休日

「うーん、朝だね」


 雪菜から絵の指導をお願いされた次の日の朝。僕はいつもより早く目を覚まして伸びをしていた。最近は少し暑くなってきたからか、部屋の中が少し暑い。エアコンをつけようかなと思ったけど、まだ我慢出来る気温だから今はつけないことにした。


「こういう時は、妖香さんの動画を見るに限るよね」


 パソコンを立ち上げてYouTubeを開き、検索ワードでいつもの名前を検索する。ええと、このよ……でた、狐野妖香。エンターキーっと。妖香さんの名字は『この』ではなく『おの』だけれど、僕はいつも『この』から予測変換で狐野妖香という名前を出す癖がついている。……いつか、この癖直さないとね。


 まあ、それはともかく。どうやら彼女の新しい動画がアップされているみたいだ。早速見てみることにしよう。


「ええと、タイトルは……『【狐野妖香】イラスト練習雑談配信ですわよ【アニマリ】』か。本当にイラストを練習するみたいだね」


 僕は微笑ましい気持ちになりながらもマウスを動かして、画面を進めていく。そして、ついに再生ボタンをクリックした。


「皆さん、ごきげんよう。私はアニマリ神社を守護させていただいている狐神『狐野妖香』と申します。あなた達供物共に満足してもらえるよう……」






 

 僕は妖香さんの動画を楽しんだ後、ベッドから起き上がって洗面所に向かう。顔を洗い、軽く身支度を整えてからリビングに向かった。


「おはよう、お姉ちゃん!」

「うん、おはよう雪菜。……あれ? 今日は早いんだね」

「うん。だって、今日は……あっ、何でもない。気にしないで」

「そう? それならいいんだけど」


 雪菜は何かを言いかけた後慌てて首を横に振った。気になるけど、まあいいか。


「それより、今日の朝食はトーストに目玉焼きだよ! 私の自信作!」

「おおっ、美味しそうだね。ありがとう」


 雪菜が用意してくれた朝食を食べるために椅子に座って待っていると、しばらくして彼女がコーヒーの入ったマグカップを持ってきてくれた。


「はい、お姉ちゃん。砂糖とミルクは入れておいたから」

「うん、ありがとう。いただきます」

 

 僕は手を合わせて挨拶をして、フォークを手に取る。……今日もいい朝だな。









「よし、狐狸妖怪の魅力を伝える動画を作るよっ!」


 朝食を食べ終えた後、パソコンの前で意気込む。僕は元々、ゲームの魅力を多くの人に伝えるため、そして動画を通して様々な人と関わっていくために配信者を始めたんだ。だから、僕が好きなゲームの面白さをもっと多くの人に知ってもらうために頑張りたい。


 まずは、どんなことをすればいいんだろ……?  とりあえず、ゲーム紹介の原稿を書いてみるか。狐狸妖怪の魅力を伝えるためには、まずはどんなゲームか知ってもらう必要があるはず。


 僕はパソコンに向かい、ゲームの紹介文を書き始める。文章を書くのはあまり得意じゃないけれど、頑張って書かないと。ええと、狐狸妖怪は2015年に発売された家庭用ゲームで、いわゆる和風RPGです。プレイヤーは村の住人である主人公として……


「うん、こんなもんだよね」


 一通り書き終えた僕は、軽く息を吐く。そして、次にどうするべきか考える。さすがにゲーム紹介だけじゃ狐狸妖怪の魅力を伝えきれないし、もっと興味を持ってもらうための工夫が必要だと思う。例えば、ゲーム映像の中で面白い部分があったり、印象的な場面があればもっと見ようと思うはずだし。そういう部分にこそ、このゲームの魅力が詰まっているはず。


「うーん、面白いシーンかぁ。それなら、今から動画を撮ってみようか」


 早速僕は狐狸妖怪を起動し、印象的場面を撮影するために初めからプレイを始めることにした。画面では、主人公の少年が村の中を歩いているところから始まる。最初は特に変わった様子はないけれど、やがて空に浮かぶ巨大な赤い月が目に入った瞬間、突然画面にノイズが走ったような演出が入り、不気味な雰囲気に変わった。主人公は少し驚いた表情になりながらも、歩みを止めることはない。


『なんだこれは……?』


 主人公がそう言ったところで、突如画面が真っ暗になる。数秒後、再び画面が明るくなるとそこにはケガをして倒れている村人の姿が映っていた。そして、彼の体からは黒い霧のようなものが出てきている。この光景を見た主人公は悲鳴を上げ、必死に逃げようとする。だが、体がうまく動かないのか、なかなか逃げることが出来ない。そんな時、背後から何者かの声が聞こえてきた。


『やれやれ、逃げても無駄ですよ』


 そこに立っていたのは、仮面をつけた男だった。彼はニヤリと笑いながら、主人公の目の前まで迫る……





「……うん。なんだろ、難しいな。どこをどうやって映像にまとめればいいんだろう。そもそも、僕のお気に入りのシーンにたどり着くまで結構プレイしなくちゃだし。色々と考えてみたけれど、どれもいまいちな気がする。僕の考えが間違っているのかな……。ううっ、分からない」


 ゲームのプロローグをプレイしてみた僕だったが、上手く編集できる気がしない。ゲームを遊んでいる時は楽しいと思ったけど、こうして客観的に見ようとしてもよく分からなくなってくる。


「動画にしてまとめるなら、客観的に見て面白いシーンがいいよね。……どこなんだろう、そこは」


 僕は腕を組んで悩み続ける。しかし、一向に答えは出てこない。僕は僕だから、僕以外の視点で物を見ることが出来ない。なので、どうしても主観的な視点になってしまう。僕は、出来るだけ多くの人に狐狸妖怪に興味を持ってもらいたい。だから、客観的に見て面白い動画にしたいんだけれど……



「……あっ、そうだ。客観的にみる方法ならあるじゃん!」


 僕は動画投稿者であると同時に生配信主でもある。というか、ほとんど生配信しかしてない。……という事はつまり、僕の動画にはリアルタイムのコメントが付いているという事。そこを考えていけば、ゲーム内のどの場面に反響があるかが分かるかもしれない。


 以前コラボ配信した時に、コメント付きで狐狸妖怪をプレイしたことがある。そして、僕はどの場面でコメントが盛り上がったかを覚えている。……それなら、その動画の一部を使わせてもらえば面白い動画になるかも。早速以前のコラボ相手である小春さん、そして、おまけとして妖香さんから許可を貰おう。


「ええと、まずは……」


 僕はまず初めにSNSで小春さんと連絡を取ることにした。



《すみません。以前のコラボ動画の一部を僕の次の動画に使わせてもらってもいいですか?》

《構いませんよ。私とコラボしてくださったお礼もありますし、是非使ってください》

《ありがとうございます。助かります!》



 メッセージを送ったら、すぐに返事が返って来た。ありがたいことに、許可をくれるみたい。



 今度は妖香さんのアカウントと連絡を取ってみよう。



《すみません。以前のコラボ動画の一部を僕の次の動画に使わせてもらってもいいですか?

《ちょっと、堅苦しいですわよ。もう少しだけフランクな感じでいきましょう。せっかく仲良くなったわけですし……》

《そうですね。では、……前のコラボ動画の一部を僕の動画で使ってもいいですか?》

《ええ、もちろんです。……今度はちゃんと扱ってくださいね。》

《了解です、妖香さん》




 小春さんに続いて、妖香さんも動画使用の許可をくれた。これで、僕が考えている面白い動画にするための準備は整った。後は、実際に撮影をしてから編集をするだけだ。


「よし、頑張るぞっ」


 僕は気合を入れ、カメラをセットし作業に取り組む。そして、数時間の作業の後にようやく納得のいく動画が完成した。はぁ、疲れたぁぁっ……


 うう、眠い。動画編集頑張ったし、もう寝ちゃおうかな。その前に、動画投稿っと。僕は動画を投稿した後、ベッドの上に横になった。


「ふぅ……動画投稿終わったぁ。……あれ、なんか間違えてる気がする」


 僕はふと違和感を感じた。何だろ、すごく大切なことのような気がするんだけど……


「まあいっか。起きてからどうにかすればいいや」


 そう言って、僕は眠りについた。とにかく、今は眠いのだ。









【狐野妖香】魅力を伝えたいと思います【01】

 1,453,567 回視聴 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る