♬世界一の演奏家と美少女弟子による、異世界音楽ライフ♬

音無メロディー

第一話 開演

バイオリンの音がステージから吹き抜け、会場を飛びぬけ、聴衆に突き抜けた。


力強くもある、されど切なくもあるその旋律に、ここにいる全ての人が呑み込まれ、取り込まれていく感覚がしたが、縛り付けられたように動けない。


だが、大海が押し寄せるホールにレスキューはいらなかった、むしろ、来た人まで攫われるほどの波で、井の中の蛙がいきなり海に放られたような衝撃だった。


それを操るポセイドンでさえ、自身の漣に溶ける気分がして、瞳から涙を流した。




音は消える。


言葉も消える。


俺も君も消え散る。


100年後、1000年後、何も無くなっても。


儚くありますように。


~~


もし君に音が届かなくても、耳が機能していなくても、ここでは関係がない。


今から始まるのはステージだ。

少し普通のステージと違うところは、楽器もなければ、奏者も、指揮者もいないこと。


君たち観客の独占ライブさ……いや、ここでは読者と言った方がいいのかな。

……それも少し違うな、君達は読者であり観客であり、聴衆だから。


少し長く話してしまった、演奏前のMCにしては張り切りすぎたね。


……最後に一つだけ、演奏中はご清聴願いたい。


そろそろ準備はいいかな、演奏を始めよう。


開演だ


~~


シーン……


演奏が終わり、バイオリンの余韻が広いホールに響く


……


………


…………


パチパチパチパチ!!


ヒューヒュー!!


数秒間の静寂の後、歓声と拍手が激しく沸き上がる。


「この瞬間が一番の幸せだな……」


演奏家として生きてきた俺は、聴衆に喜んでもらえていることを実感できるこの瞬間が一番好きだ。


思えば今までの人生で色々な事があったな。


生まれてすぐの頃、その時世界で一番の演奏家と言われていた父さんからいろんな曲を演奏され、バイオリンに興味を持ったこと。


10歳の頃に、死ぬ間際まで病床に人を呼び演奏を行っていた父さんを見て演奏家として生きていくことを決心したこと。


20歳の頃にコンクールで優勝しバイオリンで世界一の演奏家になったこと、


35歳になった今では歴史上で一番の演奏家と言われている。


そんなことを考えながら俺は目を瞑り、幸せに包まれていた。その時、


ズキン!


「うっ!!?」


いきなり胸にとんでもない痛みが襲ってきた。

視界がグラグラと歪み出し、息も絶え絶えになる。


どうなってんだ……!?

だんだんと体の力が抜け、倒れそうになる。


「そうだ、バイオリンだけは……!」


俺の相棒であるこのバイオリンを絶対に傷つけたくはないと思い、最後の力を振り絞って、倒れる前にバイオリンをステージに静かに置いた。


ここでステージに倒れ、俺の意識は暗闇に落ちていった……


~~


ん……なんだ?


意識が……戻った……?


辺りを見回すと何もない真っ白い空間が広がっていた。


「ここはどこだ!? 何が起こっているんだ!?」


混乱している頭で俺は必死に状況を整理した。


確かいきなり胸が痛くなってステージの上で倒れて…それで…目を覚ますとこのよくわからない場所にいたと、まったく理解できない……。


というか、倒れる前にバイオリンを優先して傷つけないように置くなんて俺はなんて音楽バカなんだ…と思う。そんなことを考えていると、


「あなたはここで終わるような人じゃありません」


「!?」


突然空から女性の声が聞こえてきた。


「だ、誰だ!?」


「私は音楽の女神です」


「音楽の女神……?」


「はい、私は全ての音楽を統べる女神です。あなたを異世界に『転生』させるためにここに呼びました」


「転生……? 女神だったり転生だったりと、そんなものをいきなり信じるのは無理がある。って、俺死んだの……?!」


「はい、あなたはコンサートを終え、すぐに心臓麻痺で亡くなりました。……ですがあなたはこれまでたくさんの楽器、特にバイオリンの演奏で本当に多くの人を感動させてきました、そのような素晴らしく、人類に多大な功績を残してきた人物をここで終わらせるのはもったいない。なので異世界に転生させることにしました。」


頭はまだ混乱しているが、少しずつ働くようになってきた。


「そうか、俺は死んだのか……」


俺はこれからも演奏家としての技術を磨き、たくさんの人を喜ばせたかったし、たくさんの音楽に触れながら生きたかった。


「……生き返って元の世界で生活することはできないのか?」


「既に亡くなっている人間を生き返らすことは現世の理に反する行為として禁止されています。亡くなる前に原因を取り除く、防止する行為も、その者が亡くなる運命を捻じ曲げる行為なので同様です。」


「じゃあ俺に残された道は、その異世界とかいうものに『転生』するしかないってことか?」


「私としては異世界で更に多くの人に感動を届けてほしいですが、転生したくないと言うのならば、強制はしません」


俺は考える……


異世界とかいう知らない場所に転生させられるのはとても不安で怖い。


だが、それよりも音楽を続けたい気持ちのほうがよっぽど大きかった。


そして、異世界には様々な文化があり、楽器があり、音楽があるのだろう、それを活用して更なる高みへ行きたいし、自分自身も一人の音楽ファンでありたい。


……異世界には紛争や争いがあるかもしれない、それを俺のバイオリンで沈めたりしたいし、行き場のない子供たちに音楽を届けたい。


どちらにせよ、音楽がやれるというだけで最初から答えは決まっていた。


「俺は異世界に転生する」


「あなたならそうおっしゃってくださると思っていましたよ…転生先までは選べないのでランダムになってしまいます。


それでは、頑張ってくださいね。」


女神がそう言うと俺の意識は落ちていき、更なる素晴らしい音楽と平和を求めた、異世界音楽ライフが始まろうとしていた……

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