四十三話 想い溢れるバーベキュー(2)


「ふぅ……。やっと気持ちが落ち着いてきたアカ。しかし結局、閻魔様に火を起こさせて一体何をするつもりなんだアカ?」


「さっき言ってた、〝ばーなんとか〟ってやつと関係あるアオ??」


「バーベキューよ、バーベキュー!」



 またもコップを突き出して更におかわりを要求する二人に苦笑しつつ、わたしは追加のはちみつレモンスカッシュを注いてやりながら訂正する。



「んん? ばー……アカ?」


「横文字は難しいアオ」


「えっとね……」



 ジューーッ



「!」



 やはりいまいちピンときていない二人にどう説明したものかと考えあぐねていると、唐突に背後から香ばしい音がして、同時に肉の脂が溶け出したいい匂いが辺りに立ち込めた。

 それに真っ先に反応したのは、茜と葵だ。



「「おおおっ!?」」


「私も桃花に聞いて初めて知ったのだが、〝バーベキュー〟とはこのように外で肉や野菜を焼いて食す料理らしい。なんでも現世げんせでは、祭り事があるとこの料理をするのだそうだ」



 見ればいつの間にかわたしが持っていた串焼きを乗せたお皿は閻魔様の手にあり、どんどんと鉄板の上に串焼きが並べられている。

 そして串をくるんとひっくり返せば、香ばしい焦げ目が綺麗についており、食欲をそそる見た目と匂いに茜と葵だけでなく、わたしまでゴクリと唾を飲み込んだ。



「桃花、焼き上がりはこんな感じでいいのかな?」


「ええ、ありがとう閻魔様。すっごく美味しそうに焼けてるわ! さぁ、バーベキューがどんな料理かを分かったところで、早速みんなでいただきましょう! 串焼きにはこのタレをつけて食べてね!」


「「よっしゃー! いただきまーすアカ(アオ)!!」」



 わたしの言葉を皮切りに、瞬く間に茜と葵が焼き上がった串焼きを掻っ攫い、タレにつけてパクリと一口。



「んむっ!? これは絶品だアカ!」


「肉の表面がカリカリになってて美味いアオ! 炭火の香ばしい匂いがずっと口の中に残ってるアオ!」


「ほぉ、どれどれ……」



 遅れて閻魔様も串焼きを一本、手に取ってかじる。もちろんフーフーして冷ますのは忘れずに。



「うん、美味い。このタレがまた肉の香ばしい旨みをまろやかに包み込んで、より格別の味わいとなっているな」


「さすが閻魔様! そうなの、そのタレはわたし特製の手作りタレで、すりおろした林檎と生姜、それに蜂蜜を加えてあるから、マイルドかつコクのあるタレに仕上がっているのよ!!」


「うまい! もっと肉焼くアカ!」


「どんどん追加してくアオ!」


「……って、全然聞いてないわね」



 こちらの語りなど一切無視して、バーベキューの美味しさに目覚めた茜と葵が鉄板の上に所狭しと肉を並べていき、焼けた側からどんどん口に入れる。

 するとそれを見かねた閻魔様が、二人を注意した。



「こら二人とも、肉ばかりじゃなく、野菜もちゃんと焼いて食べなさい」」


「「は、はいっ! すみませんアカ(アオ)!!」」



 その言葉に弾かれたように慌てて二人が野菜を焼いて口に詰め込めば、閻魔様は満足そうに頷く。



「偉いぞ二人とも。料理というのは、バランス良く食べないとな」


「「えっ……!?」」



 閻魔様から褒め言葉が発されたことに驚いて、茜と葵は虚を突かれたように固まった。

 

 

「……へへ」


「ふへへ」



 しかしじわじわと褒められた実感が湧いて来たのか、次第にニヤニヤと茜と葵は表情を緩ませる。

 なんだかこの三人、前よりも距離が縮まったみたい。こうやって見てると、まるで親子のようだなぁ。

 嬉しそうな茜と葵に、わたしの顔も自然と綻んだ。



「桃花」


「え」



 優しい光景になごんでいると、わたしが持っていた取り皿に焼き上がった串焼きや野菜がどっさりと乗せられた。

 それに振り返れば、閻魔様が入れてくれたのだと分かる。



「あ、ありがとう、閻魔様」


「桃花もどんどん食べなさい。うかうかしていると、茜と葵が全て食い尽くしてしまうよ」


「え……」



 その言葉に茜と葵を見れば、二人は既に肉と野菜を食べ尽くし、今度は海鮮を焼き始めていた。

 確かにこの勢いじゃ、たっぷり用意した具材も全部二人のお腹に収まってしまうそうだ。



「うん、そうね。じゃあわたしも遠慮せずいただこうかしら」



 お言葉に甘えて、わたしは焼き立ての串焼きにタレをまとわせてカブッと一気にかじりつく。

 すると香ばしくジューシーなお肉と、こってりとしたタレが絶妙にマッチしていて、口の中で最高のハーモニーを奏でた。



「う~ん! やっぱりバーベキューって美味しーい!!」


「ほら桃花、エビも焼けたぞアカ」


「ホタテもだアオ。食え食え」


「ありがとう、二人とも」



 閻魔様に倣って、茜と葵もどんどん焼けた具材をわたしのお皿に乗っけてくる。

 だから食べても食べてもお皿が空にならない。お腹がはち切れそうで苦しい。


 ――でも、すっごく楽しい!



「よし、そろそろ今夜のメインのアレ・・も作ろうかしら」


「〝アレ〟……アカ?」


「というかメインはバーベキューじゃなかったのかアオ?」


「ふふふ……」



 高揚する気持ちのまま呟くと、競い合うようにエビやホタテを食べていた茜と葵の口がピタリと止まり、そんな二人にわたしは意味深に微笑む。



「今日は閻魔様や茜と葵が焼いてくれたから、これは・・・わたしが作るわね」



 言いながら鉄板に油を引いて、あらかじめよけておいた肉や海鮮、野菜を入れて炒める。



「? また具材を焼くのかアカ?」


「もう一回バーベキューするのかアオ?」



 ジュージューと音を立てて焼ける具材に、茜と葵は不思議そうに首を傾げた。

 しかしそこに中華麺を入れ、タレを全体に絡めたところで、何を作っているのか理解した二人が、「あっ!!」と声を上げた。



「もしかしてこれは焼きそばかアカ!?」


「昔、オイラたちが屋台で食べたやつアオ!!」


「ええそうよ、焼きそば。今朝二人の話を聞いて、せっかくだから作りたいなって思ったの。はい、これで完成よ」



 出来立ての熱々を茜と葵の皿に盛り付けてあげれば、二人は待ちきれないとばかりに麺を口いっぱいに頬張り、目を見開く。



「うわ、うまぁっ! 昔食べたのとは違う味なのに、なんだか懐かしい味がするアカ!」


「本当だ、懐かしい味アオ! オイラ、また焼きそばが食べられるなんて、夢みたいだアオ!」



 くしゃりと今にも泣き出しそうな、なのに笑い出しそうな複雑な表情を浮かべ、それでも茜と葵は焼きそばを食べる手を止めない。

 そんな二人の姿にホッと息をつくと、不意にわたしの肩に閻魔様の手が乗った。



「あ……」


「ありがとう、桃花。君のお陰であの子達にとって、今日という日が特別なものになった」


「ううん、お礼なんていいのよ。ただわたしがやりたかっただけなんだもの。閻魔様こそ、今日は本当にありがとう。わたしのお願いを聞いてくれて」


「……私も焼きそばをいただいても?」


「ええ、もちろん。わたし達も食べましょう」



 盛り付けたお皿を閻魔様に渡して、お互い焼きそばを啜る。



「ああ、美味いな」



 すると閻魔様も茜や葵と同じように、そう呟いてくしゃりと微笑んだ。


〝想い溢れるバーベキュー〟


 わたしは今この瞬間を、決して忘れたりはしない。


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