第22話 尋問


「で」


「で、って何?」


 テーブルを挟んで信也と知美が座る。

 知美は腕を組み、信也を真っ直ぐ見据えてる。

 まるで尋問だな。そう思いながら、信也が煙草に火をつけた。


「あんた、彼女の前でも煙草吸うんだ」


 知美の言葉に煙が喉につかえ、信也がむせ返る。


「部屋に連れこんでる時ぐらい、我慢しろよな」


「いや姉ちゃん、彼女じゃないから」


「こんな現場抑えられてんのに、まだそんなこと言うんだ」


「現場って」


「休日の男の部屋で二人きり。これ以上何か証拠いる?」


「だから姉ちゃん、俺の話を」


「あーはいはい、まだ言い訳しようとするかね。ほんと、往生際の悪い」


「本当ですよ。私、信也さんの彼女じゃありませんから」


 コーヒーを手に早希も座った。

 テーブルにカップを置き「どうぞ」と勧めると、知美は「ありがとう」と一口飲んだ。


「ん~、香りも温度も文句なし。冷えた体に染み渡る」


「恐れ入ります」


 信也は早希の様子を見ていた。心なしか緊張しているようだった。

 普段と変わらない笑顔ではあるが、交際したい男の姉との邂逅、緊張しない訳はないだろう。

 何とかこの場を和ませようと考えるが、信也自身も尋問の対象になっているので、頭がうまく回らなかった。

 小声で早希に「大丈夫か?」と囁く程度のことしか出来なかった。


「何をこそこそしとるんかね、この弟は」


「こそこそって、人聞きの悪い」


「で、早希ちゃん。あんた信也と、本当に何でもないの?」


「はい」


「じゃあ、どういう関係?」


「信也さんと同じ職場で働かせてもらってます。いつも助けてもらってばかりで」


「そうだそうだ、気になってたことがあったから丁度いい。このバカ、ちゃんと遅刻しないで会社に行ってる?」


「ぎっ!」


「仕事はそれなりに出来ると思ってる。でもこいつ、朝に弱いっていう致命的な欠点があるんだ。就職した時に一人暮らしを始めたんだけど、それだけが気になっててね。遅刻が多いようなら、家に強制送還させようと思ってるんだ」


「な、何を言ってるんだよ姉ちゃん、いつも言ってるじゃないか。俺ももう子供じゃないんだし、朝ぐらいちゃんと起きてるって。社会人として当然じゃないか。なあ早希」


 この人、お姉さんの前ではこんなに余裕がなくなるんだ。目が泳いでるし声も上ずってるし、嘘下手すぎ……信也の新しい一面は、早希を十分満足させたようだった。


「はい。信也さん、職場ではラインの副リーダーとして頑張ってます。及ばずながら、私も補佐させてもらってます」


「じゃなくて早希ちゃん、さらりと話、そらさないでね。遅刻してないかって聞いてるの」


「え? は、はい勿論……勿論です」


「ほんとに? 嘘ついてない?」


「嘘ってそんな……あははっ、なんのことだか……」


 見る見る挙動不審になっていく早希に、信也も「こいつ、嘘下手すぎるだろ」と思った。


「……分かった。信也の部下がそう言うんだ、信用しておこう」


 信也が安堵のため息をつく。


「何を安心してるんだよ、このアホたれは。こんなかわいい部下があんたを必死にかばってる、だから彼女を信頼して、もう少し猶予を与えただけだよ」


「は、はいいっ」


「あんまり遅刻するようなら、この家燃やしてでも家に連れて帰るから。大体あんたの職場なら、うちの方が近いでしょ」


「近い遠いの問題じゃなくて……あ、いや、すいません、分かりました」


「で」


 知美が早希の方を向く。


「早希ちゃん。こいつのこと、どう思う?」


「信也さんのこと、ですか?」


「うん。聞いてるかもしれないけど、私ん家わたしんちも色々あってね。そんな中でこいつ、いつの間にか死んだ魚の目になってやがった。

 だから姉としては、弟のことが心配で心配で……こいつには幸せになってもらいたい。だからこいつが友達といるのを見れて、ちょっと嬉しい」


「信也さんは優しいです。相談にも乗ってくれますし、いつも全力で向き合ってくれます」


「そっか。それでどう? まだ手、出してないの?」


 ぶっとコーヒーを吹き出す信也。早希が慌てて背中をさする。


「こいつから、ってのを期待してるなら無駄だからね。こいつの根性、チキン以下だから。覚悟決めてるなら、早希ちゃんから行かないと」


「なるほどなるほど」


「おいおい早希、真面目に聞かなくていいから」


「そうだ信也」


「何?」


「いつものケーキ、買ってきて」


「ええっ? 雨降ってるのに30分の歩きは嫌だけど」


「いいから行ってこいって!」


 信也に財布を投げつける。


「ちっとは空気読めって言ってるんだよ。早希ちゃんと二人で話したいんだよ」


「だからだよ。流石にこの状況で早希を置いてくのは」


「信也くん、行っておいでよ」


「いいのか?」


「私もお姉さんと、色々お話ししたいし。ケーキ、私のもお願いね」


「……分かった。でもいいか、何かあったらすぐ電話かけてこいよ。すぐ帰ってくるから」


「私を何だと思ってるんだよ! さっさと行ってこい、この駄目男!」


 これ以上抵抗したら何が飛んでくるか分からない。信也はジャケットをはおって家を出た。


「……ったく、姉に対する敬意ってものがないんだよ、あいつは」


 ドアが閉まると、知美はそう悪態をついた。


「お姉さんと信也さん、仲いいんですね」


「知美」


「え?」


「知美でいいよ。お姉さんって言われると、なんか体がムズムズしてくる。それから信也のことも、いつも通りでいいから」


「分かりました、知美さん」


「もう一杯コーヒー、もらえる?」


「あ、はいっ!」


 早希が台所に向かう。知美は「ふうっ」と一声漏らし、部屋を見回した。

 いつもの信也の部屋とは違う。そう、生活感。生活感を感じる。早希の持ち込んだ空気が信也の生活スタイルと交じり合い、絶妙なバランスの上で成り立っているんだ。

 そう思い、早希という人間に興味が湧いてきたのを感じた。



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