良い人の知り合いは悪い人じゃないなどというナイーヴな考え方は捨てろ。

 「ここが広場で、活発な妖精の方はここでたたか……遊んだりするんです!」

 「ふーん」


 クルスは張り切って案内をしているが、普通に退屈なので俺は何週目かの愛読書を読みながら適当に話を聞いて歩いている。


 「って、レヴィンさん! ちゃんと聞いてくださいよ!」

 「聞いてる聞いてる。心配せんでも迷ったりしねーよ」

 「そういうことじゃ……て、またそれ読んでるんですか」


 クルスが不満げな顔で俺の持つ板のようなものを見る。これは霊子書籍と呼ばれるアーティファクトで、文章を記録できる情報端末だ。俺の愛読書は概ねここに格納されている。そして、これを使って読書をしていると、クルスは決まって複雑そうな顔をする。


 「そんなに気になるのか?」

 「……それは、その」

 「そんな目で見られても今読んでる『俺の好感度調整スキルで学園の美少女が思いのままなんだが』はお前にはちょっと早いからな……」

 「違いますよ!」


 読ませられないということを伝えると、クルスは顔を赤くして否定してくる。察しはついているが、こいつが不満なのは俺の読書の内容ではない……こともないが、こんなに哀しげな顔をするのにはまた違った理由がある。


 「レヴィンさんは……その、僕よりその本が大事なんですか」


 その言葉に俺は「面倒くさい系ヒロインの台詞でそんなのあったな」と思ったが、ある女から何も考えずに思ったことを口にするのはやめろと言われていたことを思い出して口にはしなかった。


 「まぁそうだな」


 とはいえ、誤魔化す理由もないので正直に答える。


 「そう、ですよね……」


 なぜクルスがこのアーティファクトと自分を比べるような真似をするのかは、ある程度察しがつく。というのも、このアーティファクトは元々王家に伝わる宝であり、俺がクルスを引き取る際に対価として受け取ったものなのだ。どうもクルスは俺がこの霊子書籍目当てで自分の保護を決めたという事実が気に入らないらしい……というのが、度々繰り返されるこのやりとりから推察したクルスの心情だ。


 ちょうどその霊子書籍の中に入っていた『現実主義者、奴隷人材に活路を見いだす』という作品でそんな心理描写があったからおそらく間違いはない。


 「にしても、驚きました。初代様がそんな……珍妙な物語を残されていたなんて」

 「俺はあのじじいが建国の父だった事の方が衝撃だったけどな」


 この霊子書籍に記録されていたものこそ、初代国王が趣味で執筆したとされている作品群であり、俺が百年もの間焦がれていた愛読書……なのだが、クルスを含め王家の人間は誰もこれに価値を感じておらず、王子保護の交換条件として提示したらあっさりと了承されたものだ。


 「……レヴィンさんって、まるで初代様と旧知の仲みたいな話し方をしますよね」

 「どうだろうな。そういえば、お前妖精達に自分の出自伝えてないのか?」

 「あぁ……はい」

 「なんでだ?」

 「……その、国にいた頃は距離を置いて接してくる人ばかりだったので。だから、レヴィンさんみたいに普通に接してくれるのは嬉しくて……だから、僕が王子だって知ったら皆さんとの間に変に距離が空いちゃうんじゃ……って思って……」


 そんな悩み抱えてたのか。とはいえ、それは完全に杞憂だろう。ここの奴らは王国民でもないし人間でもない。王族がどうのと敬うことなんてないだろう。


 「あと……国の事情に皆さんを巻き込むのは申し訳ない……とも思っています」

 「あー、それはあるかもな」


 そもそもクルスが俺に預けられたのは俺という選択肢が一番マシなほど王国が不安定になっていたからであって、今でもクルスの身柄はろくでもない連中に狙われていると思った方が良い。その事実を知れば、ここの妖精達は突飛な行動をしかねない。


 「じゃ、俺に聞いてきても秘密にしておくか?」

 「……いえ、僕だけの秘密じゃないですし、レヴィンさんが話すべきだと思ったのなら伝えて良いですよ」

 「はいよ」


 と、歩きながらそんなことを話しているうちに、クルスに向かって手を振りながらこちらに駆け寄ってくる見知らぬ妖精を視界に捉えた。


 「クルスくーん!」

 「ソフトレイニーさん! 目が覚めたんですね!」


 近くに寄ってきたソフトレイニーというらしい妖精を見て、思い当たる。確か、ここに案内される時にフレアルビーが背負っていた意識を失っていた妖精だ。


 「あ……その人は……よ、妖精……? で、でも男の人……?」

 「やっぱりそういう風に見えるのか」


 クレイプレシャスの言っていたとおり、妖精は今の俺が同族に見えるらしい。


 「紹介します! この人はここに来る前から僕に戦い方を教えてくれていたレヴィンさんです! 僕の国では伝説の騎士と謳われていて──」

 「レヴィンだ。よろしく」


 余計な情報を付け加えかけたクルスの言葉を遮り、ソフトレイニーにごく簡潔な自己紹介をする。


 「あ……そ、ソフトレイニーです……あ、あの! クルスくんの知り合いってことは、悪い人じゃないんだろうけど……あなたは妖精なの?」

 「えっ……そうなんですか、レヴィンさん」

 「…………まぁ似たようなもんだな」


 ソフトレイニーの勘違いに、適当に乗った回答をする。別にクルスに英霊というところまで隠す理由はないが、ついさっきクレイプレシャスに喋りすぎたばかりだ。この二人が彼女ほどの切れ者には見えないとはいえ、話さない方が面倒もリスクもない。


 「そうだったんですか!?」

 「あー、そんなことよりソフトレイニーだっけ? なんであの時気を失って運ばれてたんだ?」

 「それは……私もよく覚えてないんだけど……」

 「ソフトレイニーさんは“黒化"……黒化現象によって暴走してしまっていたんです。あ……レヴィンさんって黒化現象のことは……」

 「クレイプレシャスがちらっと言ってた気もするが、説明は受けてないな」


 俺がそう伝えると、クルスは黒化現象とやらについて説明してくれた。


 曰く、妖精が黒い霧に覆われ暴走する現象。暴走した妖精は意思の疎通が不可能になり、凶暴化する。原因原理不明だが、今のところは倒せば元に戻る。俺が真っ二つにしたデカブツはその亜種である可能性が高い。とのこと。


 「僕たちは……というか、クレイプレシャスさんはこの現象に黒幕がいるんじゃないかと考えていて、真実を追っている最中なんです!」

 「ふーん……?」


 生前ここに来た時には、そんな現象は見たことも聞いたこともなかった。それが誰かの悪意によるものなのかは知らないが、原因はあの時からの約130年間に発生したものだろう。


 「それで、レヴィンさんも協力してください! レヴィンさんがいれば百人力です!」

 「興味湧かないんでパス」

 「えっ!?」

 「あ、あれ……? 悪い人じゃない……よね……?」


 俺の返答に衝撃を受ける二人。『おねショタハーレム愛ランド~そこはダメだよお姉ちゃん~』にそんな黒幕みたいな存在はなかったが、別の作品ならそれっぽいものがある。そいつとクルスの織りなす物語には興味があるが、事件そのものはハッキリ言ってどうでも良かった。むしろ、長く楽しみたいなら俺が前に出るのは間違いだ。


 「……ってことは、お前はこれからもここでその事件を追うのか?」

 「あ、はい。そのつもりです……ダメですか?」

 「いや? そもそもお前の勝手だし、別に目的のある旅じゃなかったし、ここなら王国関連のゴタゴタもなさそうでむしろちょうど良いだろ。お前の用が済むまで俺もここにいるだけいてやるし、まぁ本気で死にそうになったら助けるさ」

 「! ありがとうございます!」


 一転、顔をほころばせるクルス。できれば関わるべきではないが、普通死んだら元も子もないのは承知している。そもそもクルスの命には責任を持っている立場なわけで、いざという時は出張らなきゃならないだろう。


 「……レヴィンさん!」

 「おう、今度は何だ?」

 「僕……ここで戦って強くなりました! だから……今の僕をレヴィンさんに見て欲しいです!」

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