第26話・好きなタイプ

 希望休が続いていた詩織が初めて野中と対面した朝はとても賑やかだった。彼も地元の出身らしく、学年は違うけれど詩織と出身高校が同じで共通の知り合いがいないかと二人で盛り上がっていた。


「さすがに四学年も違うと別世代ですよね」

「あはは。一瞬も被ってないですからね」


 第一印象では穂香と同じ歳くらいかと思っていたが野中は一つ上の二十八歳らしい。二十四歳の詩織とは接点がないように見えたが互いに人懐っこさを発揮して一瞬で打ち解けていた。


「そういえば、大庭さんは婚約中だって聞いたんですけど。いつの予定なんすか?」

「一応、私の次の誕生日に籍だけ入れようって言ってるんです。だから早ければ来年の六月ですねー」

「へー、一年無いんですね。彼氏ってどんなタイプなんですか?」

「筋トレが趣味の筋肉マンですね」


 島什器で向かい合って商品整理をしながら、詩織が彼氏からのプレゼントだという指輪を野中へ見せびらかしながら惚気た表情になる。詩織のマッチョ好きは以前から散々聞かされていたから横で聞いていた穂香は苦笑するしかない。どちらかというとヒョロヒョロの野中とは対極で、「へ、へぇ……」と彼の相槌がやたら小声になっていたのは聞かなかったことにした。


「じゃ、じゃあ、田村さんの好きなタイプってどんな人ですか?」


 話題を反らそうとしたのか、野中が穂香へと話を振ってくる。確かにマッチョ好きの詩織とは話を広げる隙が無かったのだろう。壁面什器の商品チェックをしていた穂香はいきなり丸投げされて硬直する。


「え、私ですか⁉ ええっと……」


 野中の後ろで詩織も興味津々と目を輝かせているのは、これまでそういった話を彼女ともしたことがないからだ。一つ年上でここでの付き合いの長い弥生とは元カレの栄悟のやらかしなんかも隠さずに話していたが、それはさすがに年下の後輩には言い辛い。


「んー、私はこれといったタイプって無いですね。好きになったり付き合ったりも流れというか……」


 今思えば栄悟のどこに惹かれて付き合うようになって、彼との結婚を期待していたのかが分からない。過去に戻れるのなら彼から口説かれて頷き返す前の自分を張り倒してやりたいとさえ思うくらいだ。

 穂香の答えにいまいち満足できなさそうな二人の顔に気付き、じゃあ川岸とはどうして? と自問自答する。それには驚くほど早く自分の中で答えが湧き出てくる。


「一緒にいて穏やかでいられる人、かな。あとは自分にだけ見せてくれる顔があると嬉しい」


 仕事の鬼だと思っていた彼の優しい一面。それに気付く度に穂香の心がとても安心感を覚える。彼の隣が心地よいからずっと傍に居たいと思うのだ。自分の中でとても納得できる答えが出たと思った穂香だったが、詩織達にはやっぱりご不満だったらしい。


「ええーっ、穂香さんって意外と乙女ちっくー」

「へっ? そ、そうかなぁ……」

「そうですよー。で、そういう野中さんはどんな女性がお好みなんですか? あ、うちのお客様に手を出すのはご法度ですからね!」


 詩織から揶揄うように言われて、野中がタジタジになる。その反応からもしや以前の職場でそういうことがあったんじゃないかという疑惑が頭をかすめる。


「いや、客とかそういうのは俺の場合は無いですってば。まあ、そういう奴も前の店にいたことはいましたが……」

「で、好きなタイプは?」


 なかなか食い下がらない詩織に野中は困惑しながら頭を掻いている。そしてなぜかチラッと穂香の方に一瞬だけ視線を移動させてから、少し照れたようにハニかんでみせた。


「そうっすね、自分をしっかりもってる人がいいですね。後は田村さんと同じで一緒にいて落ち着く人かなぁ」

「それって癒し系ってこと?」

「いや、癒し系とはまた違って……いや、ある意味では癒してくれそうかもですね」


 この店でいうと癒し系担当は詩織だ。ほんわかした可愛い見た目だけれど、ちょっと違うと野中から否定されて頬を膨らませていた。

 この後も二人は好きなタイプについて話していたみたいだったけれど、穂香は在庫の補充の為にストックルームへと移動する。


 ——隼人さんの好きなタイプって、やっぱり家庭的でお洒落な人なのかなぁ?


 家にあるたくさんの調理器具と輸入雑貨。それらのせいで彼の元カノのイメージが固定されてしまっている。普段はあまり考えないようにしているけれど、たまに思い出しては自分と何か共通点でもあるんだろうかと気になってしまうのは仕方ない。

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