたわけではないと思っていたので、要件を聞くと、一冊の4元素のグリモワールを懐から出してきた。


「4元素・・・なんでですか?」


「異教徒が持っていたグリモワールです。ですが、まだ持ち主が死んでいませんから・・・ほらあそこの一人だけ別に繋がれている人です」


グルームが指さす先には、マリーナと呼ばれていたアンリさんが吹き飛ばした魔導士がいた。


思ったほど外傷がなさそうな様子は、馬が盾になり魔法の直撃をまのがれたようだ。


「あの人・・・」


「僕らもあの人含めた3人の魔導士には痛い目を合わせられましたよ。隊長が魔導士が左翼を突破すると分かっていたので、その前にこちらから仕掛けたんですけどね・・・駄目でした」


「そうなんですね・・・」


僕の知らない所でも、戦場は色々と動いていたんだな・・・すごいなグルームさん達。素直にそう思えた。


「僕がもっとうまくやってたら・・・ここの被害も抑えれていたかもしれないのに、お役に立てずすみません。」


「あっいえ・・・謝らないで下さい。こうなったのは作戦ですので・・・。でもいいんですか、このグリモワールを渡しても」


「それは取り決めの様ですので。・・・では、あの、また!」


グルームさんはグリモワールを渡すのとは別に、謝りにきた事が分かりそれだけ伝えると傭兵の中へと戻って行った。


受け取ったグリモワールは4元素のグリモワール。


「ねえあんた。話は聞いていたわ、それ私に貸しなさいよ」


「えっ・・・?」


グリモワールを見つめていると、後ろからアンリさんが僕に声を掛けてきた。そういえば初めて会話するなと思えた。


「私が倒した魔導士なんだから、私がギレル様に報告するわ」


「あ~・・・確かにそうですね」


「話が早いわね」


「でも、こういうのはベルトリウスさんの仕事だと、思うのでベルトリウスさんが判断してください」


隣で自分の失敗をいまだに悔いている様子のベルトリウスさんに話を振る。


「えっあぁ・・・そうだな。俺が一度預り報告しよう、その時アンリ君も同席してくれ」


「そっ、報告の時に呼んでもらえるならそれでいいわ。あー、ギレル様にも直接みて貰いたかったわ、私の活躍」


ベルトリウスさんが俯いていた理由は分かる。だが・・・


僕だって何度、この戦で失敗を繰り返したか・・・僕の詠唱が遅かったせいで、ベルトリウスさんが魔法を撃つ前に異教徒に先に魔法を撃たれて失敗したのだ。


ベルトリウスさんが責任を感じる必要はない・・・魔導士をとり逃したのは僕のせいなんだ・・・


「ベルトリウスさん・・・あの、僕の・・・」


「いや・・・俺にも責任があるどっちかのせいじゃない。2人の責任として重く受け止め・・・次につなげよう」


僕が言おうとすることを悟り、僕の言葉に被せベルトリウスさんはそういった。


「はい・・・」


また僕は強くなろうと心に誓い、遥か遠くにいる友がくれたチョーカーの水晶を強く握った。

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