婚約解消はできません、わたくしの選んだあなたですから
uribou
第1話
婚約者フローレンスとのお茶会で。
いつも和む笑顔だけれど、このままじゃいけない。
思い切って切り出してみた。
「ねえ、フローレンス。僕との婚約を解消してくれないかな?」
「まあ、何故ですの?」
何故って、君と僕とでは住むところが違い過ぎるからだよ。
どうしてウィズモリスン公爵家のお姫様が、貧乏男爵家の嫡男である僕の婚約者なんてことになってるの?
ころころと笑うフローレンス。
「ベンったら、おかしなことを言うのですから」
「おかしくはないんじゃないかな?」
「では、わたくしのことを嫌になったわけではないのですね?」
「もちろんだよ。身分を抜きにしてもフローレンスは可愛いし賢いし、僕にはもったいなさ過ぎる」
「まあ、ありがとう存じます。わたくしはベンがとても強く頼もしく思えますのよ」
「身体だけはデカいからね」
貴族学院の同学年で一番デカいね。
腕っ節だけは自信あるよ。
それだけが取り柄と言うか、だから怖がられることが多いというか。
怖がられるのは顔が厳ついせいかな?
令嬢には全然縁がなかったのに、いきなり最高オブ最高が婚約者ってどういうこと?
「それにベンは真面目でしょう?」
「不真面目ではない、かな。うん」
「最高ではないですか」
「ええっ?」
最高のハードル低くない?
フローレンスの基準はどうなってるんだろう?
フローレンスの実家ウィズモリスン公爵家は、アストラリシア王国一の大貴族だ。
王家に次ぐ大領地を有していて、代々の当主は公職に就いていないけれども影響力が大きい。
うちゴダード家なんて木っ端男爵だからね?
同じ貴族でございって顔しているのが恥ずかしいくらい。
ウィズモリスン公爵家とは国の反対側の辺境が領地だから、特に婚姻で結ばれるメリットなんかないと思う。
おまけにフローレンス自身がいつも花が咲いたような美貌の持ち主。
学院でも去年首席だったほど優秀だし。
第一王子殿下や第二王子殿下から婚約の要請があったんでしょ?
外国からも縁談が来てるって噂だよ?
「ベンは信頼できますからね」
「そう言ってもらえるのは嬉しいけれども」
フローレンスみたいな美女が婚約者でかつ頼られるなんて、嬉しいに決まっているけれども。
でも……。
「僕はゴダード男爵家を継ぐことになる」
「はい」
「フローレンスみたいな姫様が男爵夫人なんて、可能性を潰してしまう気がするんだ」
「まあ、ベンったら本当におかしな心配をしているんですから」
「おかしくないんだよ。公爵と男爵では全然生活レベルが違うからね?」
「存じておりますわ」
「えっ?」
「ウィズモリスン家の女は身分関係なく、自分の選んだところへ嫁ぎますからね。話はよく聞きますのよ」
うん、フローレンスが僕を選んだと聞いた。
公爵家に頼まれれば木っ端男爵家が断わることなんかできないわけで。
だからフローレンスの方から婚約解消してくれればいいのになあと思ったんだけど。
「……自分の選んだところへ嫁ぐとは聞いた。身分関係なくというのは知らなかったけど」
「そうでしたの? 平民の商家に嫁いだ伯母もおりますのよ」
変わらない笑顔だなあ。
本当に僕に嫁ぐ覚悟ができているんだな?
冗談でも何でもなく。
「……わかった。なら僕も覚悟を決めよう。生涯をかけてフローレンス、君を愛す。改めて誓おう」
「まあ素敵。わたくしもベンが大好きですわ」
◇
――――――――――フローレンス視点。
あらあら、ベンがついに婚約解消を切り出してきましたわ。
婚約成立後、ずっと難しい顔をしていましたからね。
ベンみたいな生真面目な人には、状況を理解しがたい婚約だったかもしれません。
ベンは知らなかったようですけれども、ウィズモリスン公爵家の女が嫁いだ先は栄えると言われているんです。
幸運のマスコットのような扱いをされていますが、ちょっと違うと思います。
長じて初めて理解できました。
ウィズモリスン公爵家では、優秀な子を輩出する土壌ができているのです。
優秀な家庭教師の伝手がある、のは高位貴族なら当然だと思います。
子供の教育に何より手をかけるのもウィズモリスン公爵家の伝統です。
だから公職に就かず、また領政よりも教育を重視するのです。
領政は優秀な者に任せることができても、教育はそうはいかないという家訓からです。
また他家に嫁いだ者が時折本家のお茶会に参加するというのも、ウィズモリスン公爵家の伝統です。
そして情報を伝えていきます。
生々しい本音の情報は、高位貴族との上辺の付き合いばかりでは得られないですから。
ウィズモリスン公爵家の子供はそのお茶会に強制参加です。
そりゃあマナーも情報の取捨選択も鍛えられますよ。
優秀な娘が実力を発揮すれば、嫁ぎ先の家が栄えるのも当然なのです。
もう一つ、ウィズモリスン家の女は身分関係なく、自分の選んだところへ嫁ぐということも、その家が栄える理由でしょう。
自分の好きなところに嫁ぐことができるのですよ?
嫁がされるのとはモチべーションが違いますから。
えっ? 問題のある者に嫁ぐ可能性はないのかって?
ないです。
幼い頃から嫌というほどパートナーを見る目を鍛え上げられ、また情報もありますからね。
……ベンの言う通り、わたくしに第一王子殿下や第二王子殿下、また外国の王族から婚約の打診が来ていたのは事実です。
ただウィズモリスン公爵家には発展のための独自のノウハウがあります。
それは婿に行った者、嫁に行った者と接触を保ち、情報を得るとともに緩やかな連合を形成すること。
王族や高位貴族とダイレクトに婚姻することは損だと考えているのです。
何故か?
一つに、相手の身分が高いほどウィズモリスン公爵家の影響力は小さくなってしまうことがあります。
恩を押しつけてこそ有利にことが運べるという理屈ですね。
二つ目に相手の勢力争いに巻き込まれてしまうこと。
わたくしの場合、第一王子殿下と第二王子殿下両方から縁談が来たのが典型的な例ですね。
次期王位を目指す両者の争いに首を突っ込むのは愚かですから。
もちろん王族や高位貴族と付き合いを持たないわけではありません。
愛憎渦巻くどろりとした関係に深入りするのは、ウィズモリスン公爵家のやり方ではないというだけです。
『フローレンス。選ぶなら誠実な殿方ですよ』
本当に耳にタコができるのかは存じませんが、飽きるほど聞かされ、頭に染み付いた言葉です。
いくら優秀であってもお顔が凛々しくても、誠実でない殿方は眼中にありませんでした。
ベン・ゴダード男爵令息。
彼がいいです。
学年一の大男で、学院剣術大会の入賞者。
まともに戦ったら多分学院最強だと思います。
ベンより順位が上なのは伯爵以上の令息ですから、勝ちを譲ったのでしょう。
そういう気の遣い方ができるのは好ましいです。
我がウィズモリスン公爵家も争いは嫌いですからね。
公爵家の娘に生まれてよかったなあと思うのは、大体どこに婚約を申し込んでも断わられないということです。
つまり選択肢が多い。
ベンとの婚約が成立しました。
ゴダード男爵家領のある国の反対側は、得られる情報の少ないところでしたので、お父様にも喜ばれる婚約となりました。
婚約後初めて気付いたことですが、ベンが近くにいると嫌らしい視線に晒されなくなりました。
ベンは迫力がありますものね。
同時にいかにわたくしが狙われていたかも知り、今更ながらに背筋がぶるっとしました。
でもそれでいてベンの物腰は柔らかいのです。
わたくしの紹介でベンと初めて話したという友人方が驚いていました。
見た目が怖いせいでしょう。
ああ、ガーディアンみたいで素敵ですわ。
『わたくし、ベン・ゴダード男爵令息が好きなのです』
お茶会で相談してみました。
冷静な判断が下せなくなっているのではないでしょうか?
間違った選択はわたくしにも家にも悪影響がありそうです。
『愛こそが原動力ですよ』
『そうです。愛こそがフローレンスの能力を存分に発揮させるのです』
愛がやる気を生むという理屈ですね。
嬉しい後押しです。
もうわたくしは、ベンが何を言おうと迷いません。
この婚約は、わたくしの選択は間違ってなどいないのです。
ともに前に進もうではありませんか。
「……わかった。なら僕も覚悟を決めよう。生涯をかけてフローレンス、君を愛す。改めて誓おう」
「まあ素敵。わたくしもベンが大好きですわ」
あら、ベンは『愛す』と行動を示してくださったのに、わたくしは『大好き』という本音の感情が出てしまいましたわ。
まあいいですわ。
ぎゅっと抱きしめられる、その力強さが素敵。
婚約解消はできません、わたくしの選んだあなたですから uribou @asobigokoro
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。