メモリアルワールド
黒斐みかん
第1話
墨を流したように暗い空。散りばめられた白い星。
静かな夜にひとりは退屈で、風に流されるまま、適当な建物に着地する。
オレはルシェ。
ルースターに住まう妖精にして天使。
「さぁて、なにか面白いもんが見っからないかね、っと」
羽を畳んで屋根に座り、道行く人影を見下ろし観察する。オレは人間を好まない。何故かは分からないが、人間を見ていると、嫌なことを思い出しそうな、それでいて何も思い出すことは出来ない、もどかしさに襲われる。見下ろした先、あれも、これも、人間のシルエット。そのひとつがオレを見てこう言った。
「あの……何をしているんですか……?」
正直なところ、急に声を掛けられたもんで面食らった。
「んあ?まだなんも。嬢ちゃんは…人間か?」
「あ、分かりにくいですけど、私は人形ですよ」
人形か。ならいい。
そう思ったところへまた別の声が掛かった。
「あれ?天使さんとお姉さん?」
「カカッ、天使さんときたか。ああ、ああ、オレは天使さんだぜ。なんだかヘンな感じだな、何がヘンなのかぁ分からねえが」
オレは機嫌よく笑った。無垢で無害な少年少女に愛想良く振る舞うのが天使というものだ。
「そうか、嬢ちゃんは人形か。そいつはいい、オレは人間は好かないんだ。まぁ少年、アンタについちゃあ、仮に人間でも特例と見ていいかもしれないな。害が無さそうだ」
「私はヨゾラといいます。良ければお名前を聞かせていただいても?」
「オレはルシェってんだ」
オレは手を胸に当て、誇るように言ってみせる。
「僕は、アマンドって言うみたいです。」
少年はぺこりと頭を下げた。
「ヨゾラにアマンド、か。覚えたぜ。いやあ今夜は面白いめっけもんがあったな。」
口角が上がるのを感じる。オレに対して臆さず話す、嬢ちゃんと少年を気に入った。
とはいえこんな幼気な子どもらと共通の話題なぞないもんで。
どうしたものかと思ったが、嬢ちゃんが丁度良く話を切り出した。
「そういえば、ハイネさんという方から聞いた話なのですけれど、ここでは時折イベントを開催しているそうなんです」
「そいつは退屈しない話だな!」
「既にハイネさんと一緒に回る約束をしているのですが、皆さんも良ければご一緒しませんか?」
「是非!人が多い方が楽しいですものね」
「そうだなぁ、賑やかなのは嫌いじゃない。いいぜ、ノッた!」
ハイネとやらが何者だか知らないが、嬢ちゃんの知人ならまず問題無いだろう。
と、道をあっちへちょろちょろ、こっちへちょろちょろと人の丈ほどあるねずみがうろついて、張り紙を至る所に張り出した。
ねずみは燕尾服を着ている…ねずみの名はスワリー。この世界、メモリアルワールドを統べる女王様の、側近様だ。
スワリーの張り紙を見て嬢ちゃんが言った。
「あれ、スワリーさん? え、お祭りを開催するのですか!?」
「お祭りですか!?」
少年も目をキラキラと輝かせている。
スワリーは言った。
「おや、皆様。ええ、お祭りを開催することが決まったそうです。来月から開催しますので、是非皆様で遊ぶといいと思いますよ。様々な屋台なども出るそうなので」
「……たくさん食べ回るために、お金を貯めておきたいところです」
「祭り、はじめてなので、色々教えてください。」
「私もここのお祭りは初めてなので、教えられるかは分からないですよ?」
嬢ちゃんと少年は祭りを心待ちにしている様子だ。
「食いもんの屋台があるといいなぁ。オレも食うのは好きだ」
「食べ物の屋台も勿論ありますよ。」
スワリーはちょっとした独り言を聞き逃さない。流石はねずみだな。
「他にも射的や金魚掬い、くじ引きなんかも用意するそうです」
そして、流石は女王の側近だ。女王の主催するイベントの周知に余念が無い。
「そうかい、んじゃあ張り切ってルーンを集めとかないとな」
スワリー曰く、そのためには、日々の記録を作成するという、“仕事”をこなせば良いらしい。
「くじ引き、僕、楽しみです!ルーン、沢山集めて、沢山引きたいですね」
「私はくじ引きがあまり好きでは無いのですよね……」
「運任せってのも、善し悪しあるからなぁ。オレぁ楽しみなクチだな、運試し」
「運任せよりも、何と言いますか、己の力で勝ち取る! みたいな物が好きです。その点、射的などは好きですね」
「ははぁ、なるほどな」
オレはなぜだか射的には惹かれない。が、わざわざそれを口にする必要もないだろう。口を噤んだところで、スワリーが言った。
「それでは私は他の地区にもお知らせの張り紙を貼りに行ってきますね。
ああ、そうそう。お祭りの屋台の詳細は5月半ばには出るそうですので、もし何か出して欲しい屋台などありましたらお聞きしますのでいつでも仰っていただけましたらと思います」
「ああ、あんがとさん、女王様の側近様」
屋根の上から恭しくお辞儀をしてみせる。オレだって気まぐれに礼儀正しくしてみることくらいあるのだ。
「日々の記録がルーンに変わるとなると、今夜ここで話したことも記録としたいところだなぁ。書き物の腕に自信なんざ無いが、オレが記録しときゃアンタら2人も稼げるだろ、多分」
「それはそれは、ありがとうございます」
嬢ちゃんはそう言い、少年も特に異論は無いようだった。
「おし!期待して待ってな。オレはルースターに帰る。またな、ヨゾラの嬢ちゃんにアマンド少年。」
羽ばたいて屋根の上から居住区へと向かう。
「私もそろそろお暇させていただきますね。アマンドさん、ではまた」
「はい!ルシェ様も、ヨゾラさんも、また会いましょうね」
嬢ちゃんと少年の声が和やかに別れの挨拶を交わす声が小さく聞こえた。
そんなわけで、これはなんでもないある夜の話。
ちょっとした良い晩を過ごした、オレの日々の記録の1ページだ。
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