十四話 閻魔様のリクエスト(3)


「私との〝約束〟を、思い出したのか?」


「え、と……」


 

 熱をはらんだ真剣な声が耳に響く。



「桃花」


「あ、あの」



 吐息すら感じるほどに、閻魔様の端正な顔が近い。それにわたしの体温は急上昇し、ポンっ! と爆発する音が頭の中に響いた気がした。



「い、いいい、いいえ!! 思い出したとかそんなしっかりしたものじゃなくて、なんか懐かしいなぁみたいな? ふわっとした感覚になったと言いますか……! 全然なんの記憶も思い出してはいないです、はいっ!!」



 強すぎる視線にたじろぎ、わたしは早口でそう言って閻魔様から後退りする。

 だってそうじゃないと超絶美形この距離感、心臓が保ちそうにない。



「そうか……」



 すると閻魔様はそう言ったきり、何か考えるように黙り込んでしまった。その姿は表情こそ変わらないが、少し落ち込んでいるようにも見えた。



「…………?」



 わたしはまだバクバクと心拍数が上がったままの胸を落ち着かせながら、不思議な閻魔様の様子に首を捻る。


〝約束〟


 もしかして閻魔様は、わたしが記憶を取り戻すことを心待ちにしているのだろうか?

 その、約束・・の為に? じゃあ閻魔様とわたしって前にも会ったことがあるってこと? 


 うーん。分からない、分か……。



「――くしゅん!」



 思考を遮るように、わたしの口から大きなくしゃみが飛び出した。



「大丈夫か?」


「ご、ごめんなさい!」


 

 ちょっと気まずかった空気を変えるにはちょうどいいタイミングだったけど、うう、女子として閻魔様の前ででっかいくしゃみ。恥ずかしい。



「気にしなくていい。冥土の夜は想像より冷える。人間には浴衣一枚だと少し肌寒いだろう」


「なるほど」



 閻魔様の説明に納得して、ブルっと身震いする体を抱きしめると、閻魔様が静かにわたしの肩に手を添えてきた。



「次からは茜と葵に羽織を用意させよう。すまない、部屋の前で長く引き留めてしまったな。さぁ今日は疲れたろう、早く床に就きなさい」


「あ、はい」



 閻魔様は先ほどまでの熱をはらんだ表情はすっかり鳴りを潜め、元の人形のような無表情に戻っている。

 それにホッとしたような、寂しいような、複雑な気持ちになりつつも、閻魔様が開けてくれた自室のふすまをくぐる。



「おやすみ、桃花」


「……おやすみなさい、閻魔様」



 穏やかな閻魔様の声に返事をして、襖がスーッと閉められる。



「あっ!?」



 しかしそれが完全に閉じ切る前に、わたしは声を張り上げた。



「待って! 待って閻魔様!! 一つだけアナタに聞きたいことがあったの!!」


「? なんだい?」


 

 慌てていたせいで敬語が吹っ飛んでしまったが、閻魔様は特に気にした様子もなく、閉じかけた襖がまたスッと開く。



「桃花?」


「あ、あのですね……」



 紅い宝石のような瞳と視線が合い、一気にドキドキと緊張感が増すが、せっかく小鬼たちの〝頼まれ事〟を思い出したのだ。ええいままよ! と勢いづいて口を開いた。



「閻魔様は何か食べたいものはありますか!?」


「…………え?」



 わたしが力んでそう叫ぶと、閻魔様はポカンとした顔をした。



「あ……」



 ヤバい、直球すぎたかも知れない。

 言葉が足りなさ過ぎ。



「え、えっと……そうっ! 実はわたし、結構料理が得意だったみたいで色々作れるんです! さっき話したサバの味噌煮やハンバーグもわたしが作って。それで茜と葵とご飯を食べてる時に閻魔様が食事をしないって聞いて、もし何か食べたいものがあるのなら、お礼も兼ねて作れたらいいなーなんて思いまして!!」



 言葉足らずを補おうと、思いつく限りあわあわと言葉を重ねる。しかし当の閻魔様はわたしの話を聞いているのかいないのか、ポカンとした顔のままわたしをじっと見つめている。



「あ、あの、えっと……」



 その視線に気圧されてしどろもどろになりながらも、頭の中で上手い言葉を探す。


 でも――。


 ああやっぱり、わたしは余計なことを言ってしまったのだろうか?

 いくら小鬼たちの頼みとはいえ、今日出会ったばかりの小娘が閻魔様の事情に首を突っ込むなんて図々し過ぎた?


 次第に膨らむ自分の思慮の浅さや愚かさに心が押し潰されそうになった時、



「……――私に、桃花が料理を作ってくれるのかい?」


「え……」



 呟くようなか細い声。けれどハッキリと、わたしの耳には聞こえた。



「…………!!」



 閻魔様がわたしの料理に興味を持ってくれたことがすごく嬉しくて、何度もわたしはコクコクと頷く。



「はいっ! もちろんです! 閻魔様のお口に合うかは分かりませんが、わたしが精一杯丹精こめて作らせて頂きます!!」


「ならば手軽につるっと食べられる料理は作れるだろうか?」


「手軽につるっとした料理ですか……? 分かりました! ちょっと考えてみますね!」



 もっと漠然としたことを言われることも予想していたので、かなりハッキリと食べたいものを指定してくれて驚く。

 でもそのお陰でどんなお料理を作るか、具体的に練れそうだ。



「ありがとうございます! 早速明日から何を作るか考えてみますね!」


「いや、ありがとうはこちらこそだ。……私は桃花の料理をずっと・・・食べてみたかったんだよ」


「……?」

 


 ……〝ずっと〟?



 さっきからずっと感じる違和感。

 食べてみたかったと言われるのは嬉しいが、まるで長いこと待ち焦がれていたような、そのくらいのニュアンスが今の言葉には含まれているように感じた。



「あの、閻魔様は……」


「ん?」


「いえ……」



 もしかして、ただわたしの料理に興味を持っただけではないのだろうか?



「…………」



 真意は分からない。けれど一千年も何も口にしていない閻魔様からの直々のリクエストなのだ。

 茜と葵の言う通り、一宿一飯の恩があることには違いないので、その期待に応えたいと思う。


 ――それに、


 何故だろう? 今わたしは小鬼たちに頼まれたからではなく、わたし自身・・・・・がこの人にわたしが作ったものを食べてほしいと思っている。

 

 今度は・・・わたしがこの人を救いたいのだと、何故かそう思ってしまったのだ。

 


=和風ハンバーグ・了=


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