十三話 閻魔様のリクエスト(2)
「そんな、不自由どころかすごく贅沢させてもらっていますよ。こんな素敵な浴衣まで用意して頂いて本当にありがとうございます。わたし、閻魔様にとても失礼なことをしてしまったのに……」
わたしは緩く首を振って閻魔様の言葉を否定し、頭を下げた。
そもそもわたしは人様の食事をいきなり横取りするという狼藉を働いたのだ。本来ならこんなに良くしてくれる理由はない。寧ろ卑しい女だと言われて問答無用で地獄行きになってもおかしくなかった。
であるならば、今の扱いに感謝こそすれ、不満などある訳がない。
しかし閻魔様はゆったりと首を横に振り、「顔を上げなさい」と穏やかに言った。
「宮に滞在させると決めたのは私自身だ。裁判所での件は気にしなくていい。どの道記憶を失っている者を裁くことは出来ない。自分の行いを振り返る術がないのだからね。もうすでに食事は済ませたのだろう? 何か思い出したことはあるかい?」
「はい。宮殿の台所をお借りして、サバの味噌煮と和風ハンバーグを作って食べました。けど、思い出せたことは何もなかったです……」
最後の方は声が小さくなってしまった。顔を上げるようにも言われたが、閻魔様の顔を見れない。
だってせっかく閻魔様がここまで気を遣ってくれているのに、結局何一つ記憶を取り戻せていないなんて。
ただただお腹いっぱいになって、ぐっすり寝て、お風呂でピカピカになっているだけの自分が情けない。対する閻魔様は今の今まで裁判にかかりっきりだったというのに。
「すみません。せっかくここまでしてくれてるのに……」
しいていうなら分かったことと言えば、わたしは存外料理が得意ってことくらいだけ。
昼寝した時に見た夢は記憶とは関係ないだろうし。
「…………」
――もし、わたしがずっと何も思い出せなかったら、どうなるんだろう?
茜と葵にはわたしがずっと宮殿にいたらなんて話もしたけれど、万が一本当にそんな状況になったとしたら?
わたしはいつまでここにいていいのかな?
……いさせてくれるのかな?
「…………っ」
考えれば考えるほど言いようのない恐怖が湧き上がってきて、体が自分でも分かるくらいに震えてしまう。
どうしよう、怖い……!
「――桃花」
「っ!?」
するとそんなわたしの頭に〝温かいなにか〟が触れ、ビクリと肩が揺れる。
俯いたままだった顔をそろそろと上げれば、閻魔様の紅い宝石のような瞳とぶつかった。
「大丈夫、何も怖がることはない。ここは誰も桃花を傷つけないよ」
「あ……」
〝頭の上の温かいなにか〟の正体が閻魔様の手だと気づいたのは、頭にじんわりと手のひらの温もりを感じたからだ。
「閻魔様……」
「急いで思い出そうとしなくていい。桃花のペースで、ゆっくり思い出せばいいんだよ。それまではいつまでだってここに居ていい。桃花が不安がることは、何もないんだよ」
「閻魔様、はい……」
優しい言葉に手から伝わる柔らかな温もり。何故だかとても懐かしくて、どうしようもなく泣きたくなるほどの安心感に包まれる。
ついさっきまでわたしを苛んでいた先の見えない恐怖が、跡形もなく消えていた。
「ありがとうございます、閻魔様。なんだか心が落ち着きました」
「そうか、ならば良かった」
「はい、でも――」
『大丈夫、何も怖がることはない。ここは誰も桃花を傷つけないよ』
この手の感触と、あの言葉。
「なんだかわたし、
ポロリと口をついた言葉。
それに自分でも驚く。
「〝前〟って……?」
「桃花……思い出したのか?」
「え」
戸惑っていて気づかなかったが、わたしの頭を撫でる閻魔様の手がいつの間にか止まっていた。
その瞳は驚いたように見開いている。
「え、閻魔様?」
あれ? もしかしてわたし、また何か変なことを言ってしまったのだろうか?
口は災いの元とはよく言ったもので、さっきだってそのせいで小鬼たちから難題な頼まれ事をされてしまった。以後は気をつけようと心に決めたのに、またもやってしまったらしい。
「あの、閻魔様?」
恐る恐る様子を伺うように呼んでも、閻魔様は固まったように動かない。
それに困っていると、不意にわたしの頭から手を下ろされ、「桃花」と呼ばれた。
「はい」
「桃花……
「はい?」
よく分からない質問に問い返そうとして、ギクリと体が固まる。
何故なら閻魔様は、吐息すら感じるほど間近でわたしを見つめていたから。
そして熱をはらんだような真剣な声がわたしの耳に落ちた。
「私との〝約束〟を、思い出したのか?」
え、
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