17 「ケイちゃん」


16時。


定時まで残り1時間。


俺も意外とやることがあって、定時で上がれるか微妙だ。


一つ誰かに仕事を押し付け...じゃなくて、頼めば定時に間に合う。


会議の資料は俺がやった方が早い。


社長のスピーチの原稿なら...俺じゃなくても大丈夫だろう。



「神殿(こどの)さん」



俺は秘書課のエース、神殿に声をかけた。


神殿は大学の後輩で、俺のことが好きらしく、俺を追って同じ会社に入社してきた。


昔の少女漫画に出てくるお嬢様のような、くるくるに巻かれた髪。


出会った頃より大きくなってる胸。


化粧は濃く、見た目から性格がきつそうだが、俺は嫌いじゃない。


仕事は早いし、俺の苦手な接待も得意だ。


『見た目が美女』な上に、『女性社員よりも』男の気持ちがわかるから、オジサンを転がすのが上手い。


困った時は神殿に頼めば、だいたい解決する。


俺より有能かもしれないが、神殿も気分屋だから、機嫌が悪い時は仕事のクオリティが顕著に下がる。


今日の機嫌はどうだろう?



「神殿さん、社長のスピーチの原稿作ってくれないか?」



俺がそう頼むと、冷たい目で見てくる。


ああ、今日は機嫌が悪い日か。



「聖奈さんにも出来ますよね? 聖奈さんに頼んでください」



付き合いが長いせいか、上司である俺に平気で反抗的な態度をとる。


聖奈に頼むくらいなら俺がやった方が早い。



「神殿さん...いや、ケイちゃん。どんどん『女性らしく』なってるね。

綺麗。やっぱケイちゃんはそっちの方が良いよ」



俺がちょっと褒めてやると、顔を赤らめてはにかんだ。



「ケイちゃん仕事早いし、ミスも少ないから任せたかったんだけど」


「せ、先輩がそう言うなら...」



ちょろいな、昔から。


神殿は、なんだかんだ俺の言うことを聞いてくれるから好きだ。


プライベートでも、いつでも呼べば来てくれる。


麻雀で人が足りない時とか。


逆に麻雀以外で呼んだことないけど。


用件だけ言って立ち去ろうとすると、神殿は俺を呼び止めた。



「待ってください。あの噂は本当なんですか?」



噂?


なんの話だ?



「先輩が聖奈さんと結婚するかもって話」

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