出会い
「ずいぶん情熱的な視線だったね。私に気があるのかな?」
ふいに肩を叩かれる。びっくりして振り向くと、雪菜と話していた人物がそこに立っていた。
格好良くも可愛らしい、整った顔立ち。……この人が雪菜の彼氏、なのかな?
「あ、すみません。妹のことが気になったもので……」
僕は、敢えて相手の問いかけには答えずに自分の目的を伝える。
「妹? 雪菜ちゃんのことかい?」
「ええ、妹がいつもお世話に……」
そう言いながら、僕は軽く会釈をする。
「ああ、キミが。雪菜ちゃんから話は聞いているよ。よろしく」
そう言って、彼は右手を差し出してきた。
「あ、こちらこそ」
僕も手を差し出す。……何だか、手慣れている感じがする。
彼はネット上で雪菜と恋仲になったようだけれど、実際に二人がどんな関係なのかは僕も知らない。
ただ、彼は背が高く、大人びた雰囲気を放っている。少なくとも大学生以上だろう。……雪菜とは一回り近く歳が離れているということになる。ネット上で高校生の女の子を狙う大人……。果たして信用してもいいのやら。
「おお、サングラス越しでも分かる凍てつく視線。痺れるね。私がどうかしたのかい?」
僕の疑心暗鬼の視線に対して、彼はおどけたように問いかける。
「いえ、ただ、貴方に雪菜を任せても良いのかと、少し不安になったもので……」
僕がそう言うと、彼は再び不敵な笑みを浮かべた。
……何だか、全てが見透かされているような、そんな気分になってくる。
「ふむ、手厳しいね。……よし。それなら、僕が雪菜ちゃんに相応しいことを証明させてほしい」
「……え?」
彼は、僕の手を取り、そして言った。
「この喫茶店。お話しをするにはピッタリの場所だと思わないかい?」
……
結局、雪菜の彼氏と思われる男性と、この喫茶店でお食事する事になった。
正直知らない男性と食事をするのは怖いけれど、僕にはこの男が雪菜に相応しいかを見極める義務がある。
「私の名前は、桜小路春。元舞台役者で、今はフリーターさ。……君のことを教えてもらっても良いかな?」
「あ、はい。僕の名前は……」
……
それから、僕は桜小路さんとの会話に花を咲かせた。
彼は聞き上手で、僕の何気ない話にもしっかりと反応してくれる。役者をやっていたというだけあって、その話しぶりも巧みだった。
……なかなかの好青年だとは思う。でも、雪菜を任せられるかと言われると、まだ判断がつかない。
そこで、僕は彼の現在の仕事について詳しく聞いて見ることにした。フリーターとは言っても仕事内容は多岐にわたる。具体的な仕事内容を聞いておけば、彼の人物像も自ずと見えてくるはず。
「私がどういう仕事をしているのか、かぁ。答えにくい質問だね」
桜小路さんは苦笑しながら言う。
……あまり、言いにくい仕事内容なのだろうか。雪菜を任せていいのか不安になってくる。僕は固唾をのんだ。
……そして、彼は言った。
「君もよく知っているであろうVtuber、狐野妖香ちゃんのマネージャー……の、サポートのような事を主におこなっているよ」
「え、本当?」
……思わず、聞き返してしまう。
妖香ちゃんと、関わりのある人間。それがまさかこんな所にいて、雪菜と親しい関係になっているだなんて。
僕はつくづく妖香ちゃんとの縁が深いらしい。
……でも、どうして僕が妖香ちゃんとのことをよく知っているって思ったのだろうか?
もしかしたら、妖香ちゃんはいつの間にか誰もが知るような大御所動画配信者になっていたのかもしれない。
なんだか、自分のことのように嬉しくなってくる。
……それにしても、マネージャーの、サポートのようなことって、一体どういうことなのだろうか。彼に聞いてみることにした。
「……やっぱりその事について気になるんだね」
僕の問いかけに対し、桜小路さんは苦笑する。そして、少し考えるような仕草をしてから僕の目を見て言った。
「妖香ちゃんのマネージャーは少し恥ずかしがり屋さんでね。直接の対面は無理みたいなんだ。だから、直接の面談は私が担当しているんだ』
「へぇー」
……なるほど。そういった形態のマネージャーもいるのか。
僕は納得したように頷く。
……それにしても、直接の面談は恥ずかしくて出来ないって、どんな人なんだろう?
僕の疑問を感じ取ったのかのように桜小路さんが口を開く。
「彼女はとてもはずかしがり屋だけれど、マネージャーとしての能力は本物だよ。……直接の会話は苦手だけれどもね」
「へぇー」
彼の話を聞き、ますますどんな人なのか気になってきた。
「そのマネージャーさんとは仲が良いんですか?」
僕は桜小路さんに質問をする。
「ああ、とても仲が良いよ。私の大切なお姉ちゃんだ」
桜小路さんはそう答えた。……お姉ちゃん?
「あの、妖香ちゃんのマネージャーは兄弟で、彼女を支えている……とかですか?」
「ああ、そうだね。私とお姉ちゃん、2人で支えているんだ。……もっとも、マネジネントに関してはほとんどお姉ちゃんが担当しているけれど」
……なんだか、とても不思議な関係だ。
桜小路さんがお姉さんを慕っているのは良く伝わってくるし、そしてきっと彼女の方も彼を大切に思っているのだろう。
2人の関係が何だか少し羨ましくなってくる。
「あの、妖香ちゃんのマネージャー……桜小路さんのお姉さんは、どんな人なんですか?」
僕は思わずそう聞いてしまった。すると彼は少し考えるような仕草をしてから言った。
「そうだね……彼女は恥ずかしがり屋で、そして……とても、優しい人だよ」
桜小路さんは、とても優しい表情で言った。その柔らかな表情を見ていると、何だか僕まで優しい気持ちになってしまう。
そんな桜小路さんの表情を見て、少しだけ彼のことを信頼できるような気がしてきた。
……少なくとも、悪い人ではないのだろう。
彼なら、雪菜のことを大切に思ってくれることを感じられたからだ。
「……さてと、そろそろ出ようか」
そんなことを考えていると、桜小路さんの方からそう切り出してきた。
……もう、そんな時間になっていたのか。僕はちらりと時計を確認する。思ったよりも話し込んでいたみたいだ。
僕たちは会計をするためにレジへと向かった。
「今日は楽しかったよ。……じゃあまたね」
桜小路さんはそう言って手を振った。僕も手を振る。彼はそのまま店を出て行った。
……それにしても、不思議な人だったな。何だか掴み所が無い感じだけれど、悪い人ではなさそうだし……。
僕はそんなことを考えながら店を出たのだった。
「あ、そういえば」
家に帰ってから、ふと桜小路さんの事を思い出して、僕は自身のパソコンを起動する。
確か彼は元舞台俳優だったと言っていたっけ。もしかしたら、ネット上に記録が残っているかもしれない。
僕は、彼の名前を入力し検索をかける。すると……
「あ、あった」
検索結果の中に、彼の名前を見つけた。とある劇団のホームページだ。
「えっと……桜小路春……」
劇団のホームページには、彼の写真が載っていた。概要によると、彼女は10代の頃にデビューし、20歳前後で舞台俳優になった女性のようだ。
デビュー後、様々な作品に出演して……って、ええ!?
桜小路さん、女性だったの!? そういえば、きれいな顔をしていたし、マネージャーをお姉ちゃんって呼んでて女性らしさは感じていたけれども。
まさか、女性だったなんて……僕は女性を妹の彼氏と勘違いをしていたのか。なんだか急に恥ずかしくなってきた。
僕っ娘Vtuberの話 @atla-tis
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。僕っ娘Vtuberの話の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます