ポケットの中のプレゼント

平中なごん

ポケットの中のプレゼント(※一話完結)

 吸い込むと肺が凍てつくような、冷たい空気に満たされた冬のある寒い日、人気ひとけのない夜の公園のベンチで俺は彼女が来るのをじっと待っていた……。


 彼女は、このプレゼントを喜んでくれるだろうか?


 俺はコートのポケットに右手をさし入れると、彼女のために用意したプレゼントをぎゅっと握りしめる。


 やはり、二人の運命を左右する一大事に緊張は隠せないみたいである。


 ある一大決心をした俺は、今日、このプレゼントを渡すために、告白をした思い出のこの公園へと彼女を呼び出したのだ。


「お待たせ〜! ごめん、待った? ちょっと用事ができちゃってさ」


 やがて、約束の時間を少し遅れてから彼女が小走りにやって来る。まあ、時間にルーズなのはいつものことだ。


「いや、今来たとこだよ。こっちこそ急に呼び出してすまなかったね」


 俺はそう言うと、微笑みを浮かべて冷たいベンチから腰をあげる。


「そういえば、ここって初めてのデートで告白してくれた公園だよね? 懐かしいなあ……」


 俺の方へ歩み寄りながら、彼女は誰もいない公園内をぐるっと見回し、感慨深げにそう呟く。


「憶えててくれたんだね? 嬉しいよ」


「もちろんだよ。わたし達にとって大切な場所だもん……それで、大事な話って何?」


 俺の言葉に笑みを浮かべてそう返すと、彼女も幾分緊張しているような様子で、何かを期待しているかの如く上目遣いに尋ねてくる。


 たぶん、大丈夫だとは思うけど、このサプライズ、気づいかれていなければ良いのだが……。


「じつは、プレゼントしたいものがあるんだ。ちょっと目を瞑っててくれる?」


 俺も彼女の前へ歩み寄ると悪戯っぽい笑顔を作り、そう頼みごとをするかのように彼女へ語りかけた。


「え! プレゼント! なになに!?」


 その言葉に彼女はパッと顔色を明るくすると、子供みたいに無邪気にはしゃいでみせる。


 きっと、こういう天真爛漫なところが男心を虜にするのだろう。


「ダメだよ、目を瞑っててくれなきゃプレゼントあげないよ? ほら、早く目を瞑って」


 そんな彼女に優しく微笑みかけながら、俺はもう一度、目を瞑るよう厳しく指示を与える。


「ええ〜…気になるなあ……わかったよ。はい! 目、瞑ったよ?」


 再び言われて彼女はようやく目を瞑り、まるでキスを待っているかのように背の高い俺の方へ少し上げた顔を向ける。


 そんな彼女の姿に改めて覚悟を決めると、俺はポケットの中から用意したものを取り出し、折りたたまれていたそれをカチャリ…と開く。


「これが俺の気持ちだ。しっかりと受け止めてくれ……」


 そして、目を瞑っている彼女の胸の前へと、そう言ってそれを躊躇いなく突き出した。


「うぐっ…!」


 次の瞬間、カッと目を見開いた彼女は、口から奇妙な声とともに真っ赤な鮮血を吐き出す。


「ひっ……」


 そして、胸元の痛みに視線を下ろした彼女は、そこに突き立てられた俺のプレゼント──一本の折りたたみナイフを目にして息を飲み込んだ。


「…な……なんで……」


 顔面蒼白に、自らの胸より生えた黒いナイフの柄を見つめ、血の滴る真っ赤な口から掠れた声を彼女は発する。


「なんで? それは自分の痛む胸に訊いてごらんよ? 君の裏切り行為を俺が知らないとでも思ってるのかい? 君が二股どころか、何股もかけて男遊びしていたことはお見通しさ」


 苦痛に歪む顔に驚きの表情をも浮かべて尋ねる彼女に、俺はその許し難き罪を親切にも教え諭してやる。


「思い出の公園に呼び出されて、今度はプロポーズの指輪でもプレゼントされると期待してたかい? 冗談。俺との結婚願望はあっても、それがただの金目当てなのもバレバレだよ。お望みのプレゼントじゃなくて残念だったな」


「……ひ……ひどい……コホ…ゴホッ……」


 続けて浅はかなその目論見も暴露してやると、激痛のためか? それとも悔しさからのものなのか? 潤んだ瞳から涙を流し、彼女は咳き込みながら俺の所業を批判する。


「ひどい? ひどいのは君の方だろ? これまで、どれほどたくさんの純真な男心を弄んできたことか……なのに苦しまないよう、心臓を一突きで殺してあげるんだ。むしろ俺は優しい部類の人間だと思うんだけどね」


 理不尽なその批判に反論しつつ、俺は再び彼女の方へ手を伸ばすと、刺さったままになっているナイフの柄をもう一度、強く握りしめる。


「安心していいよ? 出血性ショックですぐに楽になるから。それじゃあ、これで永久にさようならだ……」


 そして、別れの言葉とともに思いっきりそれを引き抜くと、胸から鮮血を噴き上げながら、彼女は白眼を剥いて後方へと倒れ伏した。


「お気に召さなかったようなんでプレゼントは返してもらうよ? さすがに指紋の付いた凶器を残してはいけないからね」


 凍てつく地面に倒れ伏し、ピクリとも動かない彼女を見下ろしながら、俺は追伸を彼女だったもの・・・・・・・・へと送る。


「さようなら、俺の恋……さて、失恋から立ち直るためにも新しい恋を見つけなきゃな……」


 続けて、こんな結末を迎えてしまったとはいえ、楽しい思い出ばかりが甦るこの恋に決別宣言をすると、元カノの血の付いた折りたたみナイフをポケットへ戻し、思い出の公園を独り静かに後にした……。


           (ポケットの中のプレゼント 了)

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