雪菜にとってのVtuber【狐野妖香】
「はぁ、私って本当に何なんだろうな」
自分の部屋の中で、ぽつりとつぶやく。
私の名前は雪菜。どこにでも居る普通の女の子のつもりだけど、周りからはそう思われてなかったみたい。見た目が良いからっていう理由で、周りからは勝手に派手な子だと決めつけられてたし、性格も明るいとか、裏表があるとか散々言われた。私もその期待に応えようとして話しかけてくる子たちと一緒に遊ぶようにしていた。
でも、やっぱりなんか違う気がした。だって、彼女たちは私の個性なんて求めてなかったから。ただ単にイケている見た目のイケてそうな友達が欲しかっただけのようだったから。……でも、本来内気な私はそのことを表に出すことはできない。だから、周りの言うことを聞いて、そのイメージ通りに振る舞うことにした。それが、私の学校生活。そんな日々を過ごすうちに、いつの間にか私の心は真っ暗になっていた。
……そんな時だった。私がVtuberと出会ったのは。
Vtuberを知ったきっかけは、偶然だった。いつものように、家でゲーム実況の動画を見ていた時にたまたま見つけたのだ。
『……ん?』
そこで見たものは、画面の向こう側で楽しそうにしている人たちの姿。みんな本来の自分とは違うキャラクターを演じているようだったが、所々で個性を隠しきれていない所があって面白い。明るくて、どこか元気になれる感じがする。そして、見ているだけで自分も楽しくなってきてしまう。
今まで、こんな風に演じている人を見たことがなかった。それに、すごく生き生きとしているように見えた。それからというもの、毎日のように動画を見るようになった。
私が特に好きになったVtuberは、個人勢の人気ペア系Vtuberクロメ&シノキのクロメちゃん。ゆるふわな存在であるクロメちゃんと、ヒンヤリと冷たいシノキちゃん。正反対のイメージを持つ二人のコンビを見ていると、心が浄化される。関わりにより尊さを増すのは面白い発見だった。
そうやって見ていく中で、自分もVtuberの世界に関わりたいと思うようになってきた。あんな風に自由に生きてみたかった。そして、あの中に入っていけたらどんなに自由なのだろうかと思った。
幸い、声には恵まれていた。だから、自分でもやってみようと決心するまで時間はかからなかった。ちょうどVtuberの企業であるアニマリが二期生を募集していたので、そこに応募することにした。幸い面接では問題なく合格することができ、狐野妖香として無事にアニマリの二期生になることが出来た。
だが、初配信は寝坊で遅刻してしまい多くの人に迷惑をかける。せっかくキャラを演じても元の方がいいと言われてしまう。アニマリ全員集合のファンアートでは一人だけはぶられてしまう。……私の存在意義はっ!
何か、私凄くアニマリの足を引っ張っているような気がする。アニマリ止めた方がいいのかな。いつもみたいにSNSでみんなに聞いてみよう。
狐野妖香@アニマリ
・私が辞めればアニマリ様はもっと良い感じになるのかな?
……はあ、いつから私はこんなことを考えるようになったのかな? 始めたころはたとえ思い通りに行かなくても、それでも楽しいと思っていたはずなのに。今は全然そう思えない。
あれ? 私ってそもそもどうしてVtuberを始めたんだっけ? ただ単に憧れてただけ? それとも、自分の居場所が欲しくて? ……そうだ、両方だ。輝いている先輩みたいになりたい思いと、自分の個性を認めてくれる場所が欲しいという思い。どちらも本当だ。
色々と考えていると、ドアのノック音が聞こえてきた。
「……雪菜、ハーブティできたよ。一緒に飲もう」
「……うん、いいよ」
「じゃ、お邪魔するね」
お姉ちゃんが部屋に入ってくる。お盆の上にティーカップが載っていて、そこからハーブの良い香りが漂ってくる。
「……ありがとう」
お礼を言いながら、お湯の入ったポットを受け取る。それを、ゆっくりとカップの中に注いでいく。
お姉ちゃんは椅子に座って、自分の分を注いでいる。二人分のカップに紅茶を注ぎ終わった後、私ももう一つの椅子に座った。
「……いただきます」
一口飲む。爽やかなミントのような風味が広がり、鼻の奥にスッとした感覚が広がる。……美味しい。
「落ち着いた?」
「……うん」
「良かった。最近、元気がなかったから心配してたんだよ」
確かにここ最近はずっと落ち込んでいたけど……。もしかして、お姉ちゃんに心配かけちゃってたのかも。
「ごめんなさい……」
「謝ることないよ。こうしてゆったりしていれば、問題に対する対処法が思い浮かんでくるはずだから」
「それは、お姉ちゃんだけじゃ……」
「そんなことないよ。慌てている時の雪菜だってそうじゃん」
そう言われると反論できない。でも、お姉ちゃんの言う通りかも。鬱になっていてもどうしようもないよね。……落ち着いて、ゆっくり考える。私にとっての居場所を。
……そうだ、Vtuberだけが私の居場所じゃない。お姉ちゃんのいるこの家族が私の居場所なんだ。ただ、多くの隠し事をしているせいで後ろめたい気持ちが強くなって、いつの間にかここが落ち着ける場所じゃなくなっていたんだ。
お姉ちゃんは昔から私がイケイケな子だと思っている。だからその期待を私は裏切ることが出来なかった。本当は好きなアニメやゲームも興味ない振りしていた。……でも、それではいけない。
いつか、お姉ちゃんに伝えよう。私は本当は内気な子だという事、そして、私がVtuberをしている事。……今はまだ、恥ずかしくて言えない。急に違う印象を持たれたら嫌だし、お姉ちゃんビックリしちゃうかもしれないから。
でも、少しずつ伝えていこう。私とお姉ちゃんの絆を深めるために。いつか私の本当の姿を見せて、お姉ちゃんに認めてもらうんだ。
「ありがとう、お姉ちゃん。おかげでちょっと楽になったよ」
「そっか、ならよかった」
笑顔を浮かべるお姉ちゃんを見て、私も自然と笑みがこぼれる。やっぱり私はお姉ちゃんと一緒に居る時が一番幸せだ。
「ねえ、雪菜。相談したいことがあったら遠慮なく言ってね。僕は雪菜のお姉ちゃんなんだからさ」
その言葉を聞いて、胸の中にあったモヤが晴れていくのを感じた。
「うん、その時はお願いするね」
こうして、私は一歩前に進むことにしたのだった。
・
・
・
私がVtuberになりたいと思った理由の内の一つは、輝いている先輩Vtuberのクロメ&シノキちゃんみたいになりたいという思いからだった。だから、まずはその先輩たちと同じ土俵に立てるように、自分も輝けるような存在になろうと思った。
だが、私がいくら頑張っても、他の人のように上手く演じることができなかった。リスナーの皆様からは、いつも通りの方がいいと言われたり、キャラを演じても似合わないと言われてしまう。動画の再生数こそ毎回安定して10万再生以上を稼いでたまに50万超えもするが、それが自分の実力なのか分からなかいし、自分の動画を見直してみても先輩たちのような輝きを感じることが出来ない。
それに、ファンアートで一人だけ外されることも多い。一人だけ別枠のイラストで描かれることが多くて、その度に悲しくなっていた。二期生のみんなと一緒に描かれない事が多く、時には一期生のみんなの中に混ぜられてしまう事だってある。どうして私はこんなにも弱い存在なのだろう。どうして私は一人だけ別の扱いを受けているんだろう。どうして私はこんな風に思われているんだろう。
そもそもどうして私は誰とも絡めないんだ! 同期の猫八君と子ワンコちゃんは二人で仲良くやってるし、クマさんに至っては猫八君と子ワンコちゃん、そして先輩たちとも交流しているみたいだし。そして何より小春ちゃんがまきちゃんと一緒にコラボ動画まであげていた。二人ともすごく意気ピッタリだったな。
ああ、どうしてこんなにもうまくいかないんだろう。……残ったハーブティ―でも飲むか。
私はゆっくりとハーブティーを飲む。爽やかな香りが鼻を通り抜けていき、心が落ち着くのを感じた。……ふう、少し気分が良くなったかな。
さらなる落ち着きを求めて、私は動画サイトを開く。クロメ&シノキのクロメちゃんの動画を見るためだ。彼女達の動画をみることで、私の心は浄化される。心を落ち着かせるためにも、私は一番のお気に入りの動画を流す。
「皆さん、こんにちは! クロメ&シノキのクロメと!」
「……シノキです」
コメント
・きたー!
・待ってたよ!
・今日もいい声してるw
・シノキ様ぁあああ!!
・今日も最高だぜぇええ!!
・癒し系コンビwww
「それでは早速始めましょうか」
「……そうだね、今日は何しよう?」
「そうですね……あっ、そうだ! 昨日、柏木さんから貰ったクッキー食べます? 美味しいですよ!」
「…… 食べる!!」
「はいどうぞ」
「……美味しい」
コメント
・可愛いなあ
・クロメちゃんの声好き
・お菓子で釣られるとか子供すぎw
・てか、この二人本当に仲良いよね
・尊い……
「ふぅ……」
私は動画を見ながら、思わず息をつく。そして、その可愛らしい二人のやりとりに癒された。……いいなぁ、クッキーを食べてるだけで可愛い。3Dモデルと可愛い子の組み合わせは最強だと思う。可愛い子が動くことによって尊さを増している。
……そうだ、誰ともかかわりをもてなかったのは自分から動かなかったのがいけないんじゃん。誰かから連絡が来るのをずっと待っていても何も変わらないよね。クマさんだって自分から積極的に動いて交流関係を築いてきたんだから。よし、私も頑張るぞ。
私は、自分から動いてほかのライバーたちと友好関係を築くためにSNSでまきちゃんと連絡を取ろうとする。……しかし、いざ連絡しようとすると緊張して文章が思い浮かばなくなってしまう。
「あう……」
やっぱり無理だよ……。私は輝けない。私にはVtuberは向いていない。もう辞めた方が幸せなんじゃないかな。……そんなことを思っていた私に、SNSのメッセージが一つ届く。
「誰からだろう……」
私は恐る恐るそのメッセージを開く。……そこには、アニマリの先輩からの言葉が描かれていた
クマノミちゃん@アニマリ
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