復讐するは我にあり

 羽田から小田原に帰る途中にボウイナイフを購入。わたしは「ヤツらに」復讐しなければならない。


 咲夜の家に着く頃にはもうすでに夜だった。咲夜は奇跡少年東京の仕事から帰ってきたばかりだった。全身から石鹸の香りがする。すでにLINEでメッセージを送ってやりとりをしていた。咲夜の顔は歪んでいた。


 わたしは咲夜に憎しみをこめて言った。


「あんたね、その源氏名って自分でつけた名前なんだね。ねえ、言って。なんでわたしの妹に会ったの? それに、なんでわたしと咲夜、いや、音彦は、きょうだいなの」


「……バレちゃあ、しょうがない。俺はな、お父さんが六本木のキャバ嬢に産ませた隠し子なんだ。母が登戸に住んでいたから。正直ね、お前ら二人が羨ましかったよ。お父さんの愛情を一身に受けられるから。なんで、母親が違うだけでお前と美羽はお父さんと一緒に高級マンションに住めて、俺は登戸の県営住宅でいまにも死にそうな母親の世話をしないといけないんだ。金に困ることはなかったよ。お父さんがたんまり用意してくれたからね。けどね、俺、自分がこの世に無条件で存在していいと思えないんだ」


 咲夜は卑屈に笑って言葉を続けた。


「どうせ、バラしたところで逮捕されねえし、言うか。お前の妹を殺したの、俺なんだ。テクノロジーとカニバリズムが世の全て。お前らのうちの一人が死ねば、お父さんは俺を引き取ってくれるんじゃないかって思ったよ。あのころはまだ中学一年生で純粋だった。美羽はでしゃばりだったからツイッターで楽に連絡できた。美羽の彼氏だっていう男が近づいてきて、喧嘩したけど、すぐ去っていった。いくじなしめ。美羽はよかったよ。すぐ俺に懐いて、股を開いてくれて。バカみたい。バカだから、『一緒に心中しよう』って騙しても平気で信じてくれた。酒匂川の河川敷、どっかの茂みで殺した。近くに木箱があったから、そこに死体を詰めて、川に流した。だいぶ流れたみたいだね。一ヶ月後にようやく見つかったらしいし。でもね、お父さんは俺と一緒に暮らしてくれなかった。俺が医者を継げばいいんだなって思って医者を目指したんだよ。学費は全部お父さん持ち。けど、挫折した。休学しながら考えたよ。次の標的はお前だ。まずはお前を騙して、夫を殺させる。お前は逮捕される。音羽家をどん底に叩き落す。お父さんに残った子どもは俺だけ。俺が今度は愛される番。ね? さあ、殺せるもんなら、殺してみろよ。ねえ、オネエチャン?」


 咲夜は両手を叩いて笑い出した。目から涙が流れていた。――狂った弟を、処分しなければならない。美羽のためだ。復讐しなければならない。咲夜の胸元に近づくと、ナイフを胸元に突き刺した。


「……はあああああ!? いてええええ! 死にたくねえええええ!」


 真っ赤な血が噴水のように吹き出し、咲夜は獣のような大声で断末魔を放った。腸を思いきりえぐった。大量の返り血が跳ね返ったが、気にせずにナイフを引き抜くと、再びナイフを腹へ突き刺した。


 もう何度えぐっただろうか。やがて咲夜は息を止めた。倒れた死体のカラダをよく観察する。リンドウのタトゥーは、すべてがタトゥーでない。一部、カラダの黒いシミを上手い具合に隠していた。




 リンドウの花言葉は「悲しんでいるあなたを愛する」。咲夜も、父に愛されたかったのかもしれない。愛してくれるわけがないのに。

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