一瀉千里


 それから2週間弱経った頃、我が家の電話が鳴った。

 両親は仕事で不在。祖父母は耳が遠いので、基本的にはあまり電話に出ない。中学生の弟は春休み前――となると、電話に出るのは必然的に私である。


 聞き覚えのない成人男性の声で、“私”はいるかと確認された。


 「はい、本人ですが」

 『私は衆議院速記者養成所の○○と申します』

 「え…」

 『一次試験の結果、合格が決まりましたので、そのご連絡です。近々はがきが正式に届くと思います。』

 「えーっ、本当ですかあ?」


 4月からの身の振り方を割と真面目に考えていた矢先の、思いがけない合格通知だった。

 2次試験の日程や必要なものなどを告げられ、必死でメモを取った。まさに無我夢中。当然、まだ速記はできなかったけれど、一言たりとも書き落すものかという気持ちだった。


『今私が申し上げたことをメモしましたか?』

「はい!」

『では、復唱してみてください』


 電話内容を復唱させること自体は珍しくないかもしれないが、、あれは1次試験と2次試験間の「1.5次試験」だったのではないかと思う。

 日程はともかく、耳なじみのない試験会場の名前、田舎娘にはハードルの高い地下鉄最寄り駅の駅名、聞いた記憶だけで復唱するのは難しいだろうから、「メモを取っているのが当然だ。それすらしない人間は、うちの学校には不向きである」――ということではないか、と。


 そういった真意は分からないものの、私は指示通りの場所に、指示通りの時間に試験に向かい、身体測定と面接を経て、その試験の2日後には正式に合格の通知が来た。

 あのときは合格そのものよりも、3月中に進路が決まったことが、とにかくうれしかった。


 ゆっくり落ち込んでいた身が、にわかに忙しくなった。

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