占いと人間の邪悪な一面

マスク3枚重ね

人間の邪悪な一面

私はどこにでもいる占い師だ。タロットや手相を見て人の未来や過去なんかを占う。正直な話し、未来や過去が本当に見える訳ではない。お客さんのニーズに合わせ、楽しませる1つのエンタメである。要するに占い師としては二流もいい所だ。


「お姉さん達。旅の記念に占って行かないかい?」


「え?何で私達が旅行に来てるの分かったんですか?」


簡単な事だ。オシャレな服装に女3人組、周りをキョロキョロしながら地図アプリを見ている。旅行者だと誰でも分かる。


「そりゃわかるさ。占い師だからね。君達が今、旅館から温泉に向かっていることも分かるよ」


3人組がきゃあきゃあ言い出す。「おばさん凄いね!」「占って占って!」と席に着く。歩道橋のすぐ横にテーブルを広げ、小さな看板に占いと書かれたものが申し訳程度に立てかけられている。こうしてしがなくやっている私は神崎 京子(かんざき きょうこ)まだピチピチの34歳だ。断じておばさんではないと心の中で小娘達を罵る。確かに貫禄を出す為に、老け化粧をしてはいるが全然この小娘達におばさんと言われる筋合いは無いと京子は思うがこれも仕事である。


「タロットと手相を見れるがどうするかい?」


「タロットで!」


「私は手相を見てもらいたい!」


「私は…タロットでお願いします」


今の1連のやり取りだけで彼女達の関係性が直ぐに分かる。最初にタロットと声を上げた女が3人組の中で1番発言力があり、2番目が1番目の腰巾着、3番目はこの旅に乗り気ではない。それから温泉に行こうとした事は3人の手荷物を見れば一目瞭然だ。早速タロットカードを並べ適当に開かせる。カードはどんなカードを引こうが関係ない。ただ理由付けをするだけなのだ。


「おや…君達は会社での友人だね」


「そうそう!凄い」


「この旅の目的は日頃の疲れを温泉で癒す為…」


3人が大きく頷いている。会社に対して大きなストレスを感じている様だ。会社が同じだと分かるのは3人の距離感で分かる。小、中学生の同級生の場合、もっと距離は近い。高校、大学だともう少しだけ遠くなり、会社の人間だと更にパーソナルスペースは広くなる。この3人にはその傾向が出ていた。


「会社では3人共大変みたいだね…」


「そうなの!そうなの!上司のパワハラが酷くて!」


3人が色々喋り出す。上司のパワハラ、無能な後輩、彼氏が出来ないなどなど…これだけ聞ければ3人の事は大抵分かる。


「大丈夫だよ。このカードが貴女の上司はパワハラで訴えられて、クビになるとでている…後輩はきっと直ぐに仕事が出来るようになり、それに彼氏ならこの旅でいい出会いがあるはずさ…」


ボス女がきゃーきゃー言いながら喜び散らかす。京子は内心で動物園の猿のようだと思う。今言ったことは大抵がデタラメだが、何の問題もない。後の2人目の腰巾着は微妙な風な結果を伝え、3人目の娘には悪い事が起こると伝えてお終いだ。それだけでこの3人は良い。3人目の娘を心配してる風のボス猿とそれに合わせる腰巾着。これでこの3人の旅は上手くいく。京子は最後に向かっているはずの某温泉の場所を教えて3人を送り出す。


「何処の温泉に向かってるかまで分かったよ、あのおばさん!マジで当たるんじゃないの!?彼氏出来ちゃう!?」


ボス猿がキャハハと声高らかに笑って2人を引き連れ行ってしまう。京子はため息を付き3人の背中を横目で見送る。あの3人に言った中で当たるはずの占いは2つある。まず、ボス猿に彼氏が出来ること、そして3人目の娘に不幸がある事。いや違う。ボス猿には既に彼氏が居る。彼氏が欲しいと騒ぐボス猿はチラチラと3人目の娘を見ていた。恐らく3人目の彼氏と浮気しているのだろう。ボス猿からは何かと3人目の娘に対して愉悦感の様な物が見えていた。3人目は恋愛の話で彼氏が冷たい等の話をしていた。その度にボス猿の歪んだ目が3人目の事を見ていたのだ。ここまで露骨だと占いもへったくれもないと京子は思う。


「あの娘、可哀想だな…」


空は暗くなり、寒くなってきた。京子はブルりと身体を震わせ店じまいを始める。明日はどうやら早起きをしなくてはならなそうだからだ。


次の日、高速バスの発着場で京子は待っていると、あの3人組の女達がやってくる。3人はバス停前にキャリーケースを残して3番目の娘に荷物を任せ2人は行ってしまう。トイレか何かだろう。京子は3番目の子に話しかける。


「こんにちは。昨日はどうも」


「え…?昨日の占い師さん?何か随分若くなった様な…」


「老け化粧だよ。若いより歳とってた方がお客さんが多いんだ」


娘が「そうなんですか」と笑う。


「昨日の占いなんだけど…お前に言ってないことがある」


娘は小首を傾げその先を待つ。京子は口を開く。


「お前の彼氏な…ボス猿…じゃなかった。最初に占った女と浮気してるぞ…?」


娘が凍りつき涙が頬を伝いダムが決壊した様に泣き出してしまう。焦った京子は彼女の荷物だけ持ち、残りの荷物を残して娘を連れていく。近くにあったファミレスに2人で入り訝しげな店員を無視して席に着く。


「その様子だと分かってたみたいだな…」


「何となく…そうなんじゃないかなと…思ってました…」


話を聞くと彼女の彼氏は同じ会社の同僚で3年前から付き合っていたらしい。だが先々月の会社の飲み会で私が泥酔した後に彼氏が先に帰ってしまったそうだ。その場には例のボス猿も居なくなっていたらしい。その時は浮気など思いもしなかったそうだがそれ以来、彼氏は冷たくなりボス猿が妙に優しくなったらしい。今までご飯に誘われた事すらなかったのに今では旅行まで誘われる様になったのだ。


「そうか…」


「私…どうしたら…良いんでしょうか…?」


娘が目をハンカチで抑えながらこちらに視線を向けてくる。


「私は人のオーラを見る事が出来るんだ。お前は黒いオーラを放っている。それは死相ってやつだ」


娘は更に涙を流し項垂れる。


「私…同僚に彼氏取られた挙句に死んじゃうの…うっ…うっ…」


「このままだとそうなるな…だがそれは理不尽だと思わないか?」


京子は1つため息を吐き続ける。


「私の本業は占い師じゃない。呪詛師だ…」


「呪詛…?」


「ああ、呪いをかける仕事だ。お前の死相を彼氏とボス猿に返してやるよ」


娘は涙を流しながらよく分からないと言うような顔をする。


「人は悪意を他人に向けるとそれは呪詛になる。その黒いオーラはお前の彼氏とボス猿の呪詛だ。お前の純真無垢なオーラではあの穢れたボス猿のオーラと彼氏のオーラはお前を殺す程の毒なんだ」


娘が口を閉じたまま黙り込む。


「直ぐに答えは出ないだろう。まずは彼氏と話してみろ。だがあまり時間もないぞ?」


京子は娘に名刺を渡す。そこには電話番号と呪詛師 神崎 京子と書かれている。娘が名刺を受け取る。


「あと、ボス猿にはまだ気取られるな…?バレたらお前は死ぬぞ」


娘は震えながら頷く。髪の毛を数本貰い、それから娘はファミレスを出て行く。バス停で2人に合流するのが窓から見えた。声は全く聞こえないが2人は荷物を放置した事を責めている様に見えた。


それから2日が経ち京子の携帯に知らない番号から電話が入る。直ぐにあの娘からの電話だと分かる。


「もしもし?」


「神崎さんのお電話でしょうか…?」


「時間が無いって言っただろう。ヤバそうか?」


電話の向こうで息を飲むのが聞こえる。電話口からドス黒いオーラが垂れ流れている。どうやらボス猿に知られたらしい。知ったボス猿は更なる呪詛を彼女に送ったのだろう。このままではあの娘は自殺か不慮の事故に遭い死ぬ。


「彼氏に浮気してるか尋ねたら、殴られて…それから…」


「彼氏がボス猿に話したんだろ?」


「はい…」


「いいか?よく聞け。もうお前に残された時間はない。片足を死の淵に掛けているようなもんだ。今決めろ」


娘は少し時間を空けてから答える。


「その…お願いします…」


「わかった。一応、私も商売だ。成功報酬は後で貰うからな?」


「分かりました…私はどうすれば?」


「家に居るなら外に出るな。それから塩水でうがいをしろ」


「それだけですか?」


「それだけだ」


京子が電話を切ると急いで店仕舞いを始める。直ぐに家に帰り、白い巫女服に着替える。


「やれやれ、ギリギリだな…全く」


ファミレスで彼女から貰った数本の髪の毛を折った和紙から取り出す。するとドス黒いオーラが髪の毛から泥のように溢れ出す。それは狂ったように蠢き、おぞましい虫のようにも見える。


「たっく!気持ち悪いな。あのボス猿どんだけ嫉妬深いだ」


筆を取り出し墨で和紙に丸を書く。それから唱える。


「天切る 地切る 八方切る 天に八違ひ 地に十の文字 秘音も一から十を吹きて放つ さんびらり」


するとドス黒いそれは丸の中へと吸い込まれていくように入っていく。あっという間に消え去り和紙と髪の毛だけが残される。


「はい終わり。いい仕事したな!今日はいいもの食うぞ!」


京子は巫女服を脱ぎいつもの格好に着替え、スーパーの特売の肉を買いに出かける。その道中で電話をかけ娘に終わったと伝える。その日のすき焼きはとても美味かった。


後日、電話で聞いた話では元彼は交通事故で死にはしなかったが日常生活が出来ないほどの大怪我し、同僚のボス猿はその事故の際に亡くなったそうだ。娘は複雑な心境だと述べたが京子は言い放つ。


「お前に送った呪詛をそのまま返しただけだから気にするな!人を呪わば穴二つって言うだろ?」


「そうですかね…」


「あと少しでお前はその2人より酷い目に遭ったんだぞ?何せ2人分だからな?」


「2人分ですか…?」


「元彼は大怪我するだけの呪詛を…ボス猿はお前が死ぬ程の呪詛を送ってたんだ。それらが一気にお前に降り掛かってたらどうなると思う?」


電話向こうで身震いするのが伝わってくる。


「これで良かったんだよ。お前みたいな善人は清き正しく生きていけばいいんだ」


京子は和紙の上に乗る彼女の髪の毛のオーラを見る。白く優しく放つそれは何処までも純真で綺麗だった。


「お金はどれくらい入金すれば良いでしょうか?」


娘に尋ねられ京子はニヤリと笑い答える。


「貴女のお気持ちでお願いします」


それから直ぐにかなりの金額が口座に入っていた。彼氏との結婚資金かなんかだったんだろうと京子は思う。京子は笑いながら自分のオーラの色を見る。どんな物よりも真っ黒なそのオーラはまるで怪物が這い回る様で人の魂を求めてやまない。沢山の顔が浮かんでは消える。あのボス猿の顔が怨嗟の中で苦痛の表情を浮かべている。


「お前も不幸だったな。人の不幸は蜜の味…お前の気持ちが私もよくわかるよ」


神崎京子は今日も怨嗟のオーラを纏いながら占いをする。

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