第42話 葵のことを考えてたせいで、リンが余計に積極的になっちゃった件
今日の朝、校門の前という大勢の生徒がいる場所で、いきなりリンに強烈なビンタをかました葵。
リンはその場では冷静に対応していたけど、教室に入った後、自分の机で頬杖をつきながら目を細めてじっと僕のことを見続けていた。
やっぱり、葵と手を繋いだところを目の当たりにして、傷ついちゃったかな……?
でも、それってあくまでリンが僕のことを本当に好きだったバージョンの話だよね。なら、リンがとっているこの態度の原因は、現時点では不明なわけで。
なので、休み時間になったとき、葵が教室を出て行ったタイミングを見計らって、僕はリンにこう問いかけた。
「……えっと。な、何?」
「はぁ? 『何』じゃないでしょ。ちゃんと説明しなさいよ」
「え、どういう──」
「どうして葵と手を繋いだの?」
絶対に逃さない、という強い意志を感じる問い詰め方だ。
どうやらめちゃくちゃ怒ってる。
でも、これについては僕も反論できる材料があった。
「え、えーと……。君と手を繋いだときにも確認したけど、手を繋ぐってのは、別に恋人同士じゃないとしちゃいけないことではないので。確かに葵から手を繋ごうって言ってはきたんだけどね、特段、跳ねつける必要もないのかな、って」
うっ、と呻き声をあげて目を泳がせるリン。
自分が手を繋ぐときも同じ理屈で押し通しただけに、これは反論できないだろう……と僕が考えていると。
「せめて、恋人に
「えっ!? 話が変わって──」
「変わってないです! 『手を繋ぐのは恋人同士じゃなくてもするもの』ってのは、確かにその通りです! でも、いい歳をした男女がすると、触り方とかやっぱりちょっとだけエッチな感じもあるし、せめて恋人同士になろうとしている二人じゃないと倫理的にダメだと思うんです!」
開いた口が塞がらない。めちゃくちゃ強引な屁理屈だ。
「恋人同士になろうとしてんの?」
「そっ、そうだよ! だって私、ずっと夕真のこと落とそうとしてるでしょ!」
「それは、ほんとの恋人同士になる場合の話だろ」
つい口を突いて出た言葉にハッとする。
そんなこと言うつもりはなかったのに、リンが屁理屈ばっかり捏ねるから……。
「……嫌なの! 夕真と葵が手を繋ぐの、いやっ!」
下唇を噛み、手をぎゅっと握り締め、涙ぐんで必死に抗議するリン。
きっと、あと一言でも追撃すれば泣いてしまうだろう。
くそ。今のは、僕が悪いのか……?
……だって。そんなこと言ったって。
前の席にいる、下世話な話が大好きな女子たちが耳をダンボにしているのがわかる。
ということで、僕は「もう二度と葵と手を繋がない」とリンに約束させられてしまった。
なんか納得はいかなかったが、リンを泣かせたくなかった僕は、黙ってリンの要望を聞き入れたのだが。
ただ、今日の朝、僕とリンの首にあるキスマークを見た葵も、今にも泣き出しそうな顔をしていたんだ。僕はそれが一日中ずっと頭に焼き付いて離れず、学校が終わるまでの間、心ここに在らずの状態だったと思う。
それは、リンと一緒に下校する時間になっても続いていた。
あのとき、途中までは、葵がまるで当てつけるような態度でリンを挑発していたのだ。間違いなく、リンの首筋にあるキスマークを目撃した瞬間、葵の顔から余裕の色が消し飛んだ。
なぜ、葵がリンにあんなことをしたのか。
その答えを導き出すためには、やはり、葵と手を繋いだときに止まった思考の続きを進めるべきなのだろう。
しかし、もう既に考える必要などないのかもしれなかった。リンとの付き合いをしてきた僕だから、多少は女の子の態度や合図もなんとなくはわかるようになった。
そうして導き出された結論が正しいかどうかなんて、もちろん確証などないので、あくまで可能性の一つ……というレベルではあるが。
もしかして、葵は────…………
「ねえ」
「え?」
リンが、僕の顔を覗き込んでいた。
下校途上、二人で歩いている最中に考え事をしてしまった僕は、リンによってその思考を中断させられる。
「そんなに真剣な顔をして、何を考えてるの?」
「ん、何も考えてないよ」
「嘘。授業中だって、私が夕真を見てもこっち向いてくれなかったし。ずっとボーッとして、空を見てるし。今だって……」
「今? ちゃんと君の問いに答えたじゃんか」
「……ほら。気づいてない。もう三回目だよ、呼びかけたの」
……マジで? 全然聞こえていなかった。
「それが嘘だよね? 僕を引っ掛けようとして」
「…………」
リンは、うつむいて黙る。
しまった。本気で気にしてる。こういう時って、何気なくつい言っちゃった言葉が結構やばいことになるのかもなぁ……。
まだまだ判断が甘い。
「ごめん。そんなつもりじゃなくて」
「……じゃあ、どんなつもり?」
「えっと。その、君を傷つけようとしたんじゃなくて。あの……」
「うん。それはわかってる」
言葉数が少なめだ。雰囲気も暗い。
どうしよう。
「夕真。葵のこと、気にしてる?」
「…………」
リンに嘘は通じない。どうせ、だいたいのことは見抜かれているのだ。
「うん……あんな葵の態度、初めて見たから」
リンは、僕に抱きついた。
「今日、まだ抱きついてなかった」
「うん。そうだね」
僕もリンをそっと抱きしめた。
僕は、今、リンが自ら課したノルマにきちんと応えるようにしている。リンのこんな態度は僕を落とすためだけの演技かもしれないが、演技でない可能性が一ミリでも残されている以上、演技でない場合に備えて対応してあげたいと思うようになってしまったからだ。
というか、正直に白状すると完全にあのキスのせいだ。
「キスはしたのに抱き合うのを拒むなんて意味がわからない」とか思ってしまうわけで。
そろそろはっきり確認しても良いのかもしれない。
君って、本当は僕のこと好きだよね? って。
まさに自信過剰男のセリフ。
何度自分自身に言い聞かせてきたかわからないが、最初に取り決めた通り、これはゲームなのだ。リンが僕を落とすという、勝負。何をどう考えようが、その事実は変わらない。
悲しそうな態度も、嬉しそうな表情も、全部ひっくるめて勝負。
そのはずだったのになぁ……。
真正面から僕に抱きついていたリンは、僕の頭の真横にあった自分の顔を、少し後ろへ下げる。
僕の顔と、リンの顔は、ゼロ距離になる。目と目を合わせてから始まった二度目のキスは、リンからだった。
通学路。他に人も歩いているのに、僕の首の後ろに両手を回して長期実施体勢に入る。軽いやつで終わらすつもりが全くない構えだ。
こんなことを言う僕も、リンが手を回してきた瞬間にリンを抱きしめている。もう条件反射のように。これもリンの調教の成果なのだろうか。
「今日は……私が夕真の家へ送る約束だから、もう少ししたらお別れだね。明日さ、土曜日でしょ? お出かけしようよ」
「いいよ! 休日のお出かけって、初めてだね」
「そうだね! なんか自分で言っててワクワクしてきた! 私ね、行きたいところがあるんだ!」
「へぇ、そうなんだ。どこ?」
「ビークルシティって言ってね。空中に浮かんでるテーマパークだよ。空に浮かぶ巨大なショッピングモールの上に、遊園地とかが建てられてる、すっごい広い遊び場かな。ワープシステムで行くから入場料はちょっとお高いんだけどね」
聞いた瞬間、僕はドキッとした。
まあ……被ることなんてないよね? いつ行くかなんて、人それぞれ、事情いろいろなんだから。
それに、そもそも晴翔の奴が、葵とのデートプランを本当に僕のアドバイス通りにする訳がないし。あれは単なる当てつけで聞いてきただけなんだろうから。
「いいね! 僕もちょっとは知ってるよ、ビークルシティのことは。じゃあ、そこにしようか」
「地上にあるワープシステムは朝の九時半開場なんだ。開場に合わせて並ぶなら、九時に駅集合にしようよ。ビークルシティへのワープシステムがあるのは、二つ隣の駅なんだ」
こんな約束をして、僕らは五号棟の前へ。
お別れの時間がくる。リンは僕の手を握った。
じっと目を見つめて、僕のことを抱き寄せる。僕らは、また長い時間、キスをした。
あまりにも名残惜しくて、キスをやめるタイミングを作りたくない。きっと、それはリンも同じだったと思う。
やがてリンは僕の唇から自分の唇を離し、僕の鼻頭とほっぺにチョンチョンと愛でるようにキスをした。
「……明日、ビークルシティから帰ってきたらさ。私の家、泊まりに来ない?」
ドクン、と鼓動が鳴る。
なにも考えられなかったが、なにも考えずとも回答は自然と口から出ていた。
「うん」
目を見つめながら小さく頷く。
堪らなく嬉しそうな顔をしたリンと、僕はまたキスをした。
◾️ ◾️ ◾️
日が落ちて、窓の外が暗く見える。相変わらず家族と話などしたくない僕は、自室にこもっていた。
だけど、今日はなんとなく落ち着かない。
明日、もしかすると童貞を捨てることになるかもしれないのだ。
えっと。これって、落ちてるとか落ちてないとか、考える必要あるかな?
セックスをしたけど落ちてない、ってあり得る? いや、もしあり得るなら結構サイテー野郎ってことにならんか??
とりあえず、今の所、僕は落ちてるとは明言していないわけだけど。
リンも、最近は「落ちてるよね?」って聞いてこない。
まさかとは思うけど、勝負のこと、頭から飛んでないよね?
それとも、僕を落とすための決定的な一撃として、お泊まりを考えているのだろうか。
僕は、混乱に満ちたこの意味不明な状況に、ふと笑いが漏れる。
あーあ。こんなことになるなんて、最初は思いもしなかった。
なんか、今日は夜空が見たいな。
今までみたいにストレスをなんとかしたいからじゃなくて。
自分がこの世に生まれ落ちてから、まるで初めてこの世界に受け入れてもらえたかのようなこの気持ちを、夜空の下で感じたいんだ。
僕は、家を出て一階へと降りた。
いつもの公園のベンチに座り、背もたれに上半身を預けて真上を見る。
街灯の影響もあるけど、相変わらずこんな街中では星なんて見えない。
けど、ベンチから真正面を向けば、小さい頃から見続けたフォーマルハウトが輝きを放つ。
今日の一等星は、今までで一番の美しさに思えた。
格別の存在感を誇る一等星に目を奪われていてわからなかったけど、すぐ横に人の気配があるのに気づいて僕はビクッとした。
「よ」
いつものような元気はない。
小さな声で呟かれる聞き慣れた挨拶は、葵だった。
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