第29話 脱出
「ルーネ……ここから精霊界へ戻れるか?」
「戻れると思いますが、その後こちらに帰ってこれません。瘴気が濃すぎます……」
俺はそれを聞いた瞬間、安堵した。
「……ルーネ、先に戻ってくれ」
「いやです! フィアンさんと離れたくない!」
そういって抱きつくルーネに俺は来た道を見せた。
「ルーネ、瘴気の壁が迫ってきている。ここに居ては飲み込まれるのも時間の問題だ」
「そんな……!」
ルーネは涙で顔がぐちゃぐちゃになっている。
俺はそれを見て強く抱きしめるしか出来なかった。
ルーネには絶対に死んでほしくない。
「ルーネ! 一人で逃げろって訳じゃねえ。俺一人じゃ負ける……精霊界経由でネビアの所へ行って助けを呼んでくれ」
「でも……!」
「これはルーネにしか出来ない。頼む」
俺がそう懇願すると、ルーネは小さく頷いた。
「すぐに戻ります! 出来る限りここで待っていてください!!」
「ああ、頼んだぞ!」
そういってルーネはその場から姿を消した。
「ふう……やれるだけやってみるしかない」
俺は目を閉じ精神を集中させた。
しかし、こんな歳で二回も死にかけるか普通……。
好奇心は猫を殺すとはよく言ったものだな。
「限界まで出し切って戦ってやる……!」
決して自棄になっている訳ではない。どちらかと言うと吹っ切れたような状態だろうか。
とにかく、ただではやられない。
全力で戦ってやる。
「すぅ……行くか」
最後に一呼吸し、シャドウノヴァをしっかりと握りしめた。
後方の瘴気はもう間もなくこの場所を飲み込んでしまう。
俺は扉の先に向かった。
そして、案の定扉は瘴気に飲まれ、後戻りが出来なくなった。
――ゾワッ……
その気配はそいつが放つ強力な気配とは全く別の物……
禍々しく恐ろしい……明確な殺意がこちらに向けられていた。
その瞬間、へたり込みそうになったが何とか踏みとどまった。
「殺意を乗せた威嚇に動じず……か。君、結構やるね」
「え……?」
ヒトの言葉を聞いて少し安堵したが、そいつの姿を見た瞬間その気持ちは一瞬で消えた。
シャドウナイトの鎧とは比較にならない程に禍々しいオーラを放つ、
漆黒の鎧を纏った一人の青年が、剣を杖のように突き立て座っていた。
真っ黒のショートヘヤーで整った顔立ちだ。
だが、冷徹な表情でこちらを見る姿からは恐怖しか感じなかった。
「ここは基本、誰にも邪魔されずに良い場所だが……ランダムにシャドウホールが出現するのが問題だな」
その青年は立ち上がった。
「とはいえ、シャドウナイトを倒してここまで来るとはね」
そう聞こえた瞬間、その青年は一瞬にして自分の目の前へと移動していた。
「黙ってないで何か話したら? それにしても君のその剣……」
そして青年は軽く俺の剣に触れながら、
「僕の"シャドウノヴァ"に似ているね。どこで手に入れたんだ?」
と言った。
あいつの持つ剣……確かに以前アルネから聞いた特徴と合致している。
あれがシャドウノヴァだったら、俺の剣は間違いなく違う……!
「あの、これ……この剣を渡すのでどうか帰してもらえませんか。元の場所に……」
圧倒的な力量さを肌で痛いほど感じでいる。
既に俺は、完全に戦意を喪失している。
甘かった……本当に。
生きたい……ここから逃げだしたい……!
だが、そう懇願する俺を、青年は嘲笑った。
「何を言っているのかな? 剣は君を殺してもらうだけだよ」
そして、青年はそのまま剣を俺の胸部めがけて真っ直ぐに突きだした。
――キィン!!
金属音が鳴り響いた。
俺はギリギリで青年の剣をいなし、後退する事が出来た。
「俺はまだ……死にたくない!!」
そして、全身全霊を込めて魔装魂を纏った。
――剣の四重奏(ソードカルテット)!
――エアソード・エクスプロージョン!
「ブレードブラスト!!」
俺はわざとらしく[ブレードブラスト]と声に出し、3本の闘気剣を射出した。
「ブレードブラスト……そんなものは僕には効かない」
そういって青年は回避せず剣を受けようとした。
絶対的強者の立場……回避などしないと信じていたぞ!
そして、青年が剣で弾こうとした一瞬の隙で、剣先に闘気を溜めた。
――ドンッ!
爆発で煙が舞った。
そのタイミングで俺は一瞬で詰め寄り、闘気剣を合わせた計4本で[魔装・一閃四重奏]を放った。
「手ごたえはあった。頼む、これで死んでくれ……!」
俺の戦術は不意打ち・速攻がメインだ。
決まれば必殺となるが、撃ち切った後はもう何も残っていない。
固唾をのみ、引いていく煙を見た。
すると、無残に斬られた青年がゆっくりと倒れていく姿が視認出来た。
そして、そのまま消滅していった……。
「や、やった……!」
その瞬間、安堵感と喜びに包まれたが……
「へぇ。僕の[シャドウコピー]を倒しちゃうなんて。すごいね」
一気に血の気が引き、自分でも顔が青ざめて行くのが分かった。
「さっきのさ……技の制限はあるけど、"今の僕"とほぼ同じ強さだったんだ。君、名前は?」
無傷で椅子に座る青年はそう言った。
「フィ……フィアンだ」
その時、椅子の後ろに飲み込まれた時と同じような亀裂と魔法陣がある事に気がついた。
もしかしたらあそこに触れれば、元の場所に戻れるかもしれない。
「フィアンか。僕の名はヴィスターン。君の頑張りに敬意を表したい」
そう言いながらヴィスターンはゆっくりとこちらへ近づいてきた。
「最大の力を持って君を殺してあげよう。フィアン」
そして、ヴィスターンは剣を掲げ力を込めた。
「これは……」
邪悪さを感じるがこの力は以前に体験したことがある……!
ゼブが堕天衣を纏う時の感じだ……!
「堕天衣・黄昏」
ヴィスターンがそう呟いた瞬間、ゼブの翼とは比べ物にならない程禍々しく黒い片翼が背中から生えた。
堕天衣と言う事は元々天族で堕天使となったのか……!
一瞬、圧倒的な存在感を放つヴィスターンに目を奪われたが、
この瞬間大きな隙が生じるのを俺は知っていた。
「今だ――ッ!」
俺はヴィスターンを無視して[閃光脚]で全力で亀裂へと走った。
「なに……?」
ヴィスが振り向いた時には既に俺は亀裂の中へと入る事が出来ていた。
そして光に包み込まれ、そのまま来た時と同じように転送されていった。
・・・
・・
・
「人が変身している時に逃げ出すとはね。普通はしっかり見るだろう……礼儀知らずな奴だ」
片翼を生やしたまま、ヴィスターンは椅子に腰かけ、不気味な笑みを浮かべていた。
「まぁまたいずれ会う事になるだろうね。その時には逃がさないよ」
そして、ヴィスターンはそのまま瘴気に紛れ、消えて行ってしまった。
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