第2話 夢じゃなかった。

 意識がおぼろげに戻ってきた時、最初に見た大理石とは違う見慣れない天井が見えた。

 天井の高さは半分以下になっており、古民家のような木造の作りだった。


 寝返りをしてみると、横にはネビアが居てこちらをぼーっと眺めていた。

 俺も負けじとぼーっと見つめた後、周囲の様子を見た。


 ベッドの隣には木で出来た丸テーブルと椅子があり、ティタはそこでうとうとしながら座っている。


 その後ろでは、暖炉がパチパチと木がはじける音を出しながら部屋を暖めている。

 湿度が高くかなり暖かい為、眠たくなるのも無理はないだろう。


 しばらくすると、ティタの向かいの席にゼブが座り、本を読み始めた。


 その姿を見て俺は、みんな無事だったんだなと一安心していた。


・・・

・・


 この夢を見始めてから体感でいうと1年以上は経っていた。

 1歳を超えたおかげで、少し話せるようになり、歩く事も出来るようになった。

 話すにしてはかなり早い方だと思うが、俺の中身は成人済みだ。

 その知識を駆使して早くに話始める事も可能だった。


 ただ、日本語では無い未知の言語……これをよく話せるようになったなと自分で感心している。

 ずっと聞いていれば案外話せるようになるもんなんだな。


 ゼブは、日中は仕事でほとんど家にはいない。家に居る時も紙に書いた魔法陣を眺めて考えこむことが多かった。たまに気分転換なのか、俺とネビアの相手をしてくれていた。

 ティタは、家事や庭の畑の手入れをしたり、そこで剣の素振りをしたりと、実に平和な日々を過ごしていた。

 生後二ヶ月で起こった事件など、まるで無かったかのように。


 そして俺は、身体が発達し成長していくにつれ、ある疑念が頭をよぎるようになった。

 これは本当に夢なのか?

 という疑念だ。


 もう打ち合わせも誰とする予定だったか覚えていない。それ程にこの世界に浸かっている。

 今こうやって物事を考えるのも、日本語では無くこの世界の言葉だ。


 起きた時、大変だろうな……

 そんな思考をぐるぐるさせていると、ネビアが突然自分の頬をつねり始めた。


「ネビア、何やってるんだ!?」


 俺はネビアの手を頬から外した。


「頬をつねったら痛いか……確かめたかったんです」


 俺はそういうネビアに呆れ顔で、


「痛いに決まってるだろ! ほら……痛い!」


 と自分の頬をつねりながら言った。


 痛い……。

 俺は無意識につねる強さを上げた。

 さっきより凄い痛い……!

 この痛みは本物だ絶対。


「あはは……何だこのベタな気がつき方……」


 思わず声が漏れた。


 そして、確信した。この世界は夢じゃない!

 何故こんな場所に居るのかは分からないが、俺はフィアンとして生きている!


 終わりの見えなかった借金と仕事から解放され、肩の荷が降りた思いだった。

 その安堵感のせいか、涙が溢れ出していた。


 そして、この世界が夢ではない別の世界だと認識した瞬間、

 今までずっと視界を漂っていた霧のようなもやが一斉に晴れ、周りの景色がより鮮明に見え始めた。

 それと同時に俺は最後、玄関で気を失って……死んでしまっていたんだな。と改めて思った。


 そんな事を思っていると、全身が光始めどこかへ飛ばされるような感覚に陥った。


「新たな生命よ。誕生を祝福しましょう……」


 目を開けると、周囲は淡い黄色で光った雲で覆われた場所だった。

 ここは天国なのだろうか……?


 そして、目の前には一人の女性が祈るように両手を合わせて何かを呟いている。

 美しい顔立ちで金色に光る長髪で髪が少しふわふわと浮いている。

 まるで女神のような神々しさを放っていた。


「あの、ここは一体……?」


 俺がそう問いかけると、女神は目を開けこちらを少し見つめた。


「生まれた瞬間、話せる子がいるとは驚きですね」

「いえ、俺はもう1歳を過ぎてるよ」


 そう答えると、女神は少し沈黙した後、


「私はこの世に生を受けたもの全てに試練を与える者です。本来ならば生を受けた瞬間に、試練を伝えるのですが……あなた方の存在を認識できたのつい先程でした」

「試練? 達成できなければどうなるの?」


 そう質問すると、


「この場で質問をされるのは初めてですね」


 女神は微笑みながら質問に答えてくれた。

 試練とは言うが、大半の者が達成出来ていないらしい。


 生まれた瞬間にそうやって語り掛けられた所で、内容を覚えているはずも無く、当然の事だろう……。

 俺なんか小学校低学年くらいの記憶すら怪しい。


 この特殊な状況じゃ無ければ、試練を受けた事に気がつかないまま一生を終えるだろうな。


「では、最初の試練を与えます。達成すれば祝福を授けます……」


 女神はそう言って、


 6歳になるまでに双子の兄弟、ネビアと共に魔法と剣を覚え、村の外れにある森の洞窟ダンジョン、

 最奥に居る[シャドウナイト]を討伐すること。


 と内容を伝えた後、俺を見て両手を合わせた。


 そして、俺はここへ来た時と同じく、光に包まれ場面は暗転した。


・・・

・・


 意識がふっと戻った先は、頬をつねって涙を流した状態の俺だった。

 目の前では同じく、頬をつねりながら泣いているネビアが居る。


 そんな異様な光景の中、ティタが食事を持ってきた。

 その姿を見て慌ててテーブルに食事を置き、


「ちょっと二人ともなにやってるの!?」


 と声を荒げた。


「ほっぺたをつねったら痛かったの!」


 俺とネビアは声を揃えてそう答えた。


「当たり前じゃないの! もう……真っ赤になってるわ。ちょっと待ってなさい!」


 ティタは慌ててゼブの書斎に向かい、魔法陣の書いた紙を数枚持ってきた。

 これは、氷の壁を生成する時にゼブが使ってた紙……?

 もしかして頬を凍らすのか!?


「これですぐ治るわよね……」


 ティタは頬の近くで紙を持った。すると、紙は消滅し魔法陣が空中に現れた。

 それは消滅しながら光の粒子に変わり、頬に優しく触れた。

 そして、真っ赤になっていた頬はすぐに痛みがなくなり、治癒された。


「すごい……全然痛くなくなった」


 凍らされなくてよかったと安堵しつつも、この現象が気になって仕方が無かった。


「母さん、さっきの消えた紙と浮かんでいた模様はなんなの?」


 俺がそう質問すると、ティタは喜んだ表情になり、


「これが気になるの? これはね、触媒紙と言って……」


 そういって説明をし始めてくれた。

 触媒紙には魔法陣が描かれており、紙を持ってほんの少し魔力を込めると、描かれた魔法陣の魔法が発動するらしい。


「この触媒紙はゼブ……お父さんが発明したのよ!」


 ティタはドヤ顔で説明してくれた。

 開発って凄いな……!


「魔法って何ですか?」


 ネビアは続けて質問を投げかけた。

 1歳なのに丁寧な言葉で話している。何となく知的な奴だ……!


「魔法と言うのはね……」


 そんな質疑応答が昼食中ずっと続いた為、ティタは少し疲れた様子だった。


 ティタには申し訳ないが、俺はこの世界の事がもっと知りたかった。

 そして、その上で自分で考えて行動したい。


 何をするにしても、この世界の知識は必要だ。


 とはいえ俺はまだまだ赤子だ。

 具体的な目標ややりたいことは思いつかないが、

 まず気になるのは先程の女神の話だろう。


 達成した後は何が起こるのか……。

 

 目標であるシャドウナイトが何なのかは現状は一切分からない。

 今できる事は、剣と魔法の知識を付けて行く事だろう。


 しかし、ネビアと共にか……付き合ってくれるといいが。


・・・

・・


 その日の夜、俺はティアから聞いた話を頭の中でまとめていた。


 魔法とは、本来[ライトペイント]という基礎の魔法で魔法陣を空中に描き、それに魔力を込める事で発動する事象を指すようだ。

 [ライトペイント]はこの世界に住む殆どの者が扱う事が出来る魔法で、発動方法は、魔力を指先に貯めるだけだ。

 成功すると、魔力を貯めた指先が発光し空中に光の線を描く事が出来る。


 ティタは実演しながら説明してくれたので非常に分かりやすかった。

 [ライトペイント]で描いたものはよくわからない動物だったが……。

 しかしそれを見て、魔法陣を描く以外でも使用できる事も分かった。


 発動中は魔力を消費してしまう為、使いすぎると魔力切れを起こしてしまうようだ。


 ティタの描いた動物は、長い間空中に留まっていた。

 いつ消えるのかと聞くと、払ったり込められた魔力をすべて消費すると消えると教えてくれた。


 そして、次に触媒紙について説明してくれた。


 空中に描いた魔法陣は魔力を消費すると消えてしまうが、触媒紙に描いた場合、魔法陣は発動されるまでずっと留まり消える事が無い。


 魔法陣を描いた触媒紙は既に多くの魔力を内包しており、使用者は魔力を少しだけ込めるだけで発動する事が出来る。


 例えば、本来発動に魔力が10必要な魔法でも、触媒紙から発動すると1しか必要としないのだ。


 細かい事を言えば、触媒紙の魔力純度で威力や発動可能な魔法が変わると言っていたが……

 ティタはその辺は詳しく知らないと言っていた。


 とにかく、この触媒紙というのは広く普及しており、ちょっとした火起こしや水の生成、風を発生させ洗濯物を乾かす等々で人々に重宝されている。


 うちの照明も触媒紙を使っているよと言われた時には驚いたな……。

 

 この触媒紙のおかげで、魔力が低く自身で魔法をうまく発動できない人たちの生活は

 一気にクオリティを上げたようだ。


 これを発明したゼブは、もはや携帯電話で革命を起こしたジョ〇ズのような存在だろう。


 と俺は思うのだが……それだったらもう少し豊かな暮らしをしていても良いんだと思うんだけどな。


 いや、ここへ来る前の家は豪邸だったな。

 俺達のせいで両親は全てを捨てる事になってしまったのだろうか……。


 少し申し訳ない気持ちになりつつ、ゆっくりと眠りについた。


・・・


 気がつけば2歳になり、身体もよりしっかり動かせるようになっていた。

 魔法の事を聞いてから俺は、[ライトペイント]の魔法を早く使えるようになりたいと考えていた。


「では行ってくるわね! 二人とも、何かあったらお隣のおばさんに言うのよ」

「はい、いってらっしゃい!」


 そういって、ティタとゼブを見送った。


 2歳前後の子供を置いて、出かけてしまうなど本来ならありえない状況だろう。

 ティタももちろんそう思っており、付きっきりだったが……。


「母さん、たまには息抜きしてきていいですよ。僕たちは大丈夫です」


 とネビアが提案した為、じゃぁ少しだけでお買い物に行こうかなと出かけた事があった。

 もちろん帰ってきた時には何も起こっておらず、俺達は大人しく留守番していた。


 それからは徐々に外出が増え、最終的にはゼブと共に仕事に行く日が多くなった。


 そして、現在……俺は二人が出かける時間と帰ってくる時間を完全に把握していた。


「よし、帰ってくるまで修行だ!」


 俺は思わずそう呟き、その日からライトペイントの魔法を練習し始めた。


 それから二週間後……


「指先に魔力を込めること自体が、出来ているのかわからねえ……!」


 人差し指を出してその指に集中すると、熱くなるような感覚はある。

 しかし、ティタの様に発光まで至らない。


 二週間ほぼ毎日練習したが、ここまで進展が無いと少し辛いな……。

 そう思っているとネビアが俺の方へと寄ってきた。

 そして、


「フィアン、指先が熱くなる感覚はありますか?」


 と質問を投げかけた。


「え? ああ、あるんだけどそれだけだ……」

「では、口で言うのが難しいのですが、その熱くなっている部分と大気の空気に混ぜるようなイメージをしてください」


 ネビアはそのまま、俺に助言をし始めてくれた。


「え、てかネビア……[ライトペイント]出来るの……?」


 俺がそう聞くと、ネビアは人差し指を発光させながら……


「ほら、出来てるでしょう?」


 と笑顔で言った。


「すげえ! 俺も頑張らないと……!」


 そういいつつも先を越されて、少し悔しい気持ちになった。


 ネビアは普通の2歳児のはずなのに俺より凄いなんて……。

 むしろ前の世界の常識みたいなのが魔法習得の邪魔をしているのか?!


 などと不安にも陥ったりしたが、

 ネビアの的確な助言のおかげか、この3日後には指先が光るようになった。


「ありがとうネビア! おかげで[ライトペイント]を習得できたよ!」

「いえいえ、良かったですね!」


 俺とネビアはハイタッチをして喜んだ。

 そして、


「なぁ今日から一緒に見せ合いながら魔法の練習をしないか?」


 と提案するとネビアは快諾してくれた。

 その日からは俺とネビア二人で修行をする事になった。


・・・


 それから1年の時が過ぎ3歳になっていた。

 まだまだ子供だが、身体のバランスが良くなってきたこともあり、殆ど不自由なく動けるようになっていた。


 この1年はひたすらに[ライトペイント]を練習していた。

 その間、ゼブの書庫から[世界3大言語生物言語編]なる本を見つけ、それで言葉の勉強もする事にした。


 この世界の言葉は話せるが、文字は日本語とか英語しか分からない。

 文字を覚えなければ、隣にあった本[魔法教本水・火編]がいつまでたっても読めない!


「勉強の本、よくそんなにじっと見てられるわね……」


 ティタは俺とネビアが一緒に本を読んでいるのを見てそう呟いた。


「挿絵とかあるし、なんとなく見てるだけじゃないか? 本に触れるのはいい事だよ。ティタも剣の修行ばかりではなくて一緒に見たらどうだい?」


 ゼブは微笑みながらティタにそう言ったが、


「いやいいわ! すぐに眠たくなっちゃうもの」


 とやんわりと拒否していた。


 ゼブの言った通り、この本は挿絵が多く理解しやすい物だった。

 どうしてもわからない部分はゼブに聞きながら、言語の理解を深めていった。


 この本では言語の成り立ちにも少し触れていた。

 現在、大半の生物が俺も今使用している[生物言語]を用いて会話しているそうだ。

 外国という概念があるかは今はまだ分からないが、同じ言葉が何処でも通じるなら楽でありがたい。


 そして、他には[魔導語]と[武道語]が存在し、これは古語として扱われている。


 この本には生物言語と魔導語がさわり程度に解説されていた為、

 こちらも勉強する事にした。

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