第4話
「あ、あの……」
と私が戸惑いながら口を挟もうとするも、
「ずっと君の事を諦められなくてね。何度も陛下に掛け合って伯爵位からでも王族に嫁げる様に議会から承認を得るのに時間が掛かってしまった。ごめんね、待たせて」
と殿下は恥ずかしそうにはにかんだ。
「あ、えっと……」
また私が口を挟もうとするも、
「いや~君がさぁ、釣書を送ってくる雑魚共にガンガン会うもんだから、僕も焦っちゃったよ。どうして大人しくしてくれないんだろうってさ。でも仕方ないよね。君はこんなに美しいんだ。みんなが放っておかないよね。待たせた僕も悪いんだし」
『雑魚共』とは誰の事?そして殿下は何が言いたいの?美しいって言葉は私への賛辞?
まだまだ殿下の話は続く。
「だからさぁ、王族の権力を惜しみなく使っちゃったよ。両陛下には呆れられたけど。大変だったんだよ?流石に送られた釣書までは確認出来なかったから、君の行動を逐一僕の影に見張らせてさ。君とお見合いした奴の家には圧力をかけた。案外上手くいって良かったよ。口止めも上手くいったね」
………ん?本当に何を言ってるの?この人。しかし殿下の口は止まらない。
「でもさ、皆『釣書を送った手前、一応会うだけ会わせてくれ』って言うんだ。ダメに決まってるのに。でも皆、中々言う事を聞いてくれなくて……ちゃんと僕の言う通りにしてくれたのは、ロウ子爵だけだよ。でも、もう大丈夫。やっと君にプロポーズ出来る様になって嬉しいよ。結婚してくれるよね?」
結婚してくれるよね?くれますか?じゃなくてくれるよね?
何だろう……ちょっとイラっとする。
すると、兄が後ろから殿下の肩を掴んで
「お!おい!!どういう事だ!?プロポーズ?!」
肩を掴まれ殿下は兄の方に振り向くと、
「あぁ、そうだよ。ディレクは僕の義理の兄になるって事だな。よろしく頼むよ義兄さん!」
……待って。私、まだ何にも喋ってないんだけど。
「『義兄さん!』じゃないよ!誰がお前なんかに可愛い妹をやるか!王太子妃なんて苦労するだけだ!それならイーサンの方がマシだったさ!」
「馬鹿を言うな。僕はグリンダに苦労なんかさせやしないよ。ロウ子爵?あんな顔が良いだけの男の何処が良いんだよ。根暗で領地に閉じこもってばかりだぞ?お前何か?顔で妹の伴侶を選ぶのか?」
……殿下ったら、顔にコンプレックスでもあるのかしら?まぁ……顔だけなら、イーサン様の方が確かにイケメン。ただ陰キャっぽい前髪はいただけなかったけど。
「顔じゃないよ!」
「顔じゃないなら何なんだ?僕は王太子だよ?いずれは国王だ。この国のトップだよ?何の不満があるんだい?」
「不満だらけだよ!!いいか?今まで王族が侯爵位以上の令嬢しか娶れなかった理由を良く考えてみろ!圧倒的に教育が足りないからだ。伯爵と言ってもピンキリだ。うちは……普通ぐらいだが、それでも王太子妃……ましてや王妃になど、グリンダがなれるわけがないだろう!!」
……なれるわけがないと言われるのも、それはそれでムカつく。
「じゃあ何か?僕にグリンダを諦めろと言うのか?なんの為に今まで僕は努力してきたんだ?誰からも文句を言われない様に、学問だって、剣の腕だって人一倍努力してきたんだ!!
それもこれもグリンダと結婚する為さ。グリンダに苦手なものがあるなら、僕が全てをカバーする。議会にも文句を言わせない様に根回しだって怠らなかった!」
と一気にまくし立てた殿下はお兄様を睨む。
……一応、これって愛の告白なのかしら?
「あぁそうだ!諦めろ!グリンダは俺が一生守っていく!お前にはやらん!!」
お兄様『一生守っていく』って言った時の貴方の嫁の顔を見た?物凄く引きつっていたわよ?
彼女の心の声が今にも聞こえてきそうだわ。
『おいおいおい、何勝手な事言ってくれちゃってんのよ。行き遅れの小姑の面倒なんて誰がみると?』ってね。
私だってそんな事は百も承知。だから婚活頑張ってたんじゃない!!
「嫌だ!!諦めない!!」
「ダメだ!!俺は認めない!!」
二人は子どもの言い合いの様に少ない語彙で戦っている。
あ~~~もう!!
「う・る・さーーーーい!!!!!!!」
気がつくと、私は言い合う二人に向かって、そう叫んでいた。
クソッ、これでは近衛騎士の皆様に見初められる事が難しくなるじゃないか!!
いや、どうせ、この男に邪魔されるのがオチという事か。なら仕方ない。
二人は驚いた表情で私を見る。いや二人だけではない。参列者の皆が私に注目しているが、知ったこっちゃない。
「まず、殿下。先程からお話を聞いていて思ったのですが、私が尽く縁談が断られ上手くいかなかったのは、もしや全て殿下のせいですか?」
私の顔が怖いのか、声色が冷たすぎるせいなのかは定かではないが、殿下は蚊の鳴くような声で、
「……はい」
と答えた。さっきの威勢はどうした?!
「……なるほど。私が婚活に右往左往している様を見るのは滑稽でしたか?」
殿下はもう声すら出なくなったのか、顔をフルフルと横に振った。
婚活の意味はわからなくても、私が怒っている事は理解出来るらしい。
「しかし私としては、とってもとっても、傷つきましたの。何故私は結婚出来ないのか。もちろん自分に非があるのだとずっと思っておりましたが、それが全て殿下が原因?」
私が首を傾げると、殿下は顔が取れるのではないかという程、今度は首を縦に振った。
そして、
「だ、だって……」
「だってじゃありません!!!!」
私の声に殿下はビクッと肩を揺らすとまた押し黙った。
「次に……お兄様」
私は今度は兄に顔を向ける。
「は、はい!!!」
あら、お返事だけは元気の良いこと。
「私を守るだの、ずっと嫁がなければ良いだの申しておりましたが……お義姉様の気持ちは?
行き遅れがずっと屋敷にのさばる我が家に、嫁いでくるお義姉様の気持ちを考えた事がありまして?」
と言う私の言葉に、兄は振り向いて彼女の顔を見る。
彼女は曖昧に微笑んだだけだが、それが全てを物語っていた。
「お兄様がこれから守っていかなければならないのは、お義姉様と、未来のお子、そして領民達です。それを忘れてはなりません。それが一番重要なのです」
と言う私に兄は眉毛を下げた。
「グリンダ……」
と情けない声を出す兄に私は、
「お兄様の気持ちは大変嬉しく思っておりますが、気持ちだけ受け取っておきたいと思います」
と微笑んだ。
さてと。これからこの後始末、どうしましょうかね。
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