第25話・新人研修2

 売り場に戻ってからは野中と一緒に商品整理をしながら、穂香は目に付いたアイテムのことを簡単に説明していく。前の職場でもレディース商品を取り扱っていたらしいけれど、カジュアル寄りのファストブランドとは品揃えも客層もかなり変わってくる。


「この辺りにあるブラウスも洗濯機はOKなんだけど、必ずネットに入れないダメ。直接洗っちゃうと型崩れもあるんだけど、ネック周りのビジューが取れやすいから。あ、そっちのはシンプルなデザインに見えるけど、首後ろにくるみボタンが付いてて、ネット無しで他の物と一緒に洗うと引っ掛かってしまうんですよね」

「基本的にはどれもネットに入れて貰えばいいですか?」

「そうですね。そのままでも平気なのって、Tシャツとかあっちのカジュアルパンツとかくらいかなぁ」


 クリーニングは必要のない日常使い出来るアイテムがほとんどだけれど、できるだけ長く大切に着てもらいたい。この店の商品は穂香の好きな物ばかりで、新しいアイテムが入荷するたびにどれを社割で購入しようかといつも迷う。

 畳み直そうと手に取ったトップスが前日の休みに入った新作だと気付き、穂香は島什器の上に広げてマジマジと眺める。色合いがとても綺麗な半袖ニット。小ぶりなパールが装飾されたネックラインがちょっと大人っぽい。カジュアルにもフォーマルにも幅広く使い回せそうだ。次はこれを使って店頭ディスプレイを作ってみようかと頭を悩ませ始める。


「いいっすね、それ」


 穂香が商品整理の途中で手を止めて品定めしているのが分かったらしく、野中が横から半笑いで口を挟んでくる。ずっと接客業ばかりなだけはあり、人懐っこい性格っぽい。そうでなくても初めての男性スタッフだから、あまり人見知りしないでくれて、こちらも変に気を遣わないで済むのはかなり助かる。


「野中さんなら、これに何を合わせます?」

「え、いきなりですね……」

「コーディネートの勉強ですよ。時間がある時とか、皆でよくやってるんです。それぞれが合わせる物を提案し合ったり」


 これも研修の一環だと穂香が主張すると、野中が真剣な表情で店内の商品を見回す。手に取った商品以外もお勧めし購入してもらえばそれだけ売上は増える。店長の柚葉が特に得意で、ふらっと立ち寄っただけの客に全身コーデとそれに合わせたバッグまで買わせてしまうことがある。柚葉が接客している時、穂香は商品整理しながらその販売トーク術を参考にしようとよく盗み聞きしていた。一瞬で客の好みを把握して、気に入りそうなコーデをさらっと提案してしまうから横で聞いているだけでもものすごく勉強になる。


 他の商品を畳み直していると、野中がかなり自信なさげに薄手のワイドパンツを手に持って穂香へと見せてくる。ツルンとした軽くて柔らかな素材でデスクワークのOLさんに人気のボトム。そのネイビーを選んできてピンクベージュのニットへと重ねてみせてくる。うん、無難と言えば無難だ。


「通勤服っぽくていいですね。あとは……カジュアルなロングフレアとかも可愛いですし、白のサブリナパンツもキレイめで格好良くないですか?」

「なるほど、かなり印象が変わりますね」

「このタイプのニットって結構優秀なんですよ。使い回し抜群で」


 壁面からハンガーにかかったスカートとパンツを取り出して、順に合わせて見せる。組み合わせるアイテムも印象も一つだけじゃない。野中はそれぞれを見比べながら腕を組んで唸っていた。


「レディースって思ってたより奥が深いっすね」

「野中さんなら、この三点パターンだとどれがタイプですか?」

「え、俺の好きなタイプってことですか? そうだなぁ……」


 しばらく首を捻っていた後、野中はロングスカートとのコーデを指差す。どちらかというと彼は可愛い系が好みなんだろうか?


「なるほど。じゃあ、これにしようかな」

「へ? 俺が選んだやつを?」


 驚いて聞き返してきた野中へ、穂香は軽く笑ってみせながら店頭を指さして示す。


「次のディスプレイは野中さんのコーデ案でいかせてもらいますね」

「ああ、なんだ。てっきり田村さんが着てくれるのかと思いましたよ。……結構似合うと思うんだけどなぁ」


 野中の言ったことの後の方は声が小さくてよく聞こえなかった。けれどそれはあまり気にせず、穂香は他に合わせる雑貨類を選び始める。男性受けを考えたコーディネートはこれまで一度もやったことがない。今度のディスプレイの反応はかなり楽しみだ。


「ほどほどにしときなよ」


 そう弥生から言われたのは、昼休憩時の社員食堂で。二人並んで窓際のカウンター席でアジフライ定食を食べながら、新しく入社した後輩を話題にしていた時だ。


「熱心に指導するのはいいんだけど、穂香ってたまに距離感バグる時あるでしょう? それで前にも嫌な思いしたじゃん、ほら何だっけ、直営の社員さんで――」

「金子さんならさっきも会いましたよ……野中さんが一緒だったから平気でしたけど」

「ああ、また会っちゃったんだ。ま、同じとこで仕事してるんだから仕方ないね」

「さすがに野中さんはそんな変な勘違いする人じゃないと思いますよ。普通に仕事を教えてただけですし」


 弥生が一緒にレジに入って指導していたのと何ら変わらないと主張する穂香に、先輩社員は呆れ笑いを浮かべている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る