四十五話 別れの時


「おおーっ!! たーまやーだアオ!!」


「まだまだもっと上げるアカ! ド派手にぶちかますんだアカ!!」


「わぁー、綺麗ね」



 ――あの後、庭園の真ん中にあるひょうたん池に移動したわたし達は、茜と葵が蔵から持ってきた打ち上げ花火を楽しんでいた。

 ドンッ! ドンッ! と大きな音を立てて色とりどりに煌めく花火を、わたしはうっとりと見上げる。



「……まさか冥土で花火まで見られるなんて、夢にも思わなかったわ」


「私も花火を見たのは、もう思い出せないくらい前だな。……昔は現世げんせの花火大会にも行ったものなのだがな」


「えっ、なにそれ!? 〝現世〟って、わたしが元いた世界のことよね!? 閻魔様、来たことあるの!?」



 驚いてわたしが隣に立つ閻魔様を見ると、その反応がおかしかったのか、閻魔様はクスクスと笑う。



「ああ、そうだ。桃花の世界には私以外にも多くの神が高天原たかまがはらから遊びに行っているよ。私が最後に行ったのは、確か現世は江戸の頃だったかな? 裁判があったので、滞在はほんの僅かな時間だけだったがな」


「え、〝江戸〟!? へぇー、でもそっか。閻魔様がわたしの世界に……」



 冥土のあるじである閻魔様。

 てっきり遠い別世界の人だと思っていたけれど、わたしが生きた世界との繋がりを知ることが出来て、なんだか嬉しくなる。

 ……まぁ江戸とは、さすがわたしとは時間のスケールが違うけど。それでも嬉しいものは、嬉しい。



「その時もなんと美しい光景だと思ったが、今夜のこの花火はそれ以上に胸に迫るものがある。……これからどれだけの月日が巡ろうと、私は今日のことを決して忘れはしないよ」


「閻魔様……」



 胸の前で両手をぎゅっと握り締め、そして閻魔様の言葉に同意するように強く頷いた。




「ええ、わたしもこの光景は絶対に忘れたりしないわ。――何があっても」


 

〝たとえ、わたしが消えても〟


 出かかった言葉を飲み込んで、わたしは握っていた手をほどく。



「――ねぇ、閻魔様」



 静かに呼べば、それに応えるように、閻魔様の紅い瞳がわたしを映した。



「わたし、もう大丈夫よ。裁判を……再開してください」


 

 その強い眼差しに怖気づきそうになる心を叱咤して、わたしはしっかりと閻魔様の目を見て、最後まで言い切る。



「桃花……、はて?」



 しかし当の閻魔様は、突然張りつめた雰囲気を一変させ、不思議そうに首を傾げたのだ。



「私は桃花の裁判を行うつもりは、最初からこれっぽっちもないよ?」


「は?」


「そうだなぁ……。少なくともあと八十年は……。いや、百年は先でいてほしい」


「はい???」



 閻魔様ってば、いきなり何を訳の分からないことを言い出すんだろう?

 死者が冥土の裁判で裁かれるのは絶対でしょう?

 それを百年先とか……。



「もうっ、閻魔様! こんな時にふざけな……、っ!!?」



〝ふざけないで〟と言おうとして、はたと固まる。

 何故なら突然わたしの体が淡く発光し、まるで体が粒子のように足先からポロポロと崩れ始めたからだ。



「っ!? 何これ……!?」


現世にある・・・・・桃花の体・・・・が君を呼んでいるんだ。肉体が目覚めようとしているんだろう」


「えっ!!?」



 足元を見ていた視線を慌てて上げれば、焦るわたしとは裏腹に、落ち着いた様子の閻魔様と目が合った。



「現世にある肉体? 目覚める?? え? だってわたしは、高校に行く途中でトラックに轢かれて・・・・――……」



 死んだはずじゃ……? という言葉は続かなかった。

 閻魔様が、スッとわたしの両手をとったからだ。

 まるで宝物に触れるかのように優しく包み込むように握られ、わたしは何も言えなくなってしまう。



「……十年前。君が一度目に・・・・冥土に来た時、私は次に来るのは君がおばあちゃんになってからでいいと言った」


「…………」


「けれど、それは撤回しよう。桃花、いつでも冥土ここ帰っておいで・・・・・・。……まぁ三途の川を渡ってくるのは、もう当分なしにはしてほしいけどね」


「……っ」



 ポロポロとわたしの頬を涙がつたう。



「いいの……?」



 だってわたしの都合のいい勘違いじゃなければ、それは〝わたしの気持ちを受け止める〟そういうことでしょう?



「閻魔様は神様で、わたしは人間なのに……」


「神か人間かは関係ない。皆等しく孤独を感じ、満たされれば幸福になる。そう教えてくれたのは、他ならぬ桃花だろう?」


「閻魔様……、うん……!」



 握られたをぎゅっと握り返し、わたしは何度も何度も頷く。

 わたしは帰る。……必ず、冥土に。



「あ、でも帰るって、どうやって?? わっ!?」



 浮かんだ疑問に悩む間もなく、突然両肩をポンっと叩かれて、わたしはハッと振り返る。



「茜、葵……!?」



 見れば花火を打ち上げてはしゃいでいた筈の茜と葵が、真剣な表情で立っていた。



「桃花! これが最後じゃないアカ! 絶対アカ!」


「そうだアオ! オイラたち、次は絶対に桃花のカレーライスを食べるんだアオ!」


「二人とも……」


「「だからこれを持って行けアカ(アオ)!!」」


「え……?」



 ぐっと押し付けるようにして、二人が何やら木札のようなものをわたしの手に強く握らせる。

 それが一体なんなのか聞きたかったのだが、ますます光は強くなり、ついにわたしの体は完全に粒子へと変わってしまう。



「ま、待って! これって……」



 パクパクと叫ぶが、わたしの声はもう誰にも届かない。

 けれど、みんなの声はちゃんと聞こえた。



 最後に聞こえたのは――――そう、



「次はその札を持って、〝冥土通いの井戸〟を使って来なさい」



 そんな閻魔様の優しい声だった。



=バーベキュー・了=


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