第57話 乗客の怒り
俺たちが馬車に戻ると、馬車の中は静まり返っていた。
もしかしたら、俺たちが本当にハイリザードを倒すとは思わなかったのかもしれない。
まぁ、熟練冒険者みたいな風格でもないし、そう思われても仕方がないか。
そんな事を考えながら自分の席に戻る途中、特に驚いている様子のバースの姿がちらっと見えた。
その手のひらにはさっきのお爺さんと冒険者の先払いのチップが置かれている。
遠目で分からなかったけど、結構な額を貰ったらしい。
「……俺たちが魔物を倒したわけだし、このチップは俺たちの物ってことでいいんだよね?」
俺はふむと考えてから、バースの手のひらにあったチップを取る。
「あの、さっきのお爺さんと冒険者の方、これ返すので取りに来てください」
お爺さんと冒険者は顔を見合わせてから、慌てるようにバースに渡したチップを回収しに俺のもとに来た。
「あぁ? い、いいわけないだろ! お、おい! クソッ、なんでこんなに動かないんだよ!」
バースが俺の肩を持ってチップを奪い返そうとするが、バースは中々俺の体を動かせずにいた。
それもそのはず。
どうせバースが絡んでくるだろうと思って、いつもよりもマシマシで自分の体に支援魔法をかけているのだから。
「「あ、ありがとうございます!」」
「いえいえ、大丈夫ですよ」
俺がバースに妨害を受けながら二人にお金を返すと、二人は深いお辞儀をしてお金を受け取ってくれた。
「おい! クソガキてめぇ!!」
まぁ、その代償としてバースの怒りを凄い買ってしまったみたいだけど。
……どうしよう、どうやって、この怒りを押さえ込もうかな。
「痛っ! はぁ?」
そんな事を考えていると、バースが小さな悲鳴を上げた。
あれ? もしかしてケルがバースに噛みついたりしたのかな?
一瞬そう思ったのだが、ケルは俺の側でパァッとした明るい顔でバースを見上げていた。
ケルが上機嫌ということは……。
俺が振り向いてみると、バースの額には赤くなった跡ができていた。
そして、バースの足元には転々と転がる手のひらサイズの果物があった。
「おい! 何しやがる!」
バースはキレて声を荒くするが、今度は誰かが投げた靴がぱかーんっとバースの頭にヒットした。
そして、靴を投げたガタイの良い冒険者は立ち上がって、バースを睨む。
「俺たちはこの人たちに守ってもらったんだ。さんざん馬鹿にしてくれやがって、おまえたちは何もしてないじゃないか!」
「そうだ! 何が弱肉強食だ! ただの脅迫だろうが!」
「年寄りの金を何だと思っているんだ! くたばれ外道!」
静まり返っていたはずの馬車の中は、一気にバースたちに対する文句の声でいっぱいになった。
どうやら、一人が投げた果物を皮切りに、乗客たちのバースたちに対する怒りが溢れだしたらしい。
各々暴言を浴びせたり、手持ちの物を投げたりと収拾がつかなくなっている。
俺たちはその被害に遭わないように、急いで元いた席に戻ることにした。
「ふむ、良い眺めだ」
ケルがキラキラとした目でバースたちを見るほど、イキっていたバースたちが乗客たちにボロカスに言われる様子はスカッとするものがあった気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます