四十八話  そしてまた、冥土へ帰る(1)


 初めて閻魔様たちにカレーライスを振舞った時の反応は、三者三様で本当に面白かった。



「我が家のカレー。作り方はとっても簡単なのよね」



 大きめに切ったじゃがいもとにんじん、それにみじん切りにした玉ねぎとひき肉を炒めて、水と市販のルーを加えて煮込むだけだ。

 そこに難しい技法やコツは一切なく、誰が作っても熱々の白ご飯にかければ美味しい、ちょっぴり反則なメニューである。



「んんっ、なんか鼻にツンとくるアカ」


「玉ねぎのツンとは違う、ピリピリした感じアオ」


「台所の匂いが食堂ここにまでハッキリ伝わるとは……。カレーライスというのはなんともまぁ、主張の強い料理なのだな」



 茜と葵。それに閻魔様までも、ツンと鼻につくなんとも言えないスパイシーな香りにソワソワしていたっけ。



「はい、お待ちどうさま! これがカレーライスよ! 彩りに焼き野菜もトッピングしてみたから、ルーと一緒に食べてね!」


「…………」



 いつもの食堂の机で出来上がりを待っていた三人の前にドンっ! とお皿を置けば、しばし誰もが言葉を発さず、じっと湯気をたてるカレーライスを見つめている。



「……やっぱり見た目に圧倒される? 食べたくない?」



 しゅんとしてわたしがそう言うと、即座に三人が首を横に振った。



「いや、違うんだ桃花! 決して君が作ったものが食べられない訳じゃない! ただ、少し心の準備をしていただけだ!」


「そうだアカ! 見た目がなんか見覚えのある物体に似てたから、つい言葉を失ってしまっただけアカ!」


「茜っ! 見覚えのある物体って何アオ! こんな時に変なこと言うんじゃないアオ!!」


「はぁ!? オイラは別に何も言ってないアカ!! 葵こそ何を想像してるアカ!?」


「何って、そりゃ――」


「茜、葵」



 静かに、しかし隠せていない怒りを露わに、閻魔様が二人の名を呼ぶ。

 その瞬間、食堂の中が一気に氷点下になったかのように冷え込んだ。



「すっ、すみません閻魔様アカ! 罰として、ぶったい……じゃない! カレーライス食べますアカ!!」


「オイラも食べますアオ!!」


「あ」



 なんかいつの間にか罰ゲーム扱いされてて釈然としないが、ついに茜と葵がカレーライスを掻き込む。



「「……お?」」



 すると二人一緒に目を見開き、そして――。



「「おおお! これがカレーライス! まろやかなのに後から辛さがきて美味いアカ(アオ)!!」」


「よかった! でしょ? 美味しいわよね! それがカレーの醍醐味なのよ! 辛さはどう? とりあえず家の基準にしてみたけれど、もっと辛くも甘くも出来るわよ?」


「ならオイラはもっと辛いのが食べてみたいアカ!」


「えー? もっと辛いのはさすがに汗だくになるアオ。 オイラはこれくらいの辛さがちょうどいいアオ」


「お前たちはどうやら辛いものが好きだったのだな。これも十分美味いが、私はもう少し甘みがある方がいい気がするが……」



 茜と葵に注目していて気づかなかったが、どうやら閻魔様もカレーライスを食べていたらしい。

 また一口、パクリと食べて、考え込んでいる。



「全員辛さの好みが違うのね。……よし、分かったわ!」



 そんな訳でこの日以降、カレーを作る時にはそれぞれの好みに合わせ、辛さもわけて作っている。

 茜が辛口、葵が中辛。そしてやっぱり閻魔様は甘口である。牛乳寒天然り、閻魔様って甘党なのよね。デザートにと作っておいた杏仁豆腐の方が、カレーライスよりお気に召していたのもご愛嬌だ。



「桃花、別に無理に全員の好み合わせようとしなくていいんだよ。桃花の料理はそのままで充分美味しいんだから。わけて作るのは手間だろう?」



 それぞれ煮込んだ具材を小鍋に移し、辛さを変えて作っているのを見て、閻魔様にそう言われたことがあった。

 確かに手間じゃないと言えば、嘘になる。



「――でもね、閻魔様」



 もう冥土に居られない。みんなにはもう会えないのだと覚悟した時の、身を引き裂かれるような辛さを思えば、これくらいどうってことない。


 寧ろこうやってお料理を通じてみんなの新たな一面を知ることが出来るということは、とても幸せなことなのだと心から思うのだ――。


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