二品目 サバの味噌煮

四話 閻魔様の宮殿(1)


「「痛いなら痛いってちゃんと言えアカ(アオ)!」」


「…………」



 小鬼たちに案内され、裁判所から閻魔様の宮殿に続いているという渡り廊下を歩く。その道すがら、わたしは前方を歩いている二匹の小鬼に先ほどの腕の件で怒られていた。


 え、なんでよ? さっきのは完全にわたしが被害者で、怒られるのはちょっと理不尽じゃない??


 内心ムッときたが、反発してまた痛くて怖い思いをしたくない。黙って二匹の後を着いて行く。



「「…………?」」



 しかしそんなわたしの様子をどう捉えたのか、おもむろにこちら振り向いた小鬼たちがじっと見上げてくる。

 その強い視線にわたしはたじろぐ。



「な、何……?」


「さっきまでは騒がしいくらいだったのに、なんで急にしゃべらなくなったアカ?」


「もしかしてまだ腕が痛むのかアオ? 痛くて話せないアオ??」


「なにぃ!? おい、小娘! 腕をよく見せてみろアカ!」


「急いで手当てするアオ!!」


「ええっ!? ちょっ、ちょっと……! 別に少し爪が食い込んだだけだし、大丈夫だから!!」



 あわあわと勝手に想像を膨らませている小鬼たちにさすがに黙ってはいられず、待ったをかける。

 そしてそこでようやくわたしは、二匹の強い視線がわたしを心配するものなのだと気がついた。

 オロオロとしている小鬼たちに、あれ? とわたしは内心首を傾げる。


 なんだろう? もしかしてこの子たちって、口が悪いだけで根は優しい……?


 さっきまでは気持ちに余裕がなくて冷静に見れていなかったけれど、ひょっとしてわたしは必要以上にこの子達を警戒してしまって、悪いことをしていたのだろうか?



「……あの、心配してくれてありがとう。でも本当に大丈夫よ。その証拠にほら、手を繋いでみる?」



 ふっとこわばっていた肩の力を抜いて、わたしは小鬼たちの目の前にそれぞれ手を差し出した。



「「え……」」



 そんなわたしの行動に、小鬼たちは驚いたように目をまんまるにして固まる。

 けれど少しして二匹はおっかなびっくりといった感じではあるけれど、おずおずとわたしの手を取った。……その鋭い爪で傷つけないよう、少し指を丸めて。



「ふふっ」


「? なんだ? 何ニヤついてるんだアカ」


「別にぃ? なんでもないわ」


「?? やっぱりお前はおかしな人間だアオ」



 そう言ってプイッとそっぽを向く二匹は、愛らしい見た目に反してやっぱり口が悪い。

 でも繋いだ手は決して離そうとはしないんだから、なんだかその憎まれ口も可愛く思えてしまう。



 ――不思議。



 さっきまであんなに感じていた不安も、恐怖も、今はすっかりどこかへと消え去っていた。


 この先わたしの記憶は戻るのか。

 戻ったとしても、わたしは冥土の裁判を受けていたのだ。もしかしたら辛いことを思い出してせまうのかも知れない。


 そう思うとまた恐怖がぶり返しそうになるが、けれどさっきまでよりもずっと前向きな気持ちになれたのは確かだった――。



 ◇◆◇◆◇



 それからすぐに閻魔様が言う〝宮〟が現れた。

 朱色の柱に黒塗りの屋根。いつか教科書で見た平安時代の寝殿造のような巨大な建物にわたしは圧倒され、あんぐりと口を開けたまま見上げる。



「え……、ええーーっ!? 何これすっっごい!! まるで源氏物語の世界に入り込んだみたい!! 漫画で見たことあるやつ!!」


「漫画……アカ?」


「そうそう、漫画……て、あれ? わたしって自分のことは思い出せないのに、読んだ漫画のことは覚えてるんだ?」


「そりゃ記憶喪失だって、寝ることや食べることを忘れたりしないアオ。それと一緒アオ」


「それは……一緒なのかな……?」



 イマイチ腑に落ちないが、二匹に「そういうもん」と流されれば、わたしもそんなもんなのかなと、とりあえず納得する。



「さて話を戻して、ここが閻魔様のご住居である宮殿だアカ。本来ならば人間が入ることなど許されない、それはそれは高貴で尊い場所なんだアカ」


「お前は特別に許可を得たから入っていいアオ。ただし閻魔様は裁判を待つ死者がとても多く、多忙であらせられるアオ。くれぐれもお手を煩わすことはないようにするアオ」



 渋々といった感じだが、二匹は宮殿の中へと入るようわたしに促してくる。

 ふむ。意にそぐわなくとも、小鬼たちにとって閻魔様の命令は絶対なようだ。



「……それにしても冥土にもちゃんと空はあるのね」



 宮殿の中に入り小鬼たちに着いて歩いていると、窓から立派な和風の庭園が見えて、思わず足を止めて見入ってしまう。


 裁判所にいただけでは気づかなかったが、見上げれば澄み切った青空が視界いっぱいに広がっているし、庭には大きな池や木々が生えているのも見えた。

 わたしが居た世界……日本とはまるで違うはずなのに、どこか懐かしい光景。こんな状況なのに好奇心が刺激され、自然とワクワクしてしまう。



「「……おい、小娘」」



 するとそんなわたしのずっと前方を歩いていた小鬼たちが、ジロリとこちらを振り向く。

 そしてボソリと、しかしわたしにハッキリと聞こえるように呟いた。



「あんまりキョロキョロしていると、オイラたちからはぐれてしまうぞアカ」


「そうだアオ。人間の娘ってのは鬼にとってご馳走だアオ。ぼやぼやしてて、取って食われても知らないアオ」


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