女の国の百鬼夜行

流子

「覚えていてね⸺」



 それは塾の帰り道でのこと。

 もう空は真っ暗になっていて、駅までの通りの繁華街がこうこうと輝いていた。

 変な人に絡まれないように早歩きで通り過ぎようとしたのだが、今日は運が悪かった。

「ねーねー可愛いね、そこのバーで一緒に飲もーよ」

 アイドルみたいな顔と髪型の男に進行方向を塞がれる。

「……私、高校生なので……」

断りを入れ男の横を通り過ぎようとしたが

「いーじゃん?別に大丈夫だって!」

と左腕を掴まれる。

 思わず、スマホを持っていた右腕を振り回した。

 それがたまたま、男の顔にかすってしまう。

「は?痛ってえな」

 男の顔が一瞬で鬼のように歪んだ。男は掴んでいた手を離し、その手を振り上げた。

「ひっ……」

 殴られる、と分かった瞬間、足が動いた。

 男に背を向け、無我夢中で走る。

 怒鳴る声が後ろから聞こえる。

 こわい、こわい、こわい。

 誰か

「助けて!!」


 シャン、と場違いなほどに澄んだ鈴の音が聞こえた。

 つづけて三味線、箏、太鼓、尺八が音色を奏でる。

 もう怒声は聞こえなかった。


 いつもは雑多な繁華街が、何故か異様な雰囲気に包まれているように感じた。


「……?」

 一心不乱に走っていて、いつもと違う道に出たからだろうか。

 ここはどこだろう、と辺りを見回すと、おかしな事に気づいた。


 ハロウィンのように猫耳を付けた女性がいたり、あまりにも背が高い女性がいたり。

 なにかコスプレイベントでもやっているのかと首を傾げていると、

「あれ?もしかして人間?」

と真っ赤な顔の女性に声をかけられた。

「えっ、人間?」

「人間なんて久しぶりに見たー」

 黄色や青色など、鮮やかな顔の色の女性達がわらわらと自分の周りに集まってくる。

 彼女たちは一様に、顔と同じ色の角が生えていた。


 ⸺なんだか鬼の角みたい。


「えーヤバ!マジで人間じゃん!」

 大きく口を開けて笑った女性の口には鋭いキバがあり、とても作り物には見えない。


 もしかして本当に妖怪?!

 怪談のように、人間である自分は異形の彼女らに喰われてしまうのだろうか。


 恐怖で固まってしまった私の目の前に、紫の髪に軍服のようなものを着た女性が現れた。

「ふふ、そんなに詰め寄ったら怖がられちゃうよ。

⸺ようこそ、女性なら誰でも大歓迎だから、そんなに怯えなくて大丈夫」

ここは鬼も獣も屍も、そしてもちろん人間も、全ての種族の女性に開かれた世界。

 紫髪の女性はそう説明した。


「あーゴメンね、怖がらせるつもりはなかったんだけど……」

ハハ、と赤鬼の彼女がバツの悪そうに笑う。

 それに続いて青鬼の女性も黄色の鬼の女性も、ごめんねーごめんねーと言って去って行った。


「同胞がごめんなさいね、ここには様々な種族がいるけれど、人間は珍しくて」

人間の女性だって来れるようにはなってるはずなんだけどなあ、と紫髪の女性は苦笑する。


「あ、いえ、大丈夫、です……」

 私が手を振って否定すると、女性は眉を下げてまた微笑った。

「せっかくのお客さんだし、案内するよ」

と紫髪の女性は手招く。

「えっと、ありがとうございます」


「今日はね、とっておきの日なんだ」

だからあなたは運がいいね、そう言って先を歩いていた紫髪の女性が振り向いた。

「とっておきの日……?」

「そう。今日はとっても素敵なお祭りの日」


 たしかに周りを見渡すと、屋台のようなものが並んでいる。それに、ずっと流れていた和楽器の音は祭りばやしだったのかと気づいた。

「りんごは好き?」

 私は控えめに頷く。

「じゃあ、はい」

 紫髪の女性が右手を私の目の前まで上げ、パ、と手を開いた。するとそこにはマジックのように一瞬でりんご飴が。

「わあ……!」

「どうぞ。プレゼントだよ」

「ありがとうございます!いただきます……!」

 カリ、シャク、とりんご飴をかじる。

 そういえば夜ご飯がまだでお腹空いてたな、と今さらながらに思い出した。


 色々な屋台を見て回り、どこの店員も客も女性で、本当に女性だけの場所なんだと身にしみて分かった。

「あっちは屋外に舞台が設置されてるんだ。見ていきましょう?」

 道の先に人だかりができており、紫髪の女性はそちらを指差す。

 妖怪たちの舞台なんて、一体どんな事をやっているのだろうとドキドキする。


「人いっぱいだけど、見えるかな?」

 人だかりの最後尾に着き、背伸びをして舞台を覗き込む。

 遠くの方で、チラチラ輝く衣装がかすかに見える気がする。

「あ、こっちの方が見えやすいよ」

いい場所を見つけた、と紫髪の女性が手招きするので、そちらへとついて行く。


 ⸺美しい。

単純な顔の美醜ではない。異形ゆえの不思議なオーラや、誰にはばかること無く好きなように振る舞う、自信に満ち溢れたその様。


 舞台上で踊る女性たちに目を奪われていたが、ハッと気が付き周りをゆっくり見渡す。そして、先ほど通ってきた屋台から舞台までの道を思い出す。


 みんな、誰を気にすることなく様々な格好で、自信満々に歩いているのだ。

 お祭りゆえの高揚感でだろうか、そう思って紫髪の女性に聞く。

「ねえ、みんないつもこんな感じなの?」

「うん? こんな感じって?」

 紫髪の女性は首をかしげる。

「何て言うか、服とか……ドレスみたいなのとか、セレブみたいな服とか、あと浴衣以外の何か民族衣装みたいなのを着てる人がいるから……」

「うーん、そうだね。舞台の上にいる人が着てるようなのは滅多に着ないけど、それ以外は割と普段着じゃないかな?」

もちろん、特別なお祭りの日だから、お洒落してる人だって多いけど。

 紫髪の女性は少し考えながら言った。


「人間から見ると少し不思議な服もあるのかな? でも、それぞれ好きな服を着てるだけだからなあ」

 そうだフリーマーケットも見てこよっか、と言われ私たちは舞台前から抜け出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

女の国の百鬼夜行 流子 @ainoruko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ