不老不死の能力を持つ少女が旅をしながら、人と自分を知るために本を書く物語。

@panda_san

第1話 妖精の湖


 彼女の名はレインである。新名しんなはまだ無い。


 どこかで生まれ落ちたのか、皆目かいもく見当が付かぬ。ただ一つわかることは、ろくでもない生物である。それが——レインである。


 十一の同志を裏切り、殺した。


 神に背き、神を殺した。


 人を生かすため、人に嫌われ、この世の不条理を全てその身に、不老不死の呪いを受けて——旅に出る。誰に殺されようが「しょうもな」と開き直り、死から蘇り歩き始める。


 そんな彼女はろくでもないである。それが少女のさがである。


「……おはよう。そろそろ行こうか」


 そうして——不老不死の少女は200年ぶりに目を覚ました。

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東暦1295年


険しい雪山の中腹ちゅうふくにあるという妖精の湖を目指す13歳ぐらいの少女がいた。


「……ハァーーー」


(寒い。少しでも気を抜いたら凍傷で凍ってしまう)


 白装束にフードを深く被った少女はのため、一歩ずつ、山を登っていた。登山道は厳しい凍結した地形で覆われ、氷点下の気温と強風が少女の体を貫く。雪山の高い標高と酸素不足は、彼女の心臓を高速で鼓動させていた。


 道の途中で小さな洞穴を見つける。


(寒いし。一旦、中に入って暖をとるか……)


 ——洞穴には先客が居た。


「だっ、誰だぁ!!」


 男は咄嗟にクロスボウを向けてきた。


「動くな……はあ、はあ動いたら撃つ」


 少女は男の言動と装備を見ながら「面倒臭そう」と表情を歪ませた。


「……撃つなら抵抗するけど」


 彼女の瞳は真っ直ぐ、男の手元を見つめていた。少女を数秒にわたり睨んだ後、クロスボウの矢先を地面に向け始めた。


「ぐっ——わかった。わかってるんだ。俺は、もう人殺しなんてゴメンだ」


 クロスボウを取り下げて、火のある方へと戻った。少しの静寂の後に少女が口を開く。


「……私はレイン。名前は?」

「ハインリッヒだ」

「いい名前。どうしてこんな雪山に?」

「そうだな、俺は——」


 ハインリッヒはこれまでの経緯を話し始めた。


 彼は戦争の傷跡を抱え、トラウマや喪失感に苦しんでいた。心の奥深くまで、深い闇に包まれており、雪山での自殺を考えていた。


「……そんな感じだ。笑えるだろ。あれだけ、人を殺してきた男が、情けないもんだ。俺はもう、嫌なんだ。毎晩毎晩、夢を見る。”死ね、死ね、死ね” って、俺が殺した奴らの顔が、浮かび上がってくんだよっ!!」


「……そう。この先のあては?」


 彼の話を聞きながらも、淡白に返答した。彼の昔話よりも、今後の予定を聞いた。


「この先の当てなんてねーよ。死のうって思ってたからな。でもな、はははっ。死ねねぇ。ブルっちまうんだよ。死のうと思ってるのに、踏みとどまる——どうしてもダメだ。死ねないんだ」


 ハインリッヒの頬は真っ青で、今にも吐きそうな表情だった——そんな彼に対して指をピンと立てて、小声で話した。


「……この山脈を超えた中腹に妖精の湖と呼ばれる神秘があるらしい。そこに行けば貴方の魂は浄化されるかもしれない」


「……」


 ——2人は少しの焚き火の後に出発した。


(さっきよりは、天気が落ち着いてるかも。中腹までどのくらいだろう)


 そんな事を考えながら歩いていると、雪山に棲みついている魔獣が襲いかかってきた。


「何だこいつら!? どっから出てきやがった」


「名前なんだっけ……。フロスターベアとかだった気がする」


 フロスターベアは、雪山に住む巨大な獣で、顔面は猿、体の強靭さと体毛は熊を合わせたような魔獣である。


「なぁ……こいつら猿だよな。人間とか食べないよな。ほら、俺らって同じ哺乳類ってやつだろ」


「人間は雑食。彼らも同じだと思うけど」


 ハインリッヒは「やるしかねぇよな……」と生唾を呑み込みながら、覚悟を決めた。レインは雪山の頂上付近をじーーっと見つめながら考えていた。


(あそこの岩を削ったら、流れてくれるかな……)


 ——ハインリッヒが先頭を切って、敵に向かっていった。


「やるしかねーよなぁ。おおおおっ!!」


 フロスターベアめがけて突進しつつ、クロスボウを連写する。放たれた矢は皮膚に刺さるものの、致命傷には至っていない。


「効いてないのかっ!」


 フロスターベアは、鋭い牙をむき出しにして咆哮を上げた。その音はまるで嵐のように山間に反響し、冷気が周囲に広がり尽くす。


「ハインリッヒ。そのまま、思い切り走って」


 レインはハインリッヒに風魔法を付与し、彼の脚力を上げた。


「分かった!!」


 ハインリッヒが走り過ぎ、全ての魔獣が自分に集まって来たのを確認する。杖を高く掲げ——魔法を発動した。


物質を炸裂させる魔法デストラクリオン


 一直線の光を描いて、山頂付近に激突する。大岩が砕かれ、流れる。それと同時に轟音が鳴り響き、雪崩が起きた。フロスターベア共々、レインは雪崩に巻き込まれた。


 ハインリッヒは目の前の光景にただただ、絶句するしかなかった。

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「レインーーーーッ!! 嘘だろ……戦場であれだけ人を殺しておいて、少女の一人すら守りきれないなんて。何のために、生きてんだよ。俺」


 ハインリッヒが絶望していたのも束の間、「よいしょ」と聞き覚えのある声が耳に届いてきた。


「何してるの」


「レイン? 本当にレインなのか……今さっき、雪崩に巻き込まれて。死んだかと。ホントに、ホントによかっだぁああああ!」

 

 ハインリッヒは顔面から涙と鼻水を流しながら、レインのことを再度確認した。


「そうだけど。まあ生き返った」


「……はは。冗談が上手いな。とにかく、生きててよかったよ」


 二人は再び雪山を歩き始め——今度は古小屋を発見し、暖を取ることにした。

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「これでいいかな」


 火を付ける魔法でランプに灯りを灯す。ハインリッヒが持っていた保存食を一緒に食べる。


「そういえば、レインはどこから来たんだ」


「……遠い。遠いところだよ」


 ランプのか細い灯りを見ながら、レインは言った。


「そうだよな。言いたくないことの一つや二つあるよな。さっき、自殺を考えてたって言ってただろ。本当は、英雄になりたかったんだ。国の英雄に。俺は、国で最強と言われていた人に命を救われてさ。ガキの頃だったな」


 体育座りをして、小さく丸まり——話を聞き始める。レインの雪のような白い肌はランプの灯りに灯されていた。


 ハインリッヒは自分の過去をさらに話し始める。


「俺を助けたのを最後に、その人は戦場で命を落としてな。それから俺は——誰からも頼られる国の英雄に、特別なナニカになりたいと思って必死に戦ってきた」


「それで、人を殺した挙句、夢をあきらめた。怨霊に取り憑かれ、生きるのも怖くなって自殺したくなった。ってこと……?」


「……そうだ。”俺は、誰とも違う! 俺は特別なんだ!” って思ってた。でも諦めたよ。俺の目指していた英雄像とは違った。特別になりたいのに、なれない。結局ここまでノコノコやってきたって訳だ」


 レインは一瞬だけ顔を自分の胸に埋めて、再び顔を上げた。そして、口を開いた。


「人間は皆特別なになりたいと思う生き物らしい。自分は他人とは違う。とか、考える。特別なナニカになれないから——諦める。けど、ハインリッヒはもうにとっての特別だと思うよ」


「誰かって?」


「人は自然発生しない。ハインリッヒには、お父さんやお母さんがいるでしょ。今まで生きて関わってきた人たちにとって、あなたは特別なナニカなんだよ。人は皆、生まれた瞬間から、誰かにとっての特別なんだ」


「俺は、誰かにとっての……特別」


「だから、自殺なんてやめた方がいい。その行為は、その人たちにとって一生心に残ってしまう。今の言葉全部——ある人に言われたんだ。その意味が自分では全くわからないんだけどね」


(……分かるはずもないけど)


 ランプの火を見ながら——最後に心の中でボソッとつぶやいた。何百年も孤独で過ごしてきた。そして、自らに不老不死の呪いがあるレインからすれば、その感情を理解することは難解すぎる。


「じゃあ、今日からレインは俺の特別なナニカって訳だ。ありがとう。気が楽になったよ。また、明日も頼むな。おやすみ」


「……」

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 朝になり、2人は出発した。

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