やりがい
「妖香さんともっと関わりたい。またコラボしようかな。いやでも、コラボは前やったばっかりだし。……って、妖香さんの事考えすぎだよ僕っ!」
学校から帰宅した僕は自分の部屋で独り言を呟いていた。机に向かって勉強していたはずなのに、いつの間にか妖香さんのことばかり考えていた。魅力的なVtuberは人を魅了してしまうのかもしれない。
頭がコラボの事でいっぱいだった。でも、僕はコラボするために動画配信者を始めたわけではない。ゲームの魅力を多くの人に伝えるため、そして動画を通して様々な人と関わっていくためだ。その目的を忘れてはいけない。
やっぱり生放送だけではなく、普通の動画もあったほうがいいよね。僕のファン以外の人たちにとってはそっちの方が面白いだろうし、興味を持ってもらえるかもしれないし。……どんな感じの動画を作ろうかな。できればゲームの楽しさを存分に伝えられるような動画を作りたいけれど。
「うーん……」
しばらく悩んでいると、部屋の扉がノックされた。誰か来たみたいだ。
「はい?」
「お姉ちゃん、私だよ」
妹の雪菜が、僕の部屋にやって来た。……放課後のこの時間に雪菜が家にいるのは珍しい。いつもは友達との遊びに行ってたりするんだけど。
「お姉ちゃんに、お願いがあるの」
両手を合わせながら、上目遣いで僕を見つめてくる雪菜。なんだか少しだけあざとい。
「お願いっ、私に絵を教えて!」
雪菜が僕の手をぎゅっと握りしめながら、真剣な表情で言った。どうやら、彼女は絵が上手になりたいようだ。……でも、どうしてだろう?
「別にいいよ。でも、なんで急に絵を描こうと?」
僕が尋ねると、雪菜は笑顔になり答えた。
「素敵な子に、プレゼントするためなの」
頬を赤く染め、嬉しそうにしている雪菜。その様子を見て、僕は慌てる。……素敵な子って、一体誰? もしかして、好きな人でもできたの!? まさか、僕の知らないところで彼氏ができたとか……。
うん、ありそうだね。雪菜は可愛いからきっとモテるだろうし、派手な子だから彼氏が出来て当然かも。むしろ、今までそういった話を聞かなかったのがおかしいくらい。
「雪菜は素敵な人に出会えたんだね」
「うんっ!」
雪菜は満面の笑みを浮かべ、元気よく返事をした。雪菜、すっごくうれしそう。出会った子は本当に素敵な子なんだね。……でも、そんな子とどこで出会ったのだろうか。学校のクラスメイトか、もしくは部活動に励む先輩か。まさか、遊びで出会った他学校の子とかじゃないよね。いやでも、イケイケっ娘な雪菜ならあり得るかもしれない。とりあえず聞いてみなくちゃ。
「それで、その子とはどこで出会ったの?」
「ネットで知り合ったんだよ」
「えっ、ネットでっ!?」
僕が驚いた声を出すと、雪菜はとても得意げな顔になった。……ネットで出会った素敵な人、かぁ。いやまあ、彼女だって年頃の女の子だしそういう事に興味があって当たり前なのかな? でも、僕には信じられないよ。ネット上で知り合ったなんて。それに、会ったこともない相手を好きになるっていうのもよく分からないし。でもまあ、僕に雪菜を止める権利はないよね。
「……ちなみに、どんな人?」
「えっ。そ、それは……いつも元気で優しくて、とってもかわいい子だよ!」
顔を真っ赤にして答える雪菜。……とってもかわいい子? ネットで知り合った、とっても可愛い彼氏……なんかよく分からなくなってきたぞ。そもそも、雪菜にネットで他人と繋がるイメージなんて全くなかったし。……うーん、謎が深まるばかり。
「そっか。素敵な人と出会えてよかったね。……でも、意外だな。雪菜がネットを使いこなして他人と知り合うなんて。リビングのパソコンだってほとんど使ってないし、そういうの苦手だと思ってたよ」
僕の言葉に対し、雪菜は恥ずかしそうな顔でうつむいた。
「実はね、お姉ちゃんのいるリビングではあまりパソコンを使わないようにしていたの。自分が何をしているのか見られるのが嫌だったから。でもね、自分の部屋では結構パソコンするんだよ」
「へぇ、そうだったんだ」
雪菜は普段、僕の前では滅多にパソコンを使わない。というより、パソコンを見ようともしなかった。でも、自分の部屋だと普通に使うんだね。全然知らなかったな。
「……とにかく、私は上手なイラストを描いて、その人にプレゼントしたいの! だから、絵を教えて!」
再び両手を合わせながら、僕を見つめてくる雪菜。そこまでして、その男の子にプレゼントしたいのかな。僕はまだ恋とかしたこと無いけど、恋愛ってそういうものなのかな。……ちょっと想像できないや。まあ、僕は僕にできることをやるだけだけど。
「うん、分かった。じゃあ一緒に頑張ろうか。でも、僕に教えられることはあんまり無いかもしれないけど」
「大丈夫だよ。私なんて、何から始めるべきかすら分からないんだから。……よろしくお願いしますっ!」
「……雪菜、気合入ってるね」
頭をぺこりと下げたあと、勢い良く立ち上がった雪菜。彼女はとてもやる気満々みたいだ。
「それじゃ、早速始めようよ!」
「そうだね」
こうして、僕の家で雪菜への『初心者向け』絵講座が始まった。
「まずは確認。雪菜は地道な努力とか得意な方?」
「えっと、どうだろう……。でも、頑張ったら出来るかも!」
「そっか。それなら、まずはきれいな線を書く練習をしよう」
「わかった!」
雪菜が力強く返事をしたあと、ノートに向かいシャーペンで線をいくつか引いた。様々な向きの直線がノートの上に並び、僕はそれを眺める。
「……意外とうまく描けたかも。合格?」
「さあ、僕にはわからないな。雪菜がいいと思ったらOKだよ」
「そんな、投げやりな~……」
雪菜は困った表情になりながら軽く頬を膨らませる。そして、しばらくたったら何か思いついたような顔つきになった。
「あっ、そうだ! お手本を見せてよ。お姉ちゃんと同じくらいきれいな線なら合格ってことに」
「うん、いいよ。見ててね」
僕は雪菜からシャープペンシルを受け取り、それでゆっくりと丁寧に描き始めた。そして、少し経ってから完成させる。……よし、これで完璧だ。雪菜に見せないと。
「出来たよ。これが僕の描いた線」
「わぁ……すっごく綺麗な線になってるっ! 私のと全然違う!」
雪菜が僕の書いた線を見て感嘆の声を上げる。……えっ、雪菜の線と僕の線、そんなに違うかな? 僕には同じように見えるんだけれど。
……あ、でもよく見たらちょっとだけ違うかも。ちょっと見ただけでこの違いが分かるなんて、もしかしたら雪菜は僕よりも絵の才能があるかも。
「よしっ、私もお姉ちゃんに負けない線を描けるようにならなくちゃ!」
気合をいれるかのように声を上げた雪菜。そのままノートに向かって、線の引き方を真似し始めた。真剣な顔で何度も繰り返し、やがて納得いく線が引けたのか嬉しそうな笑顔になる。
「やった! 少し良くなった」
「良かったね」
「でも、まだまだ上達できるはず。もっと練習しなくちゃ」
そう言って、また雪菜はシャーペンで線を引き始める。その後も雪菜はひたすらに線を引いていった。まるで、絵を描くことに没頭しているみたいだった。
……この様子なら、すぐに雪菜は絵が上達するはず。絵の上達には知識よりも経験が大事。絵の経験を積むためには上達して楽しいと感じる気持ちや、自分は絵が上手いんだっていう自信が必要。とにかく、練習を続けられなければ絵は上手くならない。でも、雪菜は楽しそうに描いているからきっと大丈夫なはず。
「うん、今日はこのくらいかな。お姉ちゃん、今日はありがとうございました!」
数時間後、雪菜は満足そうな顔で言った。ずっと集中していたせいか、彼女の額にはうっすら汗が浮かんでいて呼吸も荒くなっている。
「どういたしまして」
僕はノートを閉じて微笑みながら答える。なんだか、すごく充実した時間だった気がする。雪菜の役に立てたことが嬉しいというかなんというか……。とにかく、僕は充実感に包まれていた。人に何かを教えて、それを楽しんでもらえるのはやっぱり幸せなことだな。
僕がゲームを紹介してその魅力を伝えて、それを見た多くの人たちが興味を持ってくれたら、今と同じような幸せな感覚を味わうことが出来るのかな? ……ちょっと想像できないや。でも、いつかはそんな日が来るといいな。ゲームの魅力をしっかりと伝えることが出来るように、頑張らなくちゃ。
「もっともっと、線をまっすぐにできるはず。練習しなければ。……あっ、そうだ。線を練習しているところを配信しよう。そっちの方が楽しいし、リスナー達も私が上達していく様子を見ることが出来て嬉しいだろうし。雑談しながら楽しく絵の練習が出来るって最高かも?」
色々と考えていたら、雪菜が良く分からない事を呟き出した。彼女は手を顎に当てながら考え込み始めてしまう。
「ねえ、雪菜。何を考え込んでるの? 配信って?」
「わっ、わわわわわ。配信? なんのことかなぁ。私はただ歯医者の待ち時間に練習しようって考えてただけだから……」
「そっか、歯医者かぁ」
最近、雪菜は朝に弱い。つまり、夜更かしをしている可能性が高いという事だ。もしかしたら、雪菜は夜更かしの夜食を食べた後歯を磨かずに寝ているせいで虫歯が出来たのかもしれない。
「……寝る前に歯ブラシを使った方がいいよ。あと、夜更かしは控えること」
「……うんっ! これからは歯ブラシをちゃんとやるね」
素直な返事をした雪菜。もしかすると、雪菜はこれから歯ブラシ習慣を正してくれるかもしれない。虫歯はこれっきりになってくれると嬉しいな。
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