ブラックデザイア(Ⅲ)

 「ま、待ってよキミ!」


 少年に気圧された友人……アッシュスティングがあっさりと少年の標的の居場所を喋ると、少年は早速飛び出していってしまった。慌ててついて行くけれど、少年は止まってくれそうにない。


 「今度の敵はさっきの人間達とは訳が違うよ! 行ったら死んじゃうって!」

 「死んだら、何?」

 「……っ!」

 「死ぬだけでしょ? 負けたら死ぬのは当たり前だし」


 何でもないかのように哀しい言葉を吐く少年に、またも言葉を呑む。死にたがっているようには見えないが、生に拘っているわけでもない、そんな風に思えた。


 「……じゃあ、なんでその魔族に拘るの!?」

 「……分からなかったの、はじめてだったから」

 「分からなかった?」


 私が聞き返すと、少年は立ち止まって私を指さす。


 「おねえさんは1。今追いかけてきてる人は4」

 「1……? 4……? 追いかけてきてるって……」

 「ブラックデザイア!」


 声に振り返ってみると、友人のアッシュスティングがこちらに向かってきていた。彼女にしてみれば、謎の人間に有無を言わせず魔族の居場所を吐かされたかと思えば説明もないまま飛び出して行ってしまい、さらには私まで説明せずに行ってしまうものだから、慌てて追いかけてきたんだろう。


 「だけど、あいつははかれなかった。だから知りたいし確かめたい」


 そう言って、少年は先を急いで私に背を向けて行ってしまった。


 「どうしたんだ、急に飛び出して! それにあの少年は……」

 「私が1、スティングが4……って何だと思う?」

 「……いや、何の話だ?」


 やってきたアッシュスティングに、思考のままに疑問を投げつけるが、返ってきたのは困惑。当然の反応だ。


 「とにかく、彼は何者なんだ? 魔族のことを聞くや否や飛び出して……」

 「人間の男の子。結果的にだけど、助けて貰って……」

 「……味方なのか?」

 「えーっと、それは……微妙だけど」


 アッシュスティングは、妖精の中でも特に仲間意識が強い妖精だ。彼女の言う味方かというのは即ち妖精の味方かどうかという意味であり、さすがに少年は当てはまらないだろう。


 「でも、私は彼の味方でいたいと思ってる」

 「人間のことを信用するのは……」

 「あの子は他の人間とは違うよ。良い意味でも悪い意味でも」


 ……いや、ほとんど悪い意味かもしれないけど。


 「とにかく、放っておけなくて。今だって、一人で魔族と戦おうとしてるし……」

 「……奴を殺す、と。大した自信だったが、強いのか?」

 「強いよ。見たことない能力も持ってたし……だけど……」

 「あの魔族の男を超えているかは分からない、か」


 少年は強い。油断もあったけれど、何の抵抗もさせずに私の首を落としたのだから。近接戦闘は不得手とはいえ、私の妖精としての格は上位。あの時みたく複数に囲まれてるならまだしも、並の相手なら負けないし、格上相手でも反応くらいはできる。だが、少年の一閃は斬られるまで反応できなかった。……だけど、やっぱり里を壊滅させるような相手に敵うとは思えなかった。


 「……追いかけよう。人間が仇敵と戦っているというのに指をくわえて見ているなんてことはできない」

 「う、うん!」


 私とアッシュスティングは、遠くなっていく少年の背中に向かって駆けだした。


―――――――――――――


 「なんてことを……!」

 「ひどい……」


 駆けていた少年と私たちは、やがて魔族の作ったと思しき仮拠点に行き当たった。その場所の光景は目を覆いたくなるようなひどいもので、積み荷に物のように乗せられた虚ろな表情の妖精達や、核を抜かれた妖精の身体が裸で放りだされているなど、そこかしこに妖精の尊厳を踏みにじった痕跡があった。


 「なんてことを……って、おい待て……!」


 そんな惨状に怒りを燃やすアッシュスティングや私は、惨状に目もくれず正面から向かっていく少年を止められなかった。


 「ん? なんだ……っ! おいお前ら、あのガキだ!」

 「はぁ!? 冗談だろ!?」

 「振り切ったんじゃなかったのかよ……!」


 少年の姿を認識した魔族達は、一気に恐慌状態へと陥っていく。どうやら魔族達は少年に相当なトラウマを植え付けているらしい。思わぬ展開にアッシュスティングも唖然としている。


 「落ち着け」


 だが、その短い一言が響くと、魔族達のどよめきが一瞬で収まった。


 「あの男だ……!」


 アッシュスティングが、悔しさを滲ませた表情で声の主を睨みつける。つまり、あれが妖精達が手も足も出なかったという少年の標的。


 「……最初は、我々を妨害する人間どもの手先かと思っていたが」


 部下達を庇うように前に出て少年と向き合ったその男は、忌々しそうな目で少年を見る。


 「だが、違うな。貴様の剣には責務も憎悪も信念も宿ってはいない。何かに属している者の剣ではない……貴様は獣だ」


 そう言われた少年の顔はこちらからは見えないが、動揺しているようには見えない。


 「獣でもなんでもいいけど……まずはそっちからで」

 「……チッ! お前達! 逃げろ!」

 「あいかわらず0か1……全部で13か」


 少年が抜剣し、非常識なスピードで突進するのと、男の号令を部下の魔族達が飲み込むのはほとんど同時だった。


 「……速い!」


 しかし、飲み込んだだけでは行動に起こせない。少年は行かせまいとするリーダーの男をフェイントで振り切ると、逃げようと背を向けていた魔族に斬りかかり、両断。続けざまにいくつかの死体を作り上げ、その魂を吸っていく。もちろん男が止めようとするが、少年は魔族を盾に使いながら男を翻弄し、ついには男以外の魔族を殲滅してしまった。


 それまでの時間は、数えて13秒ほど。


 「これで本番に集中できる」

 「……舐めるなよ」


 部下を失い、少年に挑発じみたことを言われた男は、怒りに顔を歪ませる。が、不思議とそこに焦りや恐怖といった感情は読み取れない。


 「部下がいなければ、この任務を円滑に進めることはできなかった。たとえ愚鈍な弱者であっても今は必要だった……故にこそ、あの時は貴様の抹殺よりも逃走を優先した……!」

 「……っ! なに、これ……!」

 「馬鹿な……! 里の襲撃の時は本気ではなかったのか……!」


 少年を睨む男の力がどんどんと高まっていき、見た目もだんだんと人型から離れ凶悪なものへ変わっていく。今まで生きてきて感じたことのないようなプレッシャーがのしかかり、息が苦しくなる。


 「貴様の撃破に拘り、部下を巻き込むこの力を使っては本末転倒だからなぁ……! だが、今となっては貴様を殺すために全力を出さない理由はない! 私の力を見誤ったことを後悔するがいい……!」

 「知ってたけど」

 「…………なんだと?」

 「弱いのを連れてるせいで窮屈そうだったから片づけてあげたんだけど」

 「……貴様ァ!」


 激昂した男が異形と化した腕を少年に向かって振り下ろし、戦いが始まった。





【★あとがき★】


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