言葉を、みすてないで ~文学部部員の推理~

東西 七都

プロローグ

 学校の廊下を歩き、つきあたりの部屋の扉、一歩手前。

 そこで、あたし——和渡部愛唯わとべめいは立ち止まった。


 図書室のそばにある小さな部屋。

 ここは、市立善理高校文学部の部室で、部として定員数をやっとそろえたぐらいの文学部にはふさわしい、活動の場所だ。

 あたしは、扉に二回、こぶしを軽くぶつけてノックをする。返事はない。

 扉には中をのぞく窓があるものの、すりガラスが、ぼんやりとしか中の様子を見せてくれない。

 あたしは意を決し、そうっと扉を押し開けた。


 部屋の中には、左右に本棚が設置されており、棚の中にはどこも、本が並べられている。

 その多くが分厚く、ハードカバーで製本されたもの。もし読書好きの人間が部屋に入った場合、充実した時間を過ごせるであろうことが、すぐさま予想できた。

 いや、もし本当に読書好きであれば、図書室の方に行くに違いないだろう。何しろ、あの部屋には、この部屋以上の蔵書が並べられている。

 文学部部室に置いてある本は、図書室には置いていないような、社会派の小説、シリーズものの歴史小説、エッセイ、推理小説、哲学書——と、ジャンルは幅広い。

 どれも大切に読み継がれているらしく、本の状態は結構良い。

 あたしは、左右の本棚の背表紙に書いてあるタイトルに気を取られ、部室にもう一人いたことに全然、気がつきもしなかった。

 部室の奥には黒のソファーがあり、部屋入り口に背を向けて設置されているため、そこに寝そべっている生徒がいたことに、最初は少しも気がつかなかった。

 もう一人の生徒は、今や、身を起こしてソファーから顔をのぞかせている。

 少し寝ぼけた表情なのは、今まで寝ていたからに違いない。


「おはよう……? ここって、文学部の部室、ということで良いんだよね」

 もう一人の生徒は片手で目を少しこすった後、軽く伸びをした。その後、そばにあった眼鏡をかける。

「ああ。ここは文学部部室。と言っても、三年の部長一人と、わたしをのぞいて他は幽霊部員だ。わたしも一年で新入部員なんだけどね」

 眼鏡の奥で、いかにも利発そうな目が、あたしの姿をとらえた。

 肩まである長さの髪をポニーテールにし、良く見れば整った顔立ちをしている女の子だった。

 あたしの髪型はショートボブだけど、猫っ毛だからか、ポニーテールが上手くできない。正直言って、相手の髪型が少しうらやましくもあった。

 口調は年齢に見合わず、少しだけ昔の人と会話している気分になったものの、文学部部室の中では妙にマッチしているようにも思う。


「歓迎するよ。文学部に入ったのは良いものの、話し相手がいなくて暇をしていたところだ。わたしの名前は、出徳司でとくつかさ。文学部のチラシを手にしているところを見ると、君も一年だろう? 司と呼んでくれてかまわない」

「あたしは、和渡部愛唯わとべめい。よろしくね、司」


 これが、あたしと司の出会いの始まり。

 このときには、司と関わっていろんなことが起きるなど、夢にも思わなかった。

 あたしが司を、司があたしを助ける関係になるなんて、少しも——。



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