第38話 お兄さん、好き
「で」
「で、って……早希、姉ちゃんが入ってるぞ」
「またそうやってごまかして。信也くんってば、この状況分かってるの? 婚約したばっかなのに、こんな浮気現場見せられて」
「そうでした早希さん、こうして直接言うのは初めてですよね。ご婚約、おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます。なんか改まって言われると、照れちゃうな」
「でも本当、よかったですね。早希さんずっと、信也さんのこと想い続けてたんですから。今って、最高に幸せですよね」
「ええ、確かにそうだったんですけどね、ついさっきまでは……って、あやめちゃん! いつまでくっついてるのよ!」
林田姉妹の引っ越しは、信也たちが手伝ったこともあり、思ったより早く片付いた。
そして今、再会を祝って4人は信也宅に集まっていた。
信也はあやめの部屋と食器系を担当したのだが、その時もあやめは信也から離れようとしなかった。
信也の家に入ってからも、あやめはソファーで信也の腕にしがみついていた。
「ま、まあいいじゃないか。折角こうして会えたんだし」
「でもでも、そのソファーは私と信也くんのなのに」
「あやめ、お姉ちゃんと一緒に座ろ?」
「嫌」
そう言って、また信也にしがみつく。
「あやめちゃん、ちょ~っと信也くんにひっつきすぎじゃないかな」
「嫌」
「ま、まあいいじゃないか、あやめちゃんも今日は疲れてるだろうしさ。そんなことよりお寿司頼もう。あやめちゃんはどれがいい?」
「これとこれとこれと……あと、これ」
「ちょっと待ってろよ、ペンペンっと……タコイカハマチ、それと茶碗蒸しか」
「うん。茶碗蒸し、好き」
「美味いよね、茶碗蒸し。俺も頼もうかな」
「……」
「どうした早希、選ばないのか」
「信也くんのロリコン」
「ぎっ!」
「変態」
「おいおい早希、それ本人の前で言っちゃいかんだろ」
「本人ってどっち? 信也くん? それともあやめちゃん?」
「どっちもだよ。特にあやめちゃんには駄目」
「ふーんだ。信也くんなんか、条令で捕まったらいいんだよ」
「条令って、あのなぁ……」
「それなら問題ない。こう見えても私は18歳、条令はクリアしてる」
「だから何の話だよ」
「ロリって言われるのは……仕方ないけど」
「そんなことないよ。あやめちゃん可愛いし」
「……それ、否定になってない」
「あ、いやごめん……大丈夫、立派な女性だよ」
「この胸……でも?」
そう言って胸を押し付ける。
「あーっ!」
「ちょ、ちょっとあやめちゃん、それは流石に困ると言うか」
「こんな胸でも?」
「駄目駄目駄目ええええっ!」
早希があやめに駆け寄り、二人の間に割って入った。
「さくらさん。あやめちゃんって、こういう子でしたっけ」
「この子、あの日から信也さんのことばっかり話してて。いつもお兄さん、お兄さんって」
「は、はあ……」
「ちょっと信也くん、そんな嬉しそうに鼻の下伸ばさないの。それとも何? やっぱりこういう女の子の方がよかったの? 私よりいいの?」
「アホなこと聞くなよ。それに何だよ、こういうのって」
「だからロリっ娘体型」
「おまっ……それは失礼だろ」
「いい。お兄さんが好きなら、それでもいい」
「勘弁してくれ……」
騒がしい夕食が終わり、早希はさくらと会話に華を咲かせていた。
考えてみたら早希って、こっちに友達いなかったんだよな。
祖母と一緒に住んでいたのは、姫路の方だったらしい。そして祖母が亡くなってから一人暮らしをするも、20歳の時に叔父から出ていくよう言われ、一大決心をして大阪に。
それから今まで、うちの工場で働いている。
学生時代の友人とも会えず、いつも一人、部屋で過ごしていたんだ。
そう思うとさくらは、早希にとって大阪で初めて出来た友人だ。
この偶然に感謝しないとな……隣で小さな寝息を立てているあやめの頭を撫でながら、信也は嬉しそうに笑った。
「ちょっと信也くん。何あやめちゃんの頭撫でて笑ってるの。やっぱり変態って呼ぼうか?」
「そんなんじゃないって。いい加減、機嫌直してくれよ」
「どうだか。これからの新婚生活が不安だよ」
「おいおい、冗談でもそんなこと言うなよ。本気でへこむぞ」
「ふーんだ」
「ふふっ」
「さくらさんまで……笑ってないで助けてくださいよ」
「ごめんなさい。でも、ふふっ……信也さんと早希さん、前に会った時よりすごく自然な感じで」
「そうですか?」
「ええ。摂津峡で会った時も、仲良しだなって思ってました。でも何かこう……なんて言ったらいいのかな、お二人の間には見えない壁があるように思えてたんです」
「あの時は、まだ告白されて二日目でしたから」
「でも今のお二人を見てたら、本当に信頼しあってるって言うか、絆みたいな物を感じます」
「……照れました」
「本当ですよ。ねえ早希さん」
「ま、まあ……そうですね、絆だけは負けませんよ」
「それにしても、あやめったら本当に安心しきった顔で」
「そうなんですか?」
「はい。この子、家でもこんな無防備じゃなかったですから。いつも怯えてるっていうか、構えてる感じで」
「そういうのって、信也くんとちょっと似てるよね」
「そうか? まあでも、安心してくれるのは嬉しいな。それであやめちゃん、学校の方は」
「まだ休学にしてます。あやめが通う気になった時、いつでも戻れるように」
「そうですか」
「はい。でもまずは、普通に外に出られるようになってくれたらって」
愛おしそうにあやめを見つめ、さくらが微笑んだ。
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