第2話

「やっと……着いたわね」


「着きましたね」

私達は目的地であるロウ子爵領に到着した。


「………長閑な所ね」


「本当に……緑豊かな所で」

私とリリーは微笑みながらそう言い合った。心の声は聞かないでおこう。


ここまで来るのに色々あった。本当に。王都から離れるにつれ、悪路が続き、身体はバキバキ。砂埃が酷くて、馬車の窓は曇って見えなくなっていた。



後で馬車を洗わせて貰わなきゃね。馬もクタクタな筈だ。

そんな事を考えながら、私はスカートの皺を伸ばし自分の身なりを整える。

本当なら湯浴みでもしたい気分だがグッと我慢だ。


私は口角を上げて笑顔を作る。最初が肝心だ。


リリーがドアノッカーを叩くと、屋敷の扉を開き中からロウ家の執事と思われる人物が顔を出した。


「私、グリンダ・チェスターと……」

と自己紹介を始めようと口を開いた途端、


「遠路遥々ご足労ただきましたのに……大変申し訳御座いませんが、イーサン様がお会い出来ないと……」

と執事は申し訳なさに体を小さくしながらも、はっきりと衝撃的事実を告げた。


「は?え?会えない?」

私はあまりの事に目を白黒させる。


「はい。本当に申し訳ありません!!」

と執事は深々と頭を下げた。


「ちょっ、ちょっとお待ち下さい!このロウ子爵領まで片道三日もかけて来たんですよ?!本人が顔も見せないとは!何たる失礼!!!」

リリーは怒り心頭で執事に食って掛かった。


「仰る通りでございます。ただこちらにも事情が御座いまして……」

と頭を下げっぱなしの執事に、


「チェスター伯爵家を馬鹿にして良い事情など、存在いたしませんよ!!」

とリリーが畳み掛ける。しかし、執事は頭を上げるつもりもないようで、


「どう言われようとこればかりは……。今回の縁談につきましては無かった事に……。本当に申し訳御座いません。重ねてお詫び申し上げます」

と苦しそうに告げるだけだった。


「そんな……!!」

とまた怒鳴りそうなリリーの腕を掴んで私は止めた。ここで粘っても、もうどうしようもない。


例え状況が変わってイーサン様に会えたとしても、断られるのがオチだ。


「……わかりました。ではここで失礼させていただきます」

と私が言うと、リリーは


「お嬢様!」

と驚いた様に私を見た。


「リリー、もう良いわ。帰りましょう」


「ですが……」


「いいのよ。御縁がなかったという事でしょう。では。イーサン様によろしくお伝え下さい」

と私は軽く執事に挨拶すると、馬車の方へと歩き始めた。リリーは慌ててその後を付いて来る。


ふと振り返り屋敷を見上げると、二階の窓に男性の姿が見えた様な気がした。

それはとても一瞬で、その人物が誰なのかは分からなかったが、私はまた前を向いて馬車へと歩き出す。


あぁ……またあの道のりを帰らなければならないのかと思うと、心が鉛を飲み込んだ様に、重たくなった。


「もう釣書も全く来なくなったよ………」


ロウ子爵からお詫びの書状が届いた時には流石に温和な父も声を荒げていたし、兄に至っては、剣を持ち出し、イーサン様の殺害を仄めかしていた。


二人の気持ちは有り難かったが、正直そっとしておいてくれと泣きそうになった。


今回は会っても貰えなかった。会って断られるのもショックたが、会って貰えないのはもっと辛かった。何なの?会う価値もないって事?


その上での今の父の台詞。

いや、薄々勘づいてはいた。もう身分なんて関係なく、手当たり次第にこちらから釣書を送るしかないのだろうか………。あぁ、チェスター伯爵家に泥を塗る行為として咎められてしまいそうだ。


……もう修道女として生きていこうか。それならば神に愛を捧げて生きていける。


いや、それより後妻はどうだろう。あ、でも前妻に子どもが居たらどうすれば良いのか。仲良くやっていけるだろうか。

あ、後妻を含め、縁談が全く来なくなっていたんだった。……じゃあ、どうすれば?

私はもう打つ手が無くなった事に気づいてしまった。これじゃあ前世と同じだ。



それから、何も出来ずに半年が経った。既に私は二十歳の誕生日を迎えた。前世なら若く美しく……花で言うなら咲き始めたばかりだろうが、現世では立派な売れ残りだ。


婚活では色々と傷ついていたが、もうあの日々が懐かしい。

自分磨きに勤しんで、美容にも手間暇かけていた。前世の知識をフル活用し、睡眠不足はお肌の敵と早寝早起きを心がけ、水だって毎日二リットルは飲んでいた。

しかし、今の私は抜け殻だ。もう何もする気が起きない。



「グリンダ……最近なんだか……顔色が悪くない?」

母が心配そうに私に尋ねる。


「そうですか?あぁ……ビタミン不足ですかね。いや……それとも寝不足のせいかしら?美白パックも辞めてしまったし……」

と私がブツブツ言っていると、


「貴女の言っている事の大半は意味が分からなかったけれど、色々と私にも肌が綺麗になる方法を教えてくれていたでしょう?お母様、あなたのヘンテコな美容法のお陰で、お茶会で皆に『お肌綺麗ですね』って褒められいるのよ?そんな貴女がこんなに肌がカサカサになって……」

と母は寂しそうに私の頬を撫でた。


「何だか……何をしても虚しくなってしまって」


「グリンダ、貴女、自分の為に綺麗になろうとは思わない?全て殿方の為なんて勿体ないわ。女はね、女に舐められない為に綺麗になるのよ?おしゃれもそう。結局はお茶会や夜会で『素敵』ってご婦人方から言われる方が気持ち良いの」

と母は私に微笑んだ。


確かに……。前世でも男受けの良い服と流行りの服は違うものだった。

流行りの服や自分の好きな服を着るのは、結局女友達に『それ、似合うね!』とか『それ可愛い!』とか言われたいという欲求を満たしたり、自分が満足する為だった様に思う。


「お母様……。確かに言われてみればそうですね」

と私も微笑み返す。


「その意気よ。来週はディレクの結婚式なんだから、綺麗に着飾りましょうね」

と言う母の言葉にハッとする。


そうだった………来週は兄の結婚式だった………すっかり忘れていた。

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