八話 閻魔様の事情


「はい、お待ちどうさま! サバの味噌煮定食の出来上がりよ!」


「おおお! 美味そうだアカ!!」


「久方ぶりの握り飯以外の飯だアオ! 早く食べたいアオ!!」



 完成した料理をきちんとお皿に盛り付ければ、なかなかどうして立派な定食ではないか。

 ふわふわと漂う炊き立てのご飯に、香るサバの脂とお味噌の良い匂い。茜と葵だけじゃなく、わたしのお腹も待ちきれないとばかりに、ぐぅぐぅと音を立てる。



「そういえばどこで食べようかしら? さっきの藤の間は一人用の机しかなかったわよね?」


「それなら、この台所の隣の食堂を使えばいいアカ」


「へぇー、さすが宮殿! 食堂もあるんだ?」



 わたしが褒めると、茜と葵は得意そうにその二頭身の体にある小さな腰に手を当てて頷いた。



「当たり前だアカ!」


「閻魔様の宮殿にないものはないのだアオ!」


「ふふふ、すごいのね。じゃあお料理をその食堂に運びましょっか!」



 言うや否や、一人と二匹。それぞれ盛り付けた熱々の湯気が漂う定食を手に抱え、いそいそと食堂へと向かう。



「わぁ……! ひろーいっ!」



 そうして案内された食堂はまるで旅館の大広間ように畳張りでとても広く、そこに座敷机と座椅子が等間隔にきちんと並べられていた。

 こんなに大人数が一度に集える食堂があるのだ。やっぱり以前この宮殿には、大勢の存在があった気がする。



「おい桃花、こっちだアオ」


「ボーっとして、盆をひっくり返すなよアカ」


「そんなドジじゃないよ!」



 小鬼たちが迷わず入口から一番手前の席に着いて手招きするので、からかうように笑う茜に言い返し、わたしもそれに続く。

 茜と葵が隣合って座ったので、わたしがその向かいに腰を下ろすと、葵がキョトンと不思議そうに首を傾げた。



「うーん? でも桃花って、閻魔様の食事を横取りする大ドジ踏んだアオ。かなりドジだと思うアオ」


「う、あ……。それを言われると言い返せないわね……」



 鋭い指摘に思わず項垂れると、「葵は時々毒舌になるアカ。悪気はないから気にすんなアカ」と茜に慰められた。

 なるほど。茜の方がちょっぴり口が悪くて、葵の方は時々毒舌なのね。理解した。



「それより料理が冷めるアオ! 早く食べるアオ!」


「そうよね。ではでは、みんなで手を合わせて……」


「「「いっただっきまーす!」」」



 三つの声が重なり、茜と葵が待ちきれないとばかりに、勢いよくサバに箸を突っ込んだ。そのまるで食べ盛りの子どものような様子にクスリと笑って、わたしもサバの身に箸を差し込む。

 うん、ちゃんとホロホロに煮込まれてる。いい感じ。



「んんっ!? あー美味しーーっ!! サバが舌で溶ける! お味噌が甘ーい!」



 口に入れると、瞬間広がるサバの旨味とお味噌の甘味。あまりの美味しさに箸が止まらない。

 小鬼たちに任せたお米もまた絶品で、ふっくらもちもちに炊き上がっていて美味しい。思った通りサバの味噌煮と白米の相性は最高で、これならいくらでもお米が進んでしまう。

 ほうれん草のおひたしもまた箸休めに良いし、豆腐のお味噌汁の温かさは、ほっと体に染み入ってくる。


 あー何これ、我ながら最高の定食だ。



「うまいアカ! うまいアカ!」


「いつもの塩のしょっぱさと全然違うアオ! まったりしてて甘くて不思議な味アオ!」


「ふふん。それはね、お味噌にお砂糖にお醤油。いくつもの調味料を組み合わせることによって、複雑な味わいが生まれるのよ。……って、全然聞いてないわね」



 ここぞとばかりにうんちくを披露しようと思ったのだが、小鬼たちはガツガツと食べるのに夢中で聞いてやしない。

 でもそれが嫌だとは思わない。寧ろ微笑ましくて、なんだかこちらまで幸せな気持ちになってくる。 



「ふぅー、食った食ったアカ!」


「うまかったアオ! ごちそうさまアオ!」


「あはは、お粗末様。そんなに満足してくれたならよかったわ」



 小鬼たちがパンパンになったお腹をさすって幸せそうな顔をする。

 二匹の口に合ったのか、その食欲は驚くほどに凄まじく、結局あれほど空腹を訴えていたわたし以上に食べた。

 たくさん作ったはずのサバの味噌煮も、ほうれん草のおひたしも、豆腐の味噌汁も、全部ぜんぶ綺麗に平らげてしまったのだ。



 ◇◆◇◆◇



「――ふむ。しかし調味料かアカ。まさか長年放置していた食材で、こんなに美味いものが出来るとは夢にも思わなかったアカ」


「もしかしてこんな料理なら、閻魔様も興味を示して食べてくれるかも知れないアオ」


「え?」



 心もお腹もすっかり満たされて、食後にと用意しておいた温かいほうじ茶を湯呑みに注いでいると、茜と葵が神妙に呟いた。



「閻魔様? どうして今閻魔様の話が出て来るの?」


 

 ほうじ茶を淹れた湯呑を茜と葵に渡してやりながら尋ねると、二匹はそれを受け取って複雑そうな渋面を作った。



「う~む。本来なら人間に話すなどご法度なのだが、仕方ないアカ。美味い飯に免じて桃花には特別に話してもいいかアカ」


「ううむ、そうだなアオ……。実はな桃花、ここだけの話、閻魔様はもう一千年以上も食べ物を何も口にされていないんだアオ」


「ええっ!? い、いっせんねっ!?」


「「しーっ!!」」


「あ、ごめん」



 わたし達しかいないのに何故かコソコソと声をひそめる茜と葵に合わせて、わたしも声のボリュームを落として囁く。



「え、えーと、一千年も食べていないって……。それって体的に大丈夫なの? 閻魔様って神様なのよね? 神様って何も食べなくても平気なものなの?」


「大丈夫と言えば大丈夫アカ。冷蔵庫の件でも分かると思うが、閻魔様は莫大な神力をお持ちのお方だアカ。神力が枯渇しない限りは、食べなくともへっちゃらアカ」


「ふーん。じゃあ別にいいんじゃないって思うけど、でも茜と葵は閻魔様に料理を食べてほしいのね?」



 そういえばわたしが閻魔様の塩おむすびを食べた時、閻魔様は「私よりも腹を空かせた者に食べさせてあげなさい」と言っていた。

 あの時は裏を疑いつつも優しいんだなぁと思ってたけど、単に元から食べる気がなかったからなのかも知れない。


 でも、それでも小鬼たちは塩おむすびを作って閻魔様に運んでいた。

 そこまでして閻魔様に食事をしてほしいのは何故なのだろう?



「そりゃそうアオ。いくら大丈夫と言っても、もう一千年だアオ。普通の神ならばとっくの昔に神力が枯渇してるアオ。さしもの閻魔様と言えど、さすがにそろそろ食事をとらないと危険アオ」


「その〝神力〟ってものが、もし枯渇したら神様はどうなるの?」


「消えるアカ。肉体が保てず、存在諸共。そうなれば冥土は……」


「…………」



 あるじなき冥土。冥土の知識なんて何も無いわたしだけど、そんなことになればどれだけ大変なことになるのか、それだけは理解できた。


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