百合は異世界で花咲く

霜花 桔梗

第1話 新たな世界を求めて

 放課後、私は校舎の中庭で空を眺めていた。


 私は世界に絶望していた。そう、失恋したのだ。相手は同じクラスの女子である。


「ごめんなさい、普通の恋をしたいの」

「謝らないで、私って女子しか愛せないじゃん。そんな、私が悪いの……」


 最近は多様性とか言われているが、恋は現場で起きている。百合カップルなど簡単に成立しないのだ。


 そんな時である。ネット上の噂で異世界転生のできる本があると知る。私は古い町の図書館に向かい、その本を探す事にした。その図書館の奥にある魔導書コーナーで異世界の魔導書を探す。


 すると、赤いボロボロの本をみつける。偶然なのか必然なのかは謎だが異世界の魔導書をみつけることができた。


 しかし、この魔導書が『レッドバイブル』と言うこと以外は読めないでいた。


 レッドバイブルから未来の自分の写し鏡の姿が心の中に入ってくる。大人になった私が独り公園でブランコに腰かけていた。友達も恋人も居ない孤独な生活が映し出された。


 これはセルフなる地獄の映像なのかと思う。


「お願い、レッドバイブル、私を異世界に転生させて!」


 そんな事を声に出して願うと、光と共にレッドバイブルから幼女が現れる。


「お姉さまは異世界転生をお望みで?」


 幼女は長い金髪をツインテールにしていた。明らかにこの世界の住人ではない。


 ゴク、好みのタイプだ……。


 そう、彼女はヨルヒと名乗り、私の事をお姉さまと呼ぶのであった。しばしの時間の後、このレッドバイブルから幼女が現れるとの事態に落ち着きを取り戻すと、私は慎重に言葉を返す事にした。


「あ、ぁ、私の願いは異世界転生だ、それを叶えてくれるのか?」

「はい、お姉さま」


 これは目が本気だ、どうやら、本当に異世界に転生できるらしい。私はレッドバイブルに触れると、体中の存在が分解されるおもいをした。


 気が付くと異世界の景色が広がっていた。


 私の転生したのは異世界の草原が広がる場所であった。近くに街道らしきモノがあり。案内矢印があった。


『カレーダの街まで10キロ』


 街まで10キロか……。


 歩けない距離ではない。


「あ、色々、教えてあげたいけど、まだ仮契約なの、その瞳の輝きが本物なら。また、会えるわ」


 ヨルヒはそう言うとレッドバイブルの中に戻ってしまう。


 さて、どうしたものかと思っていると。おや?街道の先から行商人の馬車がこちらに向かってくる。これは乗せてもらおう。


 私はレッドバイブルを片手に馬車の若い男性に声をかける。


「ハロー、街まで乗せてくれないかな?」

「おや、迷子かい?」

「ま、そんな事です」

「乗りな、旅は楽しくしなければね」

「あんがと」


 私が止まった馬車に乗ろうとすると。


「お嬢さん、魔導書の所有者かい?」

「あ、この本ね……そうすね、所有者と言えるかな」

「へー、魔導書か、お嬢さんの人生は波乱万丈だ」


 何だ、この普通の会話は!?私は試しにレッドバイブルを開きヨルヒを召喚する。


『……』


 ヨルヒは現れない。そうか、仮契約と言っていた。どうやら、この魔導書は一般人にすれば珍しい金貨一枚ぐらいのモノらしい。


「どうした?」


 私は不思議そうな旅の青年を見て小首を傾げる。


「いや、何でもない」


 もう少し、嫉妬をかっても良かろうと思う。


「しかし、お嬢さんも変わり者だね」

「はい?」

「魔導書と言えばロリコンの持つ物なのに……」


 百合属性の私には幼女も好む対象ではあるがそこは大人の判断ができると思っている。ここは私が異世界から転生したと主張すべきだ。


「何を言う、この魔導書で異世界から転生して来たのに?」

「悪い冗談だ、そんな事が出来るのはファーストカテゴリーの魔導書だ。普通、魔導書と言えばセカンドカテゴリーのはずだ」


 なら、このレッドバイブルはファーストカテゴリーの魔導書だ。そうか、この反応の微妙さはセカンドカテゴリーの魔導書だと思っているからか。


 少し、情報収集だ。私は旅の青年に魔導書のことを聞く事にした。


『ファーストカテゴリーの魔導書は賢者イナによって作られた。賢者イナは魔王シェパードに戦いを挑んだ。七冊の魔導書は七人の勇者達が使い、魔王シェパードと壮絶な戦いとなった。戦いの結果は賢者イナが勝利となった。その後、パープル、ホワイト、ブルー、そしてレッドの魔導書は行方不明になった。残りのオレンジ、グリーン、ピンクの魔導書は後世の勇者候補が管理するのであった』


「これが、魔導書と賢者イナの伝説だ」

「へー」

「後世の世界で魔導書の複製が試されて、それがセカンドカテゴリーの魔導書だ。その、セカンドカテゴリーの魔導書は幼女を召喚するだけの物だからロリコンに好まれたのだよ」


 それで、私みたいな小娘がファーストカテゴリーの魔導書を持っているはずがないと言うったのか。


 その後、馬車に揺られ、カレーダの街の近くにまで来たところである。並木道の影から突然現れたのはガイゴールであった。


「ヒイイイ、何で、こんな街の近くにモンスターが!!!」


 旅の青年が脅えて馬車を止める。これはピンチと言うやつか?


 私はレッドバイブルで何とかできないかと思い本を取り出す。


 ダメだ、何も起きない。


 私は必死に読める文字を探す。


『ヨルヒ』『よ』『その』『存在』『を』『契約』『に』『よって』『求める』


 解る単語を並べると一つの文章になる。私はこれはいけると思う。


 レッドバイブルが光りを放つ。


 それは不思議な気分であった。難解な記号だけのレッドバイブルに書かれていた文章がすべて読めるようになったのだ。


 これはヨルヒを召喚すること出来るのか!


『我求める、レッドバイブルよ、その真実の姿を表せ』



 刹那、紅き炎と共に現れたのはヨルヒであった。


「お姉さま、ヒンチですね、もう大丈夫、このヨルヒの炎がモンスターなど焼き尽くします」


 すると、ヨルヒの技を自由に使える気がした。


「ヨルヒ、ファイアボールだ」


 私の言葉にヨルヒが手をかざすと炎の塊が現れた。そして、炎の塊は放たれガイゴールにヒットする。


「ガガガ」


 ガイゴールは簡単に焼け落ちる。


「お嬢さんの魔導書は本当にファーストカテゴリーなのか?」


 旅の青年が動揺した様子で問うてくる。少し考えたが、私は静かに頷くと。


「よし、カレーダの街に着いたら飯をおごるぞ」


 私は青年の言葉に、ようやく、異世界に来た恩恵を受けるのかと、上機嫌になるのであった。

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