脳内暗殺者

澄瀬 凛

脳内暗殺者

 そこはとある人間の頭の中。つまりは主の脳内だ。その内部では、主の感情たちが、それぞれの反応を極限まで使い、主の奥底にまで入り込んだある侵入者を追い払おうとしていた。


 ヨロコビが主の身の回りのどんな小さな、些細なものでも拾い集めて主の喜びを引き出し、カナシミはとにかくたくさんの涙を生産して主の悲しみを、涙を通して洗い流そうとしていた。

 そしてイカリはただ一つ、自分はこういう時なにも役に立つことはできないと、脳内の端でただ、その名の通り怒りに打ち震えていた。


 主は懐に、常にナイフを忍ばせていた。自らをいじめていた集団へ、ついに禁断の感情を入り込ませてしまったのだ。


 主の奥底へ入り込んだ侵入者とは、サツイだ。

 あれに主が一度呑み込まれてしまえば、ヨロコビ、カナシミ、イカリの感情たちは皆、太刀打ちできなくなってしまう。

 そんな三つの感情の前に、それは現れた。私がサツイを止める、という勇ましい台詞とともに。


 それは、アイジョウだ。


「主が強く想う大切なひとの存在を思い出してくれれば、きっと奴も、主のなかから消えてなくなるはずだから」

 そう言い残し、アイジョウは姿を消した。ヨロコビは安心した様子で、

「アイジョウが主に強く反応してくれれば、主も思いとどまって、きっとあのナイフを下ろしてくれるに違いないわ」


 だが思いとどまるどころか主は、背後のナイフを強く握りしめたまま、徐々に集団へと、近づいていった。そしてこれまで主の口から聞いたことのない咆哮をあげ、ナイフを高くかかげ、集団へひとりひとりへと切りかかっていった。


 三つの感情が殺意という名のどす黒い闇へと、呑み込まれた瞬間だった。




 主がナイフを繰り返し繰り返しふるい続けている光景を見つつ、アイジョウはその自らの色を真っ黒に変化させながら。表の顔であるアイジョウから、裏の顔であるサツイへと変わり、そして呟いた。


 よく言うじゃない。愛情と憎しみは、紙一重だって。

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脳内暗殺者 澄瀬 凛 @SumiseRin

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